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今日は父の月命日。 |

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こんにちは、ゲストさん
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今日は父の月命日。 |
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昨日で七夕さまが終わった。 商店街では店ごとに作った七夕飾りが アーケードを飾り、 店先には地元のお土産品が並ぶ。 今年は人出が少ないように思ったのだが、 それでも5番目に多かったそうだ。 どの商店もきれいな七夕さまだが 鶴の飾りが少ないことに気がついた。 (鶴の折り紙なのだが、 かささぎを考えると良いのかも) 右の写真は珍しく鶴が飾られた七夕さま。 以前はこの鶴だけで飾られていたのだが、 これらは中が吹流しで、外側のみが鶴になっている。 それでも鶴を飾っただけ良いと思おう。 また子供会の七夕さまで 以前は必ず作っていた輪つなぎも 今ではあまり見かけない。 七夕さまは最終日の午後9時30分頃に終わる。 商店街の人々は飾りを下ろして処分する。 上位入賞した七夕飾りは 国内のお祭りや海外にも紹介されるが、 そうでない場合は、ただ処分されてしまう。 だから、ラッキーな場合「いただく」ことも出来る。 でもこれは最終時刻に居合わせた人しか体験できない。 ただ、大きなクス玉は持ち帰るのが大変だし 飾るのだって結構場所を取る……。 よく考えてからいただこう。 七夕期間中、経ヶ峰にある瑞鳳殿では、 ろうそくの火によるライトアップが行われる。 閉園時間もこの時期だけは延長される。 朝の瑞鳳殿には石段の両脇に ライトアップに使った竹が 並んでいた。 この両脇にある石造りの側溝の中には
一定の間隔でブルーのポリバケツが入っていた。 防火のための水が用意されているのだろう。 きっと夜間はあまり目立たなかったと思うが 朝の光の中ではけっこう気になる存在だった。 |
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すこし風が冷たくなった。 今朝は父が眠る墓地へ出発するのが少し遅めになった。 家から出て、家の前の道を左折してそのまままっすぐ行けば墓地入り口に着く。 でも、その道がお盆やお彼岸には墓地へ向かう車で道路が渋滞するので 出発が遅くなるとお墓参りに一日かかってしまうと母がいつも気を揉む。 今日は土曜日だというのに街中が混んでいる。赤信号にも止められてなかなか先に進まない。 お彼岸でもあるし、これから先の一車線の道路に入ったらどうなるのだろうかと思いながら車を進めた。 市街地を抜けて、気がつくと街中の渋滞はウソのように私の前後に車はなくなり、 いつもの土曜日の朝の道路になっていた。 どうして今朝は混んでいたのだろうと母と話しながら走った。 右折して墓地に入り坂道を登っていくと、 いつものように臨時の花屋さんが花をバケツに入れて並べていた。 駐車場には珍しく、もう3台ほど車が停まっていた。 水を汲んで墓地内を歩いていく。 先週飾った花はなくなっていて、どのお墓の前も雑草が抜かれてきれいになっていた。 またお墓を洗い、花を供え父に近況報告をした。 帰り道の坂の途中の花屋さんで一組の花を買い、母の実家のお墓へ向かった。 墓地から右折しようとすると、私の後にたくさんの車が続いているのに気がついた。 やはり私たちは決して早くはなかったのだ。 来年からも気をつけよう。 お寺には昨年と同じように萩の花が咲いていた。 母の実家のお墓には、 もう早い時間とはいえないのに まだ誰も来ておらず、 花もなく、線香の灰もなかった。 お盆の時もこうだった。 廃れていく家とはこういうものなのかと、 すこし寂しく思った。 叔母達はこのお墓を守っていくつもりがあるのだろうか? 倒産の後始末が終わったら (弁護士に任せて本人達は何も心配していない)、 「千葉へでも移り、家を建てて 平均以上の年金収入で優雅に暮らす」予定なのだという。 お墓はどうするのだろう? でも私は今、自分の家のことを心配しよう。
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今日は父の月命日。 夜遅くになって雨が降り始めた。 それまで仏さんがいなかった我が家では、誰かが 他界したら神式で葬儀を行うことにしていた。 ところが、いろいろと事情があり、 それも保留になってしまった。 「息ができない」と訴え入院してから、父は 葬儀は父の故郷のA寺にこちらのお寺を 紹介してもらうようにと母と私に言っていた。 父の死後、私は父の言葉どおりにA寺に電話をした。 そして紹介された別院からいらっしゃった 二人のお坊さんが通夜、葬儀をあげてくださった。 父の実家である本家の菩提寺はA寺と同じ町内にある M寺である。 それまでの経緯から、A寺では時季ごとに自から 父の実家にお経を上げに来て下さっていた。 A寺は檀家が少なくかなり苦労していたらしいのだが、 きちんとしたお寺経営、家族教育をしていたようだ。 父はA寺の日曜学校(と父は言っていた)や、A寺のご家族のありようが好きだったようだ。 今のA寺のご住職は父の弟の同級生だ。 父の弟は若い頃に許婚を残して、その年の初めに生まれた私の顔を見ずに事故で他界した。 父の葬儀の後、父の法名をつけたのはA寺だと叔父から聞いた。 A寺で法名をつけてFAXで別院に送ったそうなのだ。 それで、私は父の法名に院号をつけてもらいたいとA寺に相談した。 その時から我が家は別院ではなくA寺のお世話になることになった。 新しく仏壇を用意する家などはずっとなかったらしく、初めは少し頼りないと思ったし やはり遠いと感じたのだが、故郷のA寺にして良かったと最近になって感じるようになった。 父の故郷の人々が父のことを思い出してくださるようなのだ。 ご住職もはじめはJ本家の息子(が、なぜにA寺に?というお気持ちもあったかと思う)、 急逝した同級生の兄という認識しかなかったのだと思うのだが、 まだ父のことを覚えて下さっている人々が、折々に父を懐かしんで話をして下さるようなのだ。 それでご住職も認識を新たにして下さっているようだ。 すべてこちらで終わらせてしまったら、きっとこうはならなかったと思う。
父は旅立ったことも知られずにほんとうにひっそりと忘れられたことだろう。 故郷とは、本当に心の、魂の、故郷なのだ。 |
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今日は月命日。 昨日用意していた花を持って母と出かけた。 昨日の予定では墓参りをしてから遠出する予定だったのだが、 夕方、自転車で花を買いに行った私が 「花を自転車の前のかごから落として、轢いてしまった」事を知った母が、 縁起が悪そうと遠出をやめることにしたので、予定よりも少し遅く出かけた。 それでも街はまだ静かで、少し開けた窓から樹木の良い香りが入ってくる。 墓地にはまだ誰もいなかった。 何時もの場所に車を停める。 墓地の場所がきまってから、両親は時々掃除に来ていたのだが、 お父さんも同じ場所に停めたなぁと母が言った。 先月、先々月と残しておいた掃除用のタオルはもうなくなっていた。 バケツに水を汲み、墓石を拭いて花の水を換えて新しい花を供えた。 墓の前の雑草もカタバミを残して取り去った。 今の季節は植物の成長が早く、誰も訪れる人のないお墓の前は 背の高い雑草が何本も生えており、まるで門を閉じているように見える。 だんだんお墓にひとつきのことを報告するのも慣れてきた。 ゴミを捨てて、タオルを洗ってバケツを片付け駐車場に戻ると 車がこちらに向かってくるのが見えた。 帰りの道はもう混み始めていた。
コーヒー豆を焙煎する良い香りが車の窓から入って来た。 |
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