自分流の輝き方

癌に侵された夫を励ますために書き始めた妻から夫への手紙ですが、夫の死後は彼に家族の様子を知らせる手紙として書き綴っています

エッセイ

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家族 (64歳時の作)

家族

 夫の会社が倒産したのは一九九四年三月、私が四十八歳のときだった。長女だけが社会人、長男は大学

生、下の娘二人は高校生で、経済的にいちばん教育費がかさむ時期でもあった。倒産後、私たちは十数年

住み慣れた神奈川県座間市の団地から、同市内の狭いアパートへ引っ越しを余儀なくされた。


 それまで比較的ゆったりとしたスペースの中で生活してきた家族にとって、倒産のショックとその狭さ

が大きなストレスなり、精神的に酸欠状態であった。互いに相手を思いやる余裕もなくなり、たわいない

会話の中にもすぐに苛立ちを感じる日々がしばらく続いた。


「お母さん、大学へ行かないで就職する」次女が私にそう告げたのは引っ越してまもなくのことだった。

倒産した我が家の経済状態を考えれば、子供たちの大学進学はとても無理なことであったが、自分が青春

を謳歌した大学生活をぜひ味あわせてやりたいと常々思っていた私は「経済的に大変だけれど、学費はお

父さんとお母さんで何とかするから、大学に行かせてあげたい。でも学費以外はすべて自分たちでやりく

りしてね」と、言い渡した。


 子供たちも進学を強く望んだ。すぐに奨学金申請をし、それで足りない額は私の給料から埋め合わせる

ことにした。当時、大学二年生の息子は静岡県清水市で下宿生活をし、ラグビー部に所属していたが、

即、退部し、夕食付きのお寿司屋さんでアルバイトを始めた。高3の次女は受験勉強に専念、高3の三女

は大学のある私立校に在学して、大学入試の心配はないため授業後は毎日自宅近くの店でバイトを始め

た。


 大学生になった娘たちは週末には終日バイトで明け暮れたが、彼らに悲壮感はなく、バイト先での仕事

の様子を実演して見せたりして、バイト先でも多くの友人を作り、結構楽しくやっていた。 その一方

で、「倒産したら日雇いをしてでも家族を食べさせていくから心配するな」と言っていた夫は精神的な痛

手からなかなか立ち直れず、「五年先、十年先の自分をみてくれ」と言うようになり、五年先のことより

も今日、明日の生活が第一と考える私との間が次第にぎくしゃくしていった。先を見越して仕事をしてき

た男と日々の生活に根を置く女の考え方の違いが表面化しぶつかりあった。


 財産を失したことより、そんな夫の姿を見るのが何より悲しく、これが倒産したということなのだと

思った。家族が必死で守ろうとしなければこれまで築いた家族の絆があっけなく断ち切れてしまうような

日々の連続だった。そんなとき子供たちは夫婦の気持ちのズレを察知し、夫が子供たちにとってどれほど

頼りがいのある父親であるか、また家族にとって大切な存在であるかを私に、また彼には、「お父さんは

お母さんに甘えすぎている」と語りかけるなどしてくれていた。


 私も以前のような逞しい夫に戻ってもらいたくて、手紙で自分の気持ちを正直にぶつけた。そうしたお

陰で私たちはもう一度正面から向かい合うことができ、それまで以上にお互いが尊敬しあえるパートナー

となり、夫婦の絆を強めることができた。あの時、何もしないでいたら、私たち家族も倒産という悪魔に

家族の絆をずたずたに引き裂かれ、一家離散となっていたかもしれない。倒産から十数年、何度もどん底

突き落とされ、そこから必死で這い上がろうと頑張っていたあの頃が家族としていちばん輝いたときのよ

うにも思える。


 涙と笑いを繰り返す日々の中で、次第に家族一人ひとりの中に相手を思いやる温かい気持ちが戻り、以

前のように笑いが飛び交う家庭を取り戻すことができた。倒産から三年後、息子の大学卒業を機に庭付き

二階建ての借家に移り住んだ。解放感のある広さにいいようのない幸せを感じた。それは狭いアパート暮

らしを経験したからこそ感じられる喜びであった。


 それから二年後、家族で力を合わせれば何とかなると、もう一度家を購入した。一九九九年一月、新居

に移り、これからはいいことが待っているはずと思っていた矢先、夫が癌に侵されていることがわかっ

た。それは倒産時の苦しみがとるに足りないものと思えるほどの衝撃であった。

ひとり歩き

 十年ほど前に東京に移り住んだときから、職場へは電車通勤となった。引っ越した当初は、最寄りの駅

までバスを利用していたが、時間どおりに来ないことに苛立つより、時間が読めるという安心感から歩く

ことにした。それ以来、足腰を鍛えることはいちばんの健康管理と、かなり遠くへも歩いて出かけること

が多くなった。


