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7.■兵役帰りのドライバー
土日は友人も休めるので、毎回2〜3日の小旅行をすることにしている。今回は無錫だった。上海から奥地に入った、交通の便が良く水も豊富な地帯で、工場の立地にいいらしい。多くの日本企業が進出している。ところが梅雨の季節だったので、ずっと雨に振り込められた。市内見物もあまりできず、大きな湖を一周した以外、印象に残るものはなかった。友人がカラオケで歌った「襟裳の春は 何もない春です」を思い出した。しかし、予期しなかった別の収穫があった。
遠ければ飛行機や新幹線で行くが、無錫は杭州から300キロ位なので車にした。ホテルに迎えに来たのが23歳の青年R君である。身長180センチ位、筋肉質で髪は五分刈りのきりりとしたハンサム。車はフォルクスワーゲンで彼が最近買ったものだと言う。
「軍隊に3年いて退役した。地雷のことしか習わなかった、と言っていたよ。でも見どころがありそうだったので、就職の世話をしてやった。製薬会社の営業マンをやっている」
と友人が紹介してくれた。日本にも昔、もう2,30年前だったか、こういう青年が多くいたことを思い出した。工場の工員たちが身分不相応と思われる高級車を買って磨き立て、乗り回していた。
R君はこういう機会に恩返ししているのだろうか。友人の言葉にはきはき返事して、行動が早い。といっても車のスピードは厳守して姿勢正しく、高速道路を運転していく。友人と故郷が同じなのか、偶然の出会いだったのかは聞かなかったが、余裕のある大人が若者を助ける、昔の日本の有力者と書生のような関係にも見えた。
二日間付き合ったが、きちっとした態度はずっと崩さなかった。口数は少ないが気配りは常に感じられる。私が車に乗る時は、いつもドアについていて注意していた。老人へのいたわりだろうか、本人はまだ大丈夫のつもりだが。
無錫の夜は友人のおごりで、食事とマッサージ店にいった。彼はたんたんとして私と同じ待遇を受けている。常に胸を張り、世話になっているという卑屈な感じはない。私は昔の自分を思い出した。こんな体型、こんな気分の時代もあった。
車の後部座席に座っていて、ふと横に本があるのに気が付いた。取ってみると『百年の孤独』(ガルシア・マルケス)の中国語訳である。驚いた。
「こんな本読んでるの」
「はい」
ブラジル人のノーベル賞作家。私は定年後に読もうとしたが、すぐに諦めた本である。あまり覚えていないが、主人公の行動は古代から現代まで時代が飛んで錯そうし、哲学的思考が延々と続く。高校出で兵隊帰りの彼に理解できるとは思えないが、何かを分かろうとして努力している。今の日本ではほとんど見かけなくなった青年だ。
無錫の市域の北部境界は長江南岸にあたり、無錫市管轄下の港湾都市・江陰市が泰州市を対岸に臨む。南部の境界は太湖北岸だが、市域はさらに太湖をはさんで飛び地となっている宜興市も管轄している。宜興市は北と西を常州市に囲まれ、南は浙江省に接している。 https://ja.wikipedia.org/wiki/無錫市
ウィキペディアより↑
『百年の孤独』(ひゃくねんのこどく、西: Cien Años de Soledad、シエン アニョス デ ソレダッ)は、ガブリエル・ガルシア=マルケスの長編小説。初版は1967年に出版された。日本語版は1972年に新潮社から刊行された。
ガルシア=マルケスの代表作品で、世界各国でベストセラーになり、ラテンアメリカ文学ブームを巻き起こした。本作を主に、ガルシア=マルケスは1982年にノーベル文学賞を受賞した。2002年、ノルウェイ・ブッククラブによって「世界傑作文学100」に選ばれている。
1982年、日本の寺山修司監督によりいったん映画化されたが、原作者と係争となって公開できず、改題(『さらば箱舟』)および原作クレジットの削除などの条件を受諾して2年後に公開された。したがって現在は無関係な作品として扱われるが、ストーリーは共通している
ウィキペディアより↑
↓グーグルマップより 赤い地域が無錫
次回お楽しみ
8.■先が見えない長橋
聖書の言葉 詩編17:6−8(ダビデの祈 口語訳)
17:6 神よ、わたしはあなたに呼ばわります。あなたはわたしに答えられます。どうか耳を傾けて、わたしの述べることをお聞きください。17:7 寄り頼む者をそのあだから右の手で救われる者よ、あなたのいつくしみを驚くばかりにあらわし、 17:8 ひとみのようにわたしを守り、みつばさの陰にわたしを隠し、
皆様の上に、神様のお守りと祝福をお祈りしています。
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