月夜の出来事

音楽が大好きな色鉛筆画家の日々の泡

本のエッセイ

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 10巻からなる20世紀最高の作品、”失われて時を求めて”を去年、何年かがかりで読み終えてから,何だか気がぬけてしまって、最初の内は高校時代に読んだ,モリエール全集を再読したりしていました。するとかつて呼んだときとは比べ物にならない位面白くて感激してしまいました。それならと、昔読んだ、バルザックの作品なら最初読んだときとはまったくちがった印象を受けるのでは、と思って読み始めましたらやはり、その作品の深さがまったく解っていなかった事に驚くとともに、こりゃまた大変な事になったと思ったのでした。僕は何冊か読んだ後に、”ツールの司祭"を読み返しました。前回読んだのは東京創元社のバルザック全集のものでした。そして今回、再読したのは1993年にリクエスト復刊された岩波文庫の水野亮氏訳の旧仮名遣いのものです。僕は古い作品を旧仮名遣いで読むのがとても好きですしその方がずっと内容が深く感じられるのです。また、この復刻版には味わい深い当時の挿絵も載っているのです。
 さて、ツールの司祭ですが彼はバルザック全集の”セザール・ビロトー”という作品に登場する主人公なのですがそのお兄さんがツールの司祭の主人公ビロトー師なのです。彼は誠実な人で、望みと言ってもまったく小市民的な望みだったのですがそれが彼を好ましく思わない人物、昔の事を根に持つ田舎の世界などによってかれは不幸のどん底に陥れられてしまうのですがそこで暗躍するのが老嬢と言う、バルザック作品の中で従妹ベットもそうですがそう言う人種がいるのです。老嬢とは老いたお嬢さんとでも言いましょうか、結婚しないで年を取ってしまった女性の事ですが現代はそう言う人種はいない様な気がします。バルザックは作品の中で彼女達の描写に老いてここまで言うか、というほどの描写をしています。ひょっとするとバルザック自身よほど老嬢にひどい目にあっていたのかもしれません。とにかくこの作品を64歳になった自分が再読してみるとこの作品は最初読んだときと比べると比べようがないほどに生き生きと迫ってくるのです。まるで作品が呼吸しているようです。ここまで解る様になって,年を取る事もまんざら悪くもないなぁと思える様になりました。もうそろそろ寝ようと思いますが何だか今日は老嬢が夢に出てきそうです。もうちょっと若い人にしてください・・・・・。

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  バルザックは1799年に生まれ,1850年に亡くなっていますが、たった,50年の人生で彼が残した作品の量は,まったく普通の人間には想像もつかない位の量で,しかもその質たるや、僕のランキングでは最高のクラスなのです。日本では東京創元社からバルザック全集が刊行されていてそれは26巻にも上ります.しかし,しかしです。バルザック全集とは唱って入るもののその量で行ってもその全集以上の作品があるのです。そしてここ何年かはバルザック全集に収録されていない作品がよく見受けられる様になりました。そして全集以外のバルザックの作品を読んで行くと,そこには彼の傑作の”従妹ベット”やゴリオ爺さん””谷間の百合””セザール・ビロトー””幻滅”とはまったくちがった雰囲気があってそれは幻想的で不思議な魅力に包まれています。それらの作品達の多くはスェーデンボルグやウォルター・スコットなどの影響を受けていると言われているのですが,今の日本ではスェーデンボルグの作品などは1点も刊行されていないと思いますし,ウォルター・スコットなどは彼の庭の本があったと思いますがもう廃盤になっているでしょうね。スェーデンボルグは輪になって,あの世と交信すると言った事をやっていたり不思議な薄気味悪さがつきまといます。恐らくセラフィータなどは多く影響されていた様な気がしますが,バルザックの世界ものすごい厚みを持っているのです。そんな事を考えていたらバルザック全集でこう言う不思議な感覚に陥るのは考えてみたら”赤い宿屋"や“あら皮”がすぐに思いつきますが,全集以外の作品のテーマは藝術に関するものが多く,音楽や科学などをテーマにしているものも多く見かけられます。しかし,一人の作家が全集の中では新しい時代の手形の話や,当時,手形の割引や借金の利子の話や当時立ち上がって来たジャーナリズムの事から,科学の分野でも当時の最先端の教養を身につけていて,まったくこの天才は一体どうなっているんだと思う事しきりです。このファチーノ・カーネは絵描きの話なのですが,普通は才能のある主人公になると思いますがここでの主人公は仲間からは何か他の職業に就いた方がいいなどと言われていてぱっとしないのですがこつこつ,努力して世間で認められて行くのですがバルザックは作品の中で深淵は深淵を呼び俗物は俗物を惹き付ける。とまで言っているのです。なんと興味のつきない作家なのでしょう・・・。