 そのような日々のなかである時期、歩くことが身体を鍛える以上の役目をしてくれた。引っ越した年の

春、夫の胃に癌がみつかり、即、手術となった。その後の経過も良好と安心していた矢先、翌年、肝臓と

膵臓に転移がみつかった。そのころから胸の中に鬱積するどうしようもなく苦しい気持ちを、自分なりに

消化するため歩くようになった。


 闘病中の夫の前で余裕のある態度で振る舞い、笑顔を見せ続けていたときも、ひとりで歩いているとき

だけは自分の気持に正直でいられた。ハンカチで口元を押さえながらではあったが、泣くことができた。

歩きながら、夫を助けてくださいと何千回、何万回と、神に、先祖に祈ったことだろう。そうした時間が

なかったら、きっと精神的に追い詰められていたにちがいない。


 夫の闘病中、二人で自宅近くの野川沿いや次太夫掘り公園をよく散歩した。川にかかる橋に立ってゆる

ゆると泳ぐ鴨やときどき元気に水しぶきを上げる鯉を彼と眺めたものだ。何の悩みのなさそうな鳥や魚た

ちが羨ましかった。陽にあたることは身体にいいからと公園内にある小山へもよく行った。背に陽を浴

び、気持ちよさそうにしている彼と、その後の治療のこと、子供たちのこと、私の退職後の生活のことな

ど話した。


 歩きながら夫との思い出に浸ることもある。ともに眺めた鴨や鯉は変わりない。ただその場に彼が居な

いことが胸を苦しくさせる。孤独感で押しつぶされそうになったときには、彼とともに吸った空気に触れ

たくて、彼との散歩道を何度も歩いた。


 以前、倒産のときはこれが地獄かと思ったが、それでもいい、あの頃にもう一度戻りたかった。彼の死

は寿命だったのだと自分を納得させるのに何年もかかった。そうだったのと繰り返し彼に問いかけなが

ら、ひたすら歩いた。ときには崩れそうな私を支えるために、寄り添ってくれている夫の存在を感じるこ

ともあった。そんなときには彼への想いが一層募った。


 再発からわずか三か月の闘病生活であったが、結婚生活三十年間の中であのときほど彼と行動をともに

した時期はない。就寝時は私の元気なパワーが彼に届くようにと、私は右手で彼の左手を握り締め、楽し

い話を毎晩聞かせ元気づけた。彼が死の恐怖に脅かされているとはいえ、それを言葉に出すことも、そぶ

り見せることは決してなかったが、互いに限られた時間を意識し、余すことなく語りあえた気がする。


 夫が亡くなって九年になる。今年はじめて涙のない命日を迎えることができた。突然、会いたくなって

彼との散歩道を歩くこともあるが、最近は寂しい気持ちを紛らわすために歩くことは少なくなった。


 音楽が大好きな私は、聴くよりは自分が歌って人に聴いてもらうほうがずっと好きだ。思いっきり大声

を出して練習したくなると、外に出て歩きながら歌う。砧公園だったり、野川沿いだったり、どこであろ

うと、私が一人で歩いているとき、黙っていることはまずない。まず前後に人が歩いていないことを確か

め、それから歌い始めるのだが、それでも途中で後ろを振り返ったときに、間近に人が居たりして、恥ず

かしい思いをすることもある。ときには自転車で通り過ぎるときに振り返って顔を覗き込む人もいるが、

私は気にしない。


 賑やかで楽しいことが大好きだった夫もきっと一緒に歌っていると思う。「ユーアーマイサンシャイ

ン」は二人でよくデュエットした曲だ。そういえば、彼は私の歌を聴くのも好きだった。


 心の痛みを癒すための散歩が最近、楽しみのためのものとなってきている。近い将来、自分のライブを

することを目標にこれからも歌の練習をしながら元気に歩き続けることだろう。

老いを楽しむ

今年9月に65歳になった。早々に送られてきた高齢者介護保険証を手に取り、自分ではそのつもりで

なくても、周りからはそのように呼ばれる年齢になったことを実感させられる。そうえば、子供たちから

この2、3年、私の健康を気遣ってかけてくれる言葉が多くなったように感じる。


夫が他界して今年で10年、その間に独身だった4人の子供もそれぞれに家庭を持ち、父となり母と

なった。忙しい中、時折、「元気にしている?」と電話をかけて私を気遣ってくれる子供たちの優しさが

とても嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいになる。


30代の頃は現在の子供たちのように子育て真っ最中で、自分の家族の世話で精いっぱいだった。とて

も実家の両親を思いやる余裕もなかっただけに、こうした子供たちの気遣いを一層嬉しく感じるのかも知

れない。亡き母が元気だった頃にもっと電話をかけていたら、どんなに喜んでくれたことだろうと、今更

ながら後悔している。


年齢を重ねるにつれて、人の優しさのありがたみが身にしみ、若い頃よりずっと感謝の気持ちを持てる

