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Promised Sign
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〈1〉 出会いは空に花を咲かせ (相逢花満天) 別れは水面に花を散らす (相別花在水) 春の光は夢のごとく (春光如夢中) 流れる水は千里先 (流水沓千里) 星々が輝く夜空を遠く眺めながら、シン君は私を背後からやさしく包み込むように抱きしめて、 とても穏やかに、ゆっくりと、美しい詩を詠じた。 彼のやさしい声が、私の耳元に届き、ほのかに漂うようにその響きは私の全てをくるんだ。 シン君の暖かなぬくもり・・・広くて逞しい胸、私を包み込む長くて見た目よりもガッシリと した腕、長い指がとても美しいその大きな手、そして、シン君の香り・・・ 瞼を閉じると、鮮やかに甦るあの心地よさ・・・ つい先程のことなのに、なんだか夢のようで遠い日の想い出のように、あのぬくもりが、私の 中でもう消えてしまいそうだ。 ──私達、明日、別々の道を歩み出すんだよね・・・ そう思うと無性にシン君が恋しくて、より一層言い知れない淋しさが襲い、どこからか背中に 風が吹いたような冷たさを感じて、私の心は引き裂かれるように死んでしまいそうになった。 チェギョンは旅支度が整い、初めてここに訪れた時のように随分整然とした自分の部屋を見渡 して、シンと出会った学校でのことから東宮での日々が走馬灯のように思い出され、気がつけ ば、ポタポタと涙がとめどなく溢れていた。 ──最初の出会いは、本当に最悪だったわね・・・なんて性格の悪い男なのって思ったわ。 それなのに、本当の彼の内面を知る内に、いつの間にかこんなにも愛するようになる なんて・・・人の出会いって不思議・・・ 何がどこでどうなるかなんて本当に解らないわ・・・ 皇太子妃として責任を取ると覚悟を決めて、世界中の誰よりも素敵な人になると誓った けれど、明日、本当に愛する夫であるシン君と会えなくなるのかと思うと、心が引きち ぎられそうな程、胸が苦しくて堪らない・・・ 本当に戻って来れるの?このまま一生会えなくなってしまうのかしら・・・? 不安で胸が押しつぶされそうになる・・・ 『俺達は、離れない。ずっと一緒だ・・・』 シンの言葉を思い出し、頭をフルフルと横に振って気を取り直す。 ──そうよ。私達はまた再び逢う為に、この道を選んだの・・・本当の別れではないわ。 身体は離れても心はずっと一緒よ・・・ そう信じなきゃ、本当に現実にならないような気がする・・・ 「シン君・・・」 チェギョンは、シンの居る部屋の方へ切なげに視線を送った。 ──どうしてるかな?きっと彼のことだから、部屋で一人、孤独に耐えようとしてるよね? 淋しくて苦しくて、また泣いてないかな?最近のシン君は泣き虫だから・・・ 強がりだけど、本当は、孤独で、優しくて、純粋で、暖かな人だもの・・・ このまま、明日の出発までこうしてていいの? もう、明日、旅立てば、何時逢えるか本当に解らないのに・・・ こんな時まで、臆病になってていいの?シン・チェギョン? でも、このまま彼のそばに居たら、明日本当に離れられなくなってしまいそうで 折角、旅立つと心に決めた決意が鈍りそうで怖い・・・ 何言ってるの?そんなこと言ってる場合?あなたの本心はどうしたいの?! そんなの決まってる・・・・ 「・・・そばにいたい!」 チェギョンは、躊躇いを捨てて、シンのそばで旅立ちのその時まで、できるだけ過ごそうと 決意した。 手元にあった携帯に目が止まり、あることを閃いて、ニコッと微笑み、その携帯を握りしめ、 皇太子殿へと向かった。 「!・・・(シン君!)」 シンの部屋の開いた扉の前で、ベッドに呆然と座り、意気消沈とした姿で、別れと淋しさを 堪えているシンの姿が目に入り、チェギョンの足はそこから1歩も動けなくなってしまった。 ──シン君、なんて姿なの? 