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障害を持つと言う事について続きを書きたいと思います
会社に入社して友達になった彼女は生まれながらの「ろうあ」でした
お互いに冗談の塊のようなお調子者で意気投合
最初は筆談、親しくなるうちに手話も教えて貰いました
それは英語やフランス語を覚えるように
話したいから手話という言葉を覚えるだけでした
彼女の住んでいた会社の寮に皆で泊まりこみ良く夜通し話したりしました
あちこちに一緒に遊びに行くと彼女は遠慮無しに大きな声で笑いころげ
周りの人たちの注目を受けていました
私達は笑いを堪えながら「シーッ!声大きすぎるよ〜!」と
彼女に言う事もしょっちゅうでした
そのころの手話は昔の手話なので今では通用しないものです
お願い、好きなどといった単語は変わりませんが、会話では
五十音全部を指で表したりしていました
私達が手話で話していると何処に居ても注目の的になりました
彼女の発声する言葉は明瞭ではなくやはり怪訝な顔をされました
でもそんなことは、まったく関係なかったのです
私達にとって楽しいからはしゃぎすぎて迷惑がられた程度のものです
見ていた人たちにとっては違っていたのでしょうが
彼女とは、退社をしてもお付き合いが長く続き、彼女が結婚する時
同じ聾唖の方と結婚するという事でかなり悩んでいました
子供の遺伝を心配し結婚に踏み切れないようでした
彼は事故によるものだそうで必ずしも聾唖の子供が生まれる訳ではないが
遺伝しない可能性は無いということでした
私は「今自分がこの世に生まれてきて不幸だと思っている?」と返事を書きました
「思ってない、生まれて来て良かったと思っている」と答えてくれました
そして暫くして彼女から結婚しますと報告があり幸せな家庭を持ちました
15年来の友達は、小児麻痺で障害は判らないほど少なく手足が少し
不自由な程度といった感じです
もう一人の友達の2人目のお子さんはダウン症でした
それでもお子さんも元気で家族全員明るく過ごしています
ただちょっとだけどこかが違うだけ、それだけ
私にとって当たり前に一緒に過ごして来た友達です
今度、乙武洋匡さんのトークショーに子供と行く事になりました
話したい事がたくさんあると息子は今から楽しみにしています
根暗で明るくパワフルな人は苦手という乙武洋匡さん
それでも一生懸命なカッコ良い生き方にすっかり魅了されて
息子にとって彼はヒーローなのです
息子も我が家の近くにはたくさんの養護施設などがあるので
障害について自然に受け止めています
息子はいろいろな障害を持った人を指差す事もなけれれば
変な人!と言った事も一度もありません、そういった人が居ても
教えなくても息子にとっても当たり前なんですね
考えてみると私自身も精神病という障害を抱えていました
息子も医療助成に認定される喘息という障害を持っています
顔や性格が違うように一人々の個性、それが当たり前の世の中に
なって欲しいと思っています
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