ようになり、老いることも新たな発見があって素晴らしいと思えるようになった。最近は子供たちにとっ

て一番頼りになる助っ人として、11人の孫の世話で忙しくする傍ら、時には、趣味のカントリーバンド

のライブへ出かけ、シンデレラの帰宅タイムに遅れるほどの不良老女となって楽しんでいる。

私のひとり暮らし

私のひとり暮らし

 今年、年女の72歳になる私、朝、目覚めると床を離れるまで30分ほど布団の中で過ごす。誰かのた

めに朝食を用意するとか、特別な予定がない限り、朝の時間はいつの間にかゆったりと流れる、全く自分

のペース生活に慣れてしまっている。


たまに息子が泊り、翌朝6時過ぎに出かけるときなどは、5時には目覚め、風呂を温め、朝食の準備を

し、しっかりと朝食を食べさせて送りだす。その度に十数年前に亡くなった主人が今も健在であったな

ら、日々こうした生活をしていることだろうと思う。


一人暮らしの老人が急増しているが、まさか自分までが一人暮らしをすることになるとは全く考えてい

なかった。11人兄弟の10番目、それだけでも大家族であるが、呉服商を営む我が家には通いの従業員

数人のほかに、地方の呉服商の子息が数人寝食を共にしていた。絶えず誰かがいる、そんな中で育った。


結婚後も4人の子宝に恵まれ、6人家族でいつも食卓は賑やかというより各自が勝手なことを口にし、

うるさいほどであった。しかし、家族の中で一番健康優良児と思われていた夫が先立ち、そのあと子供た

ちは次々と新家庭へと家を出た。


一人、ひとりと我が家を去るたびに、狭いと感じていた家がどんどん広く感じられ、子供たちが巣立つ

喜びとともにそれ以上の寂しさを感じてきた。59歳の時、我が家はついに私一人になった。2階建て我

が家、一階の3部屋はにぎやかだった頃があったなどと信じられないほど、がらんと静まり返った。


一人暮らしとなって自分だけの洗濯物を干しながら、どっと涙がこぼれ落ちた日のことは今も忘れられ

ない。これまでは子供に頼ってきた自分が一人暮らしという現実にしっかりと向き合っていけるだろう

か、不安でもあった。


当時、一人暮らしの友人から、「最初は寂しく感じるけれど、慣れてくれば自分ペースの生活が楽しめ

て最高よ」と言われていたが、とてもその言葉を受け止められるほど、自分は自立していなかった。あれ

から13年、その間、3人の娘たちが出産のたびに我が家に滞在し、そのたびににぎやかな我が家が復活

した。


今では12人目の孫も6歳となり、抱っこをしたり、おむつを替えたりという世話はなくなり、一緒に

プールへ行ったり、ゲームをしたりするようになった。正月、春休み、夏休みは子供たち家族との時間を

最優先にするという若いころからのポリシーは変わってないが、それ以外はカントリー歌やダンスなど趣

味の時間を大いに満喫している。


ほどよく動と静が繰り返す生活はなかなか居心地がいい。最近ようやく先輩の「一人暮らしは最高よ」

「70代はまだ心身ともに元気でいられる年代、孫の世話からもかなり解放され、本当に自分のために費

やせる時間がたっぷりある最高の時よ」という言葉に「本当ですね」と頷く私となった。

失くしたからこそ得られたもの


 今から20年前、自分の会社が倒産し、一家6人で家族の思い出の詰まった家から狭いアパートに移り

住んだとき、頭の中が真っ白となり、これほどまでの苦しみはない、早く生まれ変わって新しい人生を歩

みたいと切実に願ったものです。しかしその6年後に迎えた夫の死は倒産時の苦しみが取るに足らないも

のであったとさえ思わせました。

 
 失くしてしまった愛しい人たちや思い出の品々ヘの執着はなかなか断ち難いものですが、そうした試

練があったからこそ、自分にまだ残されている大切なものや、失くしたからこそ新たに得られたものが多

く あることに気づきました。


周りの人たちからの無言の励ましに背中を押されたり、変わらぬ友情や優しさに包まれたりと、物を失

くした悲しさよりも、人の温かさが嬉しくて涙することが多い日々でした。どんなにお金を積んでも買え

ない素敵な財産が沢山あることを知ったのも、人の親切に素直に甘えることも学びました。


 夫の死から十数年経ったいまでは、夫が元気だったら、決して出会うこともなかった音楽好きの仲間と

歌ったり、踊ったり、またシルバー人材センターで同年代の人たちと一緒に仕事をしたり、近所のお子さ

んの保育園送迎のお手伝いをしたりと、地域に密着した新しい世界がどんどん広がっています。


 早々と天国入りしてしまった夫が羨ましがるような楽しい日々の中、ウクレレの練習をしながら、そん

なことを思いました。

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