本当にごめんね。 こんな時に孤独なあなたを一人ここに残して行かなければならないなんて・・・ チェギョンの瞳に涙が滲んだ。 ***** 一方、アルフレッドの傍らで、同じようなポーズで呆然としたシンも思い悩んでいた。 ──今日が、最後の日なのに・・・ 行かないでくれと止めようか・・・傍にいてくれと伝えようか・・・ おまえが居なくて、俺は本当に大丈夫なんだろうか・・・チェギョン・・・ シンは、心ここに在らず、自分の世界の中でボンヤリ悶々と自問自答を繰り返していた。 ──夜が明ければ、明日は離れ離れだ・・・ このままで、俺は後悔しないのか?長い冬休みと言っても、今度いつ逢えるのかなんて 本当に解らないんだぞ。いいのか? チェギョンの傍にいて、彼女の旅立ちまでの時間を一緒に過ごしたい。 でも・・・傍にいたら・・・彼女のぬくもりを感じてしまったら・・・ きっと、離れられなくなってしまう!離れる時がもっともっと辛くなってしまう! 苦しくて苦しくて、俺自身が、どうなってしまうのか解らない・・・ このまま、この胸の痛みを抱いて耐えている方がいいのか? こんな時こそ、素直になって本心のままに彼女のそばに居るべきか・・・? 繰り返される幾つもの自問自答に、シンの心は押しつぶされそうだった。 ──俺は、どうすればいいんだ?どうしたいんだ本心は? シンは頭を垂れて、うなだれた。 《JPG File/Credit:GUNGGAL》
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〈2〉 チェギョンは、涙を拭い胸元で携帯を強く握りしめて、1つ大きな深呼吸をして、静かに音 を立てないようにシンの部屋へ入って行った。 シンは、自分の世界の中で自問自答の最中で、彼女の気配に全く気づいていないようだ。 常に敏感なはずのシンのそんな姿に胸を痛めつつ、ゆっくり傍まで近づいて、チェギョンは、 ようやく口を開いた。 「トントン!シン君。お邪魔します。」 「!?・・チェギョン!」 そう驚きながら、彼女を見上げるシンにチェギョンは、清らかなやさしい微笑みをみせて、 フワリ・・とシンを自分の胸の中に包み込むように横から抱きしめた。 突然のことで驚いたシンは一瞬固まってしまったが、彼女のほっそりと華奢な腕に包まれて、 先程までの悩みも少しづつ癒されるのを感じ、そのやわらかなぬくもりと、彼女の甘い香りに しばし身を任せた。 「シン君、そんな顔しないで・・ね? お願い。・・・私達、絶対にまた逢えるわ!」 「チェギョン・・・」 チェギョンは、シンの髪を優しく撫でながら、努めて笑顔でやさしく彼を諭した。 「前に言ったでしょ?シン君は笑った方が本当に素敵なの・・・ 私、そんな素敵なシン君を憶えておきたい・・・」 シンは、胸元に回されたチェギョンの腕にそっと手を添えて、その感触と彼女の存在を、 しっかり確かめながら、チェギョンの身体に寄りかかった。 しばらく、無言で愛する人のぬくもりを感じ合う二人。 ──俺、馬鹿だな。チェギョンだって俺と同じ位、いやもっと辛いはずに決まってる・・・ それなのに、俺は今も、こんなに健気な彼女をまた悲しませようとしていたなんて・・・ 馬鹿だったよ。旅立つ最後のその時まで、おまえのそばにいることが、今、俺に出来る 精一杯のやさしさで、そして俺にとっても、一番大切なことだったんだ・・・ シンは、チェギョンの腰に腕を回し、しっかりと抱きしめた。自分の胸元にあるチェギョンの 手に携帯が握り締められていることに気がついて、ふと尋ねた。 「チェギョン、こんな時間に携帯なんて持って、どうしたんだ?」 チェギョンはハッとして、そっと腕を解くと照れ笑いを浮かべて携帯を見つめながら答えた。 「あぁ・・これ?・・そうだった!!エヘヘッ、あのね。シン君にお願いがあるの。」 「お願い?何だ?」 「エヘヘッ・・あの・・えっと・・その・・・」 「何なんだよ、いったい?・・・早く、言えよ!」 「うん。