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 随分と読むのに時間がかかった、プルーストの”失われた時を求めて”を読み終えて、もう一度、泉鏡花全集に挑戦しようかと思い、2、3点読んでみたものの、ちょっとは楽に読めるものはないかと思い、父が好きだったモリエール全集を読み始めました。そう言えば戯曲は久しぶりの様な気がします。僕は高校の頃に出版された鈴木力衛氏訳のモリエール全集は父が買っていたので、僕も父と一緒の頃に読んだものでした。と言っても何しろ15歳位ですからちっとも解っていなかったと思います。この本が出た頃、父はちょうど今の僕位だと思いますので、あの頃の父はどんな想い出この全集を読んでいたのか、僕も今ではその気持ちがわかるかもしれないと思い読み始めたのです。するとなんてこの本は面白い事か・・・・。当時もその面白さは解ったと思いましたが、その文体のしなやかで軽い事!とても気持ちがいいのです。高校の頃は、僕にはあまりにも知識が足りないと思い、どんな本を読んでも一生懸命勉強の様に読んでいたのです。しかし今では随分と本を読んで来た甲斐があって,本を楽しめる様になっていたのです。そしてモリエールはシンプルで楽しいのです。それにラヴレーの様な歴史的な知識はいらないのです。モリエールを読んでいると本当に素晴らしいものは単純であるという事がよく解るのです。フランスではいい人の代表と言えば、モリエールが上がられますし、悪い人の代表と言えばラシーヌになっているという事を文学の授業で聴いた事があります。モリエールの作品を読んでいるとどう読んでも作者はお人好しのいい人に思えます。フランスの人々に彼の作品が愛されているのがとても解るのです。高校生の頃父は晩酌のおりに僕もモリエール全集を読んでいるので、特に”スカパンの悪巧み”のはなしをしていました。とても懐かしいです。先日は本に線が書かれているところを発見しました。酒飲みを擁護する様な文のところでした。父はお酒とモリエールが好きだったのでしょうね、僕もモリエールがとても好きです。もう20年位前になるでしょうか、パリでホテル・モリエールに連泊した事があります。テラスで食事をしたものでした。今でもその時のホテルの小さな石けん箱がその時のパリの空を思い出します。

