月夜の出来事

音楽が大好きな色鉛筆画家の日々の泡

CLASSICAL ESSAY

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さっきまでBSでグライドボーンの”セヴィリアの理髪師”をやっていて、久しぶりにオペラを聴きました。
昔に比べると、最近はロッシーニの音楽が受け入れられているような気がします。彼の音楽はモーツァルトと同様に、作曲の天賦の才能があり、その音楽は躍動感に溢れ、明るく、そして軽さがあるのです。明るくて軽いと言うところが現代に合致しているような気がします。僕がオペラを聴き始めた頃のことを考えると、当時は”セミラーミデ”、などと言うオペラはバルザックがこの曲を聴かなければ死んでも死に切れないと言うほどに絶賛していたにもかかわらず、ミラノの小さなレーベルのCDが1種類しかありませんでした、でも今ではDVDさえ何種類か発売されているのです。そしてその頃、”セヴィリアの理髪師”の決定版とされていたのが、ヘルマン・プライとアバドのグラモフォン盤とアグネス・バルツァとネヴィル・マリナーのフィリップス盤でしたが、今はアバド盤は手に入るようですがマリナー盤はアマゾンでも見つかりませんでした。時代は変わったのですね。
 僕とロッシーニとの関わりは古く、幼稚園の頃からの付き合いとなりますから少なくとも60年近くからと言う事になります。とは言っても当時はその音楽がロッシーニであるとは知る由もなかったのです。それらの音楽はちいさい頃から見ていた、テレビのディズニーの番組で聴いていたのです。その番組では毎週ウォルト・ディズニー自身が登場して、いろんなお話をしてくれていたのです。勿論、漫画もとても楽しかったのですが、その中で使われる風の音や嵐のシーンの効果音こそロッシーニのウィリアム・テルだったりするのです。ぼくはそれを大人になってロッシーニのオペラを聴いていてその音楽を聴いたとたんにこどもの頃の記憶がまるで、プルーストのマドレーヌのごとく、蘇ったのでした。そして、ロッシーニの音楽を純粋に音楽として聴いたのは小学校のときでそれはビートルズの”4人はアイドル”、すなわちヘルプの映画音楽として聴いたのでした。ヘルプのエピローグ音楽として僕はヘルプを30回位まではカウントしていましたから、30回以上その”セヴィリアの理髪師”の序曲はきいていたのです。勿論それがロッシーニと解ったのは大学生の頃だったのです。

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雪景色の朝,あたりが静まり返って空気がぴーんと張りつめている。そんな朝,とても聴きたくなってしまうのはやはり、僕の場合はバッハになってしまいます。もう,20以上前の事になりますが,僕はヨーロッパに住んでみたいと思っていて,ベルギーが知り合いも多い事から,その候補に挙げていました。しかし,冬に行って見ると,あまりの寒さにその夢はくじけてしまいました。僕がヨーロッパに行くと常に思うのは足の下の感覚です。ヨーロッパはその足の下が石でできているので,本当に底冷えがするのです。それに比べると日本の雪は暖かい気がします。そう言えばこどもの頃雪の中を裸足で歩いた事がありましたが,結構暖かかった記憶があるのです。でもヨーロッパでは,そうはいかないと思います。
 ウィルヘルム・ケンプは僕がクラシックを聴き始めた60年代から70年代においてはとても人気があったピアニストです。グラモフォンのベートーヴェンのピアノ・ソナタと言えばケンプが定番だったぐらいです。そのケンプがバッハの平均律クラヴィーア曲集を演奏しているのですが,平均律と言えば,リヒテルとグレン・グールド、フィーリドリッヒ・グルタ、それにエドウィン・フィッシャーなどの演奏がありますが,僕に取って最高の演奏と思えるのはリヒテルのものだと思いますが,その演奏は僕には雪解けの春を思わせられるし,グールドのものは新緑の季節を連想させるし,グルダは初夏のようです。エドウィン・フィッシャーは秋でしょうか・・・ですから,今日の朝の雪景色にはこの雪の日のぴーんと張りつめた空気のようなケンプの演奏がふさわしいのです。とは言っても彼の演奏は,暖かさを感じるので,まるで雪景色を見ながらストーブに当たっているような感じなのです。でも,音楽は不思議なもので,今,暖かく感じる彼の演奏も,若い頃には暖かいと思っていなかった気がするのです。年を取る事によって彼の演奏が,暖かく感じられる様になったのであれば,年を取ると言う事も,それほど悪い事でもないかもしれません。

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筑摩書房から刊行されている,マルセル・プルースト全集の第15巻の音楽時評の中に,プルーストがピアニストとしての,カミーユ・サン・サーンスについて述べている処があります。それがなかなか面白く,唸ってしまいました。勿論,プルーストは作家ですが,芸術家に取ってたとえ、違うジャンルの芸術に関しても,目利きでない芸術家は当てにならないのです。ピカソの絵に対する目利き具合は最たるものですし,ボードレールがマネやドラクロワを高く評価していたのは有名な話です。
 さて,コンセルヴァトワールでピアニストであるサン・サーンスをプルーストは聴いた訳ですが,その時の演目はモーツァルトのピアノ協奏曲だったそうですが,何番だったかまでは書かれていませんが、プルーストにとって,素晴らしい交響曲やオペラまで作曲した音楽家に取って,モーツァルトの協奏曲を演奏する事など何んでもない事だなどと言いながらも、彼の演奏が終わると会場の出口には失望した人の姿が多く見られたと書いています。弾き方があまりに早すぎるとか,素っ気なさすぎるとか選曲を間違えたとかいろいろ言われていたがつまるところプルーストは誠に見事な演奏だったと言っています。そして,実際,真の美しさというものはロマネスクな想像力に応え得ない唯一のものであると言っているのです。このロマネスクな想像力と言う所はユーゴーの"エルナニ”の初演からそれほどたっていないいないので,当時の音楽会もかなりロマン派の影響を受けているような気がするのです。サン・サーンスのピアノは全く,ロマンチックではなく,大げさな事もなかったにせよ,そこには王者の風格があったと言っています。
 僕は随分とたくさんのモーツァルトの協奏曲の演奏を持っています。バックハウスからシュナーベール、グレン・グールド,ポリー二、ブレンデル、クララ・ハスキル,グルダ、バレンボイムなどいろんな協奏曲の演奏がありますが,僕がサンサーンスの曲の持っている透明感、特に彼のチェロ協奏曲から想像するとマリア・ジュリア・ピリスのピアノを思い浮かべてしまうのです。プルーストの時代のピリスのようなピアノを弾いたら,きっと受けは悪かったと思うのです、どうでしょう?、

