月夜の出来事

音楽が大好きな色鉛筆画家の日々の泡

ジャズ・エッセイ

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アルバート・マンゲルスドルフが亡くなったという事を風の便りに聴きました。何だか段々寂しくなります。アルバート・マンゲルスドルフの事を始めて知ったのはもう40年、いや、50年位前の大阪万博の時でした。僕は大学1年生位でヨーロピアン・ジャズ・グループとして来日していた彼らを聴いたのでした。その演奏があまりにも凄くて大きなショックを受けたものでした。それはアメリカのジャズとは違い、緻密な構成がなされていて、それでいて精神がとても自由であるという事を感じさせてくれたのです.こんな事もしていいんだと言う。これまでの解釈が広がる演奏でした。その時のメンバーはイギリスのジョン・サーマンとトランペットはマンフレッド・ショーフ(だと思います。)それにアルバート・マンゲルスドルフのトロンボーン、ベースがオーステッド・ペデルセンでなんとうまいベースだと感激したものでした。それにドラムスはダニエル・ユメール、でした。このグループの中で一番凄い、と思ったのがマンゲルスドルフのトロンボーンでした。それかというものは彼が参加いている作品は聴いていました。新宿のDUGのライブ盤やMPSの諸作品は遊びが有って、とても興味深いものでした。ソロの作品やデュエットの作品などではまるでトロンボーンが彼の体の様に思える瞬間がたくさん有りました。ドン・チェリーとのデュエットなんてまるでこどもがふたりでニコニコしながら楽器で遊んでいるようでした。かと思えばグループの作品に老いては彼の存在感というものがとてつもなく大きくて、空気がぴーんと張っている様に思えたものでした。スティーブ・レイシーやマンゲルスドルフがなくなり、、そう言えばドン・チェリーなどは随分と前に亡くなっていました。僕などはドン・チェリーなどはオーガニックしか口にしない様に思え、きっと長生きすると思っていたらその早すぎる死には驚かされたものです。オーネット・コールマンも今はなく、フリージャズの精神的支柱が音を立てて崩れつつ有ります。寂しいものですね。

煙草と珈琲 (JAZZ ESSAY)

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もう,今年は2018年にもなってしまいました。2000年からでも18年も経ってしまいました。なんと言うスピードでしょう。僕が高校の頃から聴いていたジャズは1950年代が主流でした。モダン・ジャズです。その頃はジャズ喫茶でジャズを聴くという事が日常だったのです。1950年代のジャズはもう70年前の音楽です。さすがに今ではそんなジャズが聴けるお店もなくなってきました。僕も毎日音楽は聴いていますが随分と1950年代のジャズを聴く機会が減って来てしまいました。勿論ときにはとても聴きたくてしょうがないと感じるときがあるのですが、それは僕にとって昔のあの時代に帰りたいと言う、失われた時を求めてという欲求が生じた時なのですが、僕の場合のその昔の時というのは、1950年代のジャズの空気と勿論その音楽ではあるのですが、それに付随するものがあるのです。それは煙草と珈琲なのです。僕は中学3年の頃からジャズ喫茶に出入りしていたのですが、煙草を吸い出したのは大人になってからでした。高校の頃はジャズ喫茶の常連に真面目だと言われていましたが、初めて煙草をジャズ喫茶で吸った時は大いに冷やかされてたものでした。それから随分とたって、煙草はピースが一番おいしいと思い、以来ずっとピースと時にジタンやゴロワーズもすっていました。あの頃はゴロワーズで120円位だったと思います。ハイライトが80円位だったと思います。そう言えば僕が行き始めた頃のマイルスの珈琲は120円でした。随分昔の話です。そして珈琲は今でも、明大前のマイルスの珈琲の味が忘れられません。もう,10年以上前に訪れた時,ママが珈琲の味が全然変わっていないでしょう?と言っていました。本当にまったく昔と同じ味がしたのです。そうだ、今日はマイルスに行って、おいしい珈琲をいただいている夢を見よう。煙草は缶入りピースをもっていこう。そして音楽はThe New York Seneがいいかな・・・でも今日はとても寒いからWarm Cantoがいいかもしれませんね・・・・・。

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リー・コニッツはマイルスの9重奏団によるクールの誕生(キャピトル)によってその存在が知られる様になって,このプレスティジ盤での音楽的な師匠である,レニー・トリスターノとの競演によって多くのジャズファンに知られる様になったのですが,この競演以降,だんだんと師と距離を置く様になってきて,このアルバムに聴かれる様なカミソリが切れる様なソロからだんだんと変化してきて、感情を押し殺した様な表現から段々と暖かみのある音楽に変わってきた様な気がします。僕の大好きなヴァーブ録音の"トランキリティ”の穏やかで暖かみのあるアルバム等聴くと本質は変わらないものの随分変わった様な気がしたものでした。僕がジャズを聴き始めた頃のジャズの世界は日本ではスイング・ジャーナルの影響が大きく,当時は盛んにリー・コニッツがウォーン・マーシュとの競演盤やヴェリー・クール等のアトランティック録音のアルバムが高く評価されていたのを思い出します。そして僕がとても気になったヴァーブのアルバムがあったのですが,それは"Motion"というベースとドラムスとのトリオの作品なのですが,ドラムスはエルヴィン・ジョーンズなのでvery cool どころかもう,焼き付く様に熱い演奏が繰り広げられています。アドリブ命という様な演奏でテーマなしでアドリブから入って行ったりするのです。しかもコニッツのアルトはただ熱いだけではなく冷たくて,熱い様な内にこもった静けさもあり何とも聴き入ってしまう作品でした。サックスとベース,ドラムというトリオはかつてソニー・ロリンズが同じフォーマットでブルー・ノートに吹き込んでいましたがこんな事が出来るのは超一流のインプロヴァイザーのにの特権なのです。もし出来るとしたらパーカーかコルトレーン,ドルフィー位だと思います。勿論、ソニー・スティットも出来ますが違うものになってしまうのです。リー・コニッツは書きたい事がたくさんあります。また次の機会に・・・・。それからこのサインは新宿厚生年金会館での彼のコンサートの後出口で頂いたものですが,会場の聴衆のあまりに少なさにすこし寂しい感じを受けて申し訳なくて謝りたい様な気持ちだった事を思い出します。