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 まったく,こんな20世紀の大傑作を読んでも僕の様な読者に取って,ためになったのかならなかったのか,僕は自分の持っている様々な感性や記憶の詰まっているであろう瓶の中を求めて,先日,近くの大きなマーケットに行ったのでした。そこで僕は様々な食品を目で見る事によって幼い頃の記憶や味覚をどれ位呼び起こせるかやってみたのです。入り口近くには果物や野菜がならんでいます。すぐに目がいくのはやっぱりすいかでした。こどもの頃、夕食後に花火をやって・・・それはざらざらした板の縁側であって,そのすいかを苦しくなるほど食べて,お風呂に入って,当時は天瓜粉と呼ばれた白い粉を体中につけられ、そして蚊帳の中に入って,寝るのですが,蚊帳のにおいや,蚊帳の中に蛍を飛ばした記憶が鮮明に蘇ってきたのです。僕はその瞬間,幸せな気持ちになりました。ちょっとプルーストのようです。そして初めてトマトを食べたときの事,次々に記憶や感性をたどって行ったのです。ほとんどの食品でいろんな事を思い出しました,昔のお豆腐はにがりというものがあったなぁとか,昔のアーモンドチョコのアーモンドはフライされていなかったとか,挙げて行ったらキリがありません。お魚はたいを見ると,小さい頃和歌山にいた僕は父が毎日の様に僕にたいをむしって口に入れてくれていた事を思い出しました。それにヒラメの煮付けが食卓によく登場したものでした。しかし,全然,記憶がないものもあるのです。それは納豆やオクラ等です。何しろ生まれて一度も食べていないのですから味覚の記憶もあるわけがないのです。僕は感覚的にねばねばしたものがだめなのでしょうね。ねちっこいのは人間でもだめです。そんなことをしながら牛乳やヨーグルトのコーナーにくるとまたこどもの頃の想い出がどんどん思い出されました。僕は毎日牛乳を飲んでいましたが当時は牛乳瓶箱というものがあってそこに毎日牛乳が届けられていたのでした。ヤクルトが登場したときもすぐに取ってもらいましたが,最初はとてもちいさなガラスの瓶でした。すこしたつと,その瓶はちょっと大きくなったのでした。また,そう言えば幼稚園では牛乳瓶のフタを集めるのがはやっていていろんなメーカーのデザインを集めるのが偉かったのです。僕も一生懸命集めましたがクラスに牛乳屋さんの子がいて彼があまりにたくさんフタを持って来たので,一気に熱が冷めてしまったものでした。

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 プルーストの失われた時を求めては作者があるとき,紅茶に浸したマドレーヌを口にしたとたんに幼少期の様々な想い出や感覚がまるで水中花が水中で広がる様に記憶が溢れ出てくるところから物語が始まるのですが,この水中花というものが現代が思い描く,プラスチックのものとはまったく違っていて,19世紀末のパリの万博を機にジャポニズムがインテリの間や芸術家の間でもてはやされた頃に,日本からのおもちゃとして当時のフランスで遊ばれていたもののようです。それは紙で出来ていて,水の中で幻想的に開いた様なのですが僕は見た事もないのでただ想像するだけですが,水中でぱっと広がって行く花とのダブルイメージはとても美しい様に思えます。プルーストはこの時の水中花の様に人間は様々な記憶、感性それは五感に関するものなど様々なものが瓶の中に入っていてそれがあるとき何かをきっかけにその中のものが記憶として現れるとも言っています。
 この事は僕の様なあんな絵を描いているものに取ってもとても重要な事なのです。僕は昔から同じ様な事ばかり考えていました。絵描きや詩人、音楽家、作家等に取ってもっとも重要な事のひとつなのです,僕は今64歳ですがこどもの頃の事を忘れた時がほとんどない位毎日こどもの頃の事を思い出すのです。それはあるときはレンゲ畑で遊んだときの花の香りだったり,菜の花畑の中でその香りに苦しくなる位だった事や田んぼに裸足で入って指の間がくすぐったかった事,夏の草息,流れる雲,蝉の声,駄菓子屋の危ないお菓子等,挙げて行ったらキリがありません。そうです。僕はとても豊かで素晴らしい幼年時代を送ったのです。僕はかつて六本木のビルの中でかくれんぼをしているこどもたちに遭遇した事があります。なんだかとても可哀想な気がしました。僕のこどもの頃は足のしたには砂利やどろんこや草や,秋には落ち葉を踏みつけ冬は雪や霜柱まで感じたものでした。しかし彼らの足のしたはコンクリートでしかないのです。なんだか寂しくはないでしょうか・・・・・

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