笑わないでね。あのね・・あの・・明日から離ればなれになっちゃうでしょ? だから、離れても淋しくないように、2人一緒の写真を撮って、携帯の待受にしたいな〜 って思って。一緒に撮ってくれないかな?」 「何で、今更・・・?・・・二人の写真なんていっぱいあるだろ?」 「もう!公式的なものじゃなくて、私達二人だけの特別な写真が撮りたいの・・・。 そういうのって持って無かったでしょ?プリクラはシン君にあげちゃったし・・・ 毎日、二人一緒の写真をいつも見てたら、きっと頑張れる気がして・・。駄目かな??」 恥ずかしそうに、俯き加減に上目遣いでお願いしてくるチェギョンの姿があまりにも可愛く て仕方ないシンは、少々呆れつつも、思わず微笑んだ。 「・・・わかったよ。いいよ。」 「本当に?!わ〜い♪シン君ありがとう!じゃあ、早速、撮ろう!!」 嬉しそうに満面の笑みで喜ぶチェギョンは、シンの真横にピッタリと身体をくっ付けて、 勢い良くベッドに腰掛け、シンの顔に自分の顔を近づけ、カメラ機能を起動させた携帯を 片手にポーズを取り始めた。 「シン君、笑ってね!ハイ、1・2・3・キムチ!!」 撮った画像の確認をして不満顔のチェギョンは、そのあと何度も何度も自分が気に入るまで 写真を撮り続けた。 「ほら!もっとシン君、顔くっつけて!そうしないとアップで上手く撮れないんだから!」 お互いの頬と頬をこんなにくっつけて写真を撮るのは初めてのことでドキドキしてしまうシン。 チェギョンの滑らかでスベスベ、モチッとした肌を感じて、愛しさで胸が熱くなった。 それと同時に、明日からは、このぬくもりを感じることができないのかと一気に焦燥感が募り、 悲しさと淋しさが入り混じり、どんどん胸が苦しくなってシャッターが落ちる撮影の合間に、 笑顔が徐々に曇って行った。 「うん♪イイ感じ♡ ラブラブで素敵よ!ありがとう!シン君!」 チェギョンはようやく納得の行く写真が撮れて、満足げに嬉しそうに無邪気に、シンに抱き つき、早速その画像を待受け画面に設定し、シンに見せた。 「ほら!これなら、淋しくないでしょ?フフッ、カワイイ♪ イイ感じ♡ いつでも、一緒って思えるもん!」 努めて明るく振る舞おうとするチェギョンの健気な様子が痛々しくて、シンの胸はキリキリ と悲鳴をあげていた。彼女を掻き抱いてしまいたくて、どうしようもない気持ちが渦巻く。 でも、触れてしまえば最後・・・どうなるか解ったものじゃなかった。 その上、チェギョンと心が通じてから、すっかり緩くなってしまった涙腺がまた緩みそうで、 情けない自分の醜態を晒すまいと、シンは歯を食いしばり、なんとか、切なげにわずかに 微笑んでみせた。 その表情から、シンの気持ちが手に取るように伝わり、チェギョンの胸も締め付けられた。 ──あぁ、シン君、またそんな顔ををして・・・どうしたら、いいの? このまま貴方を一人にするなんてできないわ。離れたくないよ・・・ 泣きそうになりそうな自分を堪えて、チェギョンはシンの部屋を見回した。 「ここで、いろんなことがあったよね・・・まだ結婚して1年も経ってないけれど・・・」 シンの部屋のあちこちに、悲しい想い出や胸が熱くなる幸せな想い出の数々がフラッシュ バックした。 「辛いことも多かったけれど、素敵な想い出もいっぱいできたわ・・・」 「チェギョン・・・」 遠い目をしているチェギョンの横顔を見つめ、シンはそれ以上何も言えなくなってしまった。 チェギョンは、フフッっとシンの瞳を見つめて微笑むとシンの肩に寄りかかった。 シンは静かにチェギョンの小さな肩を抱きとめ、髪を梳くように優しく慈しむように撫でた。 ──でも、本当は、ここには幸せな記憶よりも、切ない想い出が多いのよね・・・ 心の中でそう呟いたチェギョンは、そっと瞼を閉じた。 ──もっと、早くに素直になっていれば、シン君ともっと楽しくて幸せな想い出も沢山作れ たんだろうな〜・・今更、言っても遅いけれど・・・ これも、全て私が招いた結果なの。