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  今回、採り上げたアルバムはソニー・スティットのデルマーク盤です。ソニー・スティットのレコードを初めて聴いたのはもう50年近く前の事です。チャーリー・パーカーにあまりに似ているという事でパーカーの生前はアルトサックスを吹かなかったという事などから当時高校生の僕はちょうどいいと思って聴き比べという意味でアトランティックのプレイズ・チャーリー・パーカーを聴いたのでした。パ^カーの曲をカヴァーしているその作品は、僕に取って、パーカーの演奏とはまったく違う様にここ得ました。パーカーの演奏はジャズの普通の演奏からはみ出している様に感じたのでした。明らかに常人とは違うのです。一方、スティットのプレイは考えられる普通の演奏だったのです。もっともあのアルバムのピアノがジョン・ルイスという事もあったのでしょう。ピアノが発狂寸前のバド・パウエルだったら演奏はまったく違っていたことでしょう。それ以降はスティットはうまいサックス奏者という事でよく聴いてはいましたが,それほど魅せられる奏者でもなっかたのです。しかし年を取るに連れて,勿論、バド・パウエルとの信じられないテクニックの競演盤や,まさにヴァーチュオーソと言うべきヴァーブの一連の録音,それに随分ソニー・スティット自身が時ををへて,吹き込んだジャズメン根性に溢れた“TUNE UP"を聴いた時にはあまりの凄さに鳥肌が立ったものでした。それが大学の頃ですから,あれ以来,彼のアルバムは増えて行きましたが・・彼の発表した作品はあまりに多く軽く100枚は超えてしまうのです.かつて電気サックスも使用した作品もありましたり,ストリングスものや,オルガンと共演しているアーシーなもの等,来るものは拒まずという風に録音を重ねてきた様に思えます。勿論,傑作かどうかと言う物差しで測ると彼のいいものは本当のジャズの頂点にあるのですが,だめな録音だと思っていた作品が60もすぎる様になってくると,何となく,それらの作品も悪くはないから,だんだんと魅力を感じてきてしまうのです。やはり味があるのです。それは彼のジャズメンとしての生き様を感じるからに他ならないのです。一昨日だったか,報道ステーションで若い日本のジャズメンの演奏をやっていましたが,みんなジュリアードやバークレイを出ていますし確かにうまいのですが僕は何も感じる事はありませんでした。ソニー・スティットを聴くべきです。

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セシル・テイラーが初めて日本にやってきた時、僕は大学生だった。当時は若者の間でジャズはとても人気があって、当時日本最大、いや、恐らく世界最大の購読者を誇っていたであろう、スイング・ジャーナルの前宣伝もあって、新宿厚生年金会館で行われた3回だったと思うが、彼のコンサートはすべて大入り満員の盛況だったと記憶しています。今から考えると、とても信じられない様な話ですが、それは事実だったのです。しかし多くの聴衆の目的は恐らく、ジョン・コルトレーンとの競演等で知られる彼の特異なピアノの演奏スタイルが一体どんなものなのかを確かめにくる様な,又はすこし懐疑的に彼の音楽は一体本物なのだろうかという人もいたかもしれません。ですから当時、彼らのユニット、セシル・テイラーとアルトのジミー・ライオンズ、それにドラムスのアンドリュー・シレルが最初の音を発するや否やオーという声が上がったものでした。僕はこの変則的なトリオにアラン・シルヴァがいればなぁと思いつつ,この時、こっそりテープ・レコーダーをまわしていたのですが、演奏終了の瞬間に発見されてそのテープは没収されてしまいました。しかし、よくまぁセシル・テイラーのコンサートがこんなに満員になったものだと感心したものでした。会場で知り合いのジャズ喫茶のマスターを見つけました。いつも当時にしては珍しくチャーリー・パーカーがよくかかるお店のマスターでした。みんな一体どんなものなのか確かめにきていたのではないかと思うのです。この大成功を収めたコンサートの後日談を聴きました。それは気を良くしたセシル・テイラーがまた日本に来たいと言ったそうですが、招聘元はその次はだめだろうという事で以来、ずっと彼は日本に来ていないのです。僕はピアノのスタイルが似ているという事もあって、当時、中村誠一氏がいた頃の山下洋輔のグループを良くピット・インで聴いていましたが、あまりにその音楽が違うのにびっくりしてしまいました。山下洋輔の音楽は湿っていてとても重かったのです。それに比べてセシル・テイラーの音楽はとてもカラッとしていて、軽かったのです。そのからっとしているところはポール・ブレイのコンサートに行った時に感じたものと同質の様な感じがしたものでした。

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