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僕はリヒテルの 平均律クラヴィーア曲集の第1集を日本盤ヴィクター盤で持っていて,第2集は当時、少し輸入されていた、ソ連のメロディア盤を聴いていました。このリヒテルの平均律は他の演奏を寄せ付けない完成度で僕もリヒテルのアルバムでももっとも良く聴くし最も素晴らしい出来だと思うのです。しかし、本当に残艶なことに録音が特に日本盤は音が籠っている様な感じがして,いつもこの曲を聴く度にこの音が何とかならないかと思うことしきりなのです。僕がリヒテルの平均律を聴き出したもう40年も前にはこの曲と言えばリヒテルのこの録音がどんな本を読んでも最も推薦されていたレコードだったのです。僕も当時のカタログにはリヒテルしかなかった様な気がします。このレコード以外の選択肢が無いほどの決定盤だったのです。しかし、今の時代には、ラインハルトやグレン・グールド、フィードリッヒ・グルタ、マレイ・ペライヤ、ワンダ・ランドスカヤ、エドウィン・フィッシャー、など新しい人から昔の人まで、沢山の平均律から選ぶことが出来ます。僕はどうもいにしえのプレイヤーが好きなせいか、エドウィン・フィッシャーなどとても心に響くのです。しかし、これらの新録音を交えても,また、グレン・グールドの個性を持ってしても,矢張りこの曲はリヒテルの演奏にはかなわないと思います。それはこの曲集の第1集プレリュードを聴いただけで、もう,他を圧倒してしまいます。それはこの演奏のもつ精神性によるものだと思います。この演奏を聴くと,身を清められる様な気がするのです。この奏者のこの演奏をするという事は。当然のことながら,並外れた才能と、並外れた努力が必要に思いますし,規則正しい生活と自分を律する強靭な精神力が必要なのだと思います。バッハの曲は全てそうだと思うのですが,神と共に清い生活が求められる様に思えます。精神が弛んでいたり,自堕落な生活をしていたらとても演奏は出来ないのです。また,バッハのリズムは例えば,カール・リヒターのカンタータの様な,本当に規則正しいリズムが要求されると思います。リヒテルの演奏も実に身が引き締まる様な端正なリズムがベースにあるのです。こういう演奏を行う前にはきっとお清めをしているのではないかと僕は思えるのです。

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ウィルヘルム・フルトヴェングラーのこのフランス、パテ盤は、僕がクラシック音楽を聴き始めた、高校の頃に新宿のレコード店で手に入れたものです。このレコードの中袋にははじに,木の棒がついていて,レコードの出し入れのとっての様な役目をはたしていました。レコードは重々しく,とても存在感がありました。当時僕はジャズばかりに没頭していたのですが,クラシック音楽もまた,とてつもないぐらいの世界を持っているものだと言う僕の直感で聴き始めていたのです。全く知らないという事は楽しいことで僕は当時、全くの未知の世界に入り込んだように,その道しるべとして,本当に沢山のクラシックの本を読みあさったものです。色んな評論家のものも読みましたし,カザルスやティボー、フルトヴェングラーの著作も読みました。ある評論家などは押し付けがましく,とても偉そうに語っているので嫌気がさしたものもありました。そのなかで、最も参考になったのはレコード案内だったでしょうか,名盤100などと言うものです。それらの交響曲部門では何と言ってもフルトヴェングラーのものは常に一番に選ばれていたものでした。その姿はこのジャケットを見れば解るように,とても威厳があって立派です。カラヤンは格好良すぎますが,フルトヴェングラーは本当の巨匠と言う感じがします,このレコードはブラームスの録音ですが,この写真の彼ははベートーヴェンを演奏しているように見えます。これは僕の偏見でしょうが,ブラームスならもっと弱々しい顔の方がよかったかも知れません。しかし立派な姿です。これが,マイケル・ティルソン・トーマスだったら,絵になりません。ひどい顔ではありませんが,彼がベートーヴェンを振っても,あの顔ではディズニーの楽曲を振っているようにしか見えません。可哀想ですが・・・・。そういえば彼の顔はディズニーのアニメに出てくる音楽の先生に似ていますね。しかし、こういう重厚な音を聴くと多少録音が悪くても今の指揮者にはない、音楽一筋と言う一途さを感じるのです。もうこんな指揮者は出て来ないでしょうね。
 それから、僕はジャズをずっと聴いていたので,クラシックを聴き始めて,このオーケストラのパーソネルが書かれていないことがとても不思議でしょうがありませんでした。何故この時の録音のチェリストやヴァイオリン奏者の名前が解らないのでしょうか不思議でした。ジャズではエリントンのところにはジョニー・ホッジスが,ベイシーのところにはフレディ・グリーンがその音楽の核になっています。せめて第一ヴァイオリン奏者の名前ぐらい表記して欲しいものです。

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