仕方ないわ・・・ そうだ。今からでも素敵なささやかな想い出を少しでも作って、忘れないように旅立ち たい!笑顔で、私らしく!・・ちょっと自信ないけれど、でも、そうしたいの。 そう思い立ったチェギョンは、シンを見上げて甘えるような仕草で口を開いた。 「ねぇ、シン君、もう1つお願いがあるんだけど・・・」 「ん?」 「ちょっと、夜の宮中のお散歩に出掛けない?幻想的な夜の宮を憶えておきたいの。」 「でも、おまえ、こんな夜遅く・・・」 「うん。解ってる。いけないことだって。でもね、私、もっともっといろんな景色を憶えて おきたいの。ほんの少しでも、ここのことをいっぱい。できるだけ私の家だった宮のこと を憶えておきたいの・・・だから、お願い。シン君・・・」 「そうか・・。わかったよ。じゃあ、もう夜遅いから、近場の所だけだぞ?」 「うん。ありがとう!あのね、行きたいところもあるの。」 「どこだ?」 「ヘヘヘッ、それはあとでね〜!じゃあ、行こうか!」 チェギョンは、スクッと立ち上がり、シンの腕を取って、イソイソとカーディガンとストール を纏い、深夜の宮中の散歩に出掛けて行った。 《JPG File/Credit:GUNGGAL》
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〈3〉 シーンと静まり返った夜の宮殿の庭に面した廊下に、二人の足音だけが響いている。 手を繋ぎ、ゆっくりと、二人で毎朝の謁見に歩いた道程の景色を眺めながら、チェギョンは 今までのことを振り返っていた。 ──不思議ね。ついこの間、ここへやって来たばかりのようなのに、何もかも懐かしい・・・ 伝統ある古い宮殿の佇まいに圧倒され、気後れした頃が遠い昔のようね。 入宮したばかりの頃、慣れない唐衣に足下がおぼつかなかった私は、シン君の背中を追っ て必死に追いつこうと歩いたわね。シン君ったら、いつも不機嫌だし見向きもしないで、 その長い脚の大きな歩幅で、一人で勝手にズンズンと進んで行ったよね。ほんと、いつも 無表情でそっけなくて、感じ悪かった。 でもそれが、何時の頃からか、相変わらず不機嫌な調子だったけど、ふと、振り返って、 私の様子を見てくれるようになった。それからまたしばらくして、何度かチラチラッと 振り返って、立ち止まって私を待ってくれるようになった。 今、思えば、シン君は不器用だったけど、あの頃から少しづつ優しくしてくれてたんだね。 そう言えば、雲現宮でお妃教育を受けていた時、シン君、チョコやキャンディとかおやつ をいっぱい差し入れに持って来てくれたんだわ。 あの時は、結婚する前から『約束できるのは離婚だけだ』って言葉がショックでそこまで いろんなことに気がつかなかったけれど、密かに最初から、シン君は優しかったのね。 本当、不器用なんだから・・・優しい反面、あんなひどいこと言われて・・・ そして、気持ちが見えず、自信が持てなくて、すっごく長く苦しんだけれど・・ 今では、こんな風に手を繋いで歩けるようになったなんて・・・ チェギョンは、繋いだ手をギュッと握り直して、シンを見上げて微笑んだ。 シンもそれに答えるように、穏やかなやさしい微笑みを返した。 ──おまえが、此処に来たばかりの頃、物珍しそうにキラキラ瞳を輝かせて宮殿の造りや、庭 を眺めながらのんびり歩くものだから、慣れない唐衣で余計に、モタモタと足下がおぼつ かず、ノロノロと俺の後を付いて来ていたっけ。俺のペースを乱すおまえに苛々しつつ、 時折、振り返って見ると、目が合い、おまえは無邪気にニコッと俺に微笑みかけて来たよ な・・・ 俺、仏頂面でポーカーフェイスを装っていたけど、本当はその笑顔の眩しさに、正視でき なかったんだ。真っ直ぐに清らかな瞳が俺の心を見透かすようで、俺の心を射るようで ・・・ 突然、俺の前に現れた宇宙人のような少女。彼女の行動は予測不可能で、毎朝、なんだか 落ち着かず、ペースを乱されてばかりで、いつも苛々してたよな・・・。 宮殿には四季咲きの珍しい桜があちこち配置されていて、春以外でも四季折々の桜を愛で ることができるのだが、ある朝、寒桜を初めて観た彼女は、風に舞い落ちる桜の花弁を掌 に乗せ、歓喜の声をあげていたな。舞い落ちる桜吹雪の中で嬉しそうにクルクル唐衣を靡 かせながら空に向かって両手を広げる彼女の姿が、冬の白い空に咲く花のように美しく、 あの日の光景が今も鮮やかに目に焼き付いている。この宮廷に咲く一輪の花・・・ 雪に溶けてしまいそうなほど儚げなのに、生命力に溢れていて、俺はその姿に魅せられた。 彼女は、持ち前の明るさで、なんとかできるだけ笑顔を作ろうと必死だったんだよな・・ 頼る人の居ない格式高く辛いことばかりのこの宮中で一人戦っていたんだ。それなのに 俺は・・・ごめん。チェギョン。本当に不甲斐無かった最低な俺を許して欲しい・・・ 切なげに庭を眺めて歩く、月明かりに照らされた彼女の美しい横顔を凝視した。 その視線に気がついて、シンを振り返り、チェギョンは静かに語り出した。 「シン君、私ね、宮の世界や此処の息苦しい生活があんなに嫌だったのに、いざ、此処を出て 行くことになったら、行きたかったところ、見てみたかったところが色々出てきたの・・・」 「・・・・」 「昌徳宮の玉流川(オンリュチョン)の美しい小川、見てみたかったな・・・ まだ、行ったことの無い遠い庭園や、美しい歴史的な伝統韓屋・・・ それに、春の桜・・・蕾も膨らんで来てあと少しなのに・・・ シン君と一緒に見てみたかったな・・・お花見もいいわね・・・ シン君と二人で一緒に行ってみたり、やってみたいこと、沢山あったのになぁ・・・」 遠い淋しげな瞳で訪れるかわからない未来を惜しむチェギョンは、どこかへそのまま消えて しまいそうな程、はかなげだった。シンはその淋しい言葉に居たたまれなくなったが、強い 口調で、反論した。それが現実にならないように。 「何言ってるんだ?おまえは、必ず、此処へ戻って来るんだ! その時、おまえが行きたかった所や、したかったこと、一緒に何でもすればいい。」 「・・・そうね。」 ──本当に、私、いつか帰れるのかしら? チェギョンは、不安で胸が疼き、それ以上、言葉が出なかった・・・ シンは、チェギョンの肩を抱き、「大丈夫だ!」と自分自身にも言い聞かせるように、 その意志を込めて、しっかり彼女を抱きしめた。 皇宮へ続くこの長い廊下、二人の未来はこの道筋を辿るのか?それとも、違う方向へ向かうの
か、二人はまだその岐路に立たされたまま一歩も動けない現状に困惑していた。 |
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〈4〉 二人は、そのまま皇宮へは足を運ばず、また歩き出し、東屋のある池のほとりにやって来た。 「夜だと、本当に静かで怖い位、幻想的な風景ね・・・」 月光が池に反射して、キラキラと波が揺らめいている。ほんの少し不気味さを感じる程どこか 神々しい池の水面に二人は近づき、佇んだ。 「ふぅ〜!ここは、いつもマイナスイオンを感じるわ!」 「そうか?確かに趣きはあるけれど、そこまでは・・・」 「シン君は見慣れてるから、そう思うかもしれないけど、私にとっては、ここはちょっとした 息抜きの場所だったの。池の水を見てると心が落ち着くのよね・・・」 「あぁ、それなら、少しわかる。」 「でしょ?でも、此処はね、私の中で『王様の耳はロバの耳〜!』って叫ぶストレス発散の 場所でもあったのよね〜」 「は?おまえ、ここでそんなことしてたのか?」 「うん。しょっちゅうここに来て、辛くて悲しかったことや、苦しかったこと、ムカついたり、 泣きそうになった時、ここでいろいろブチまけてたの。たまに池に小石を投げてね、5段、 跳ねたときは、嬉しくなって、ちょっとスカッとしたものよ・・・」 「皇太子妃ともあろうものが・・・」 「いいでしょ?私にだってストレス発散できる、ささやかな場所が必要だったのよ!」 シンは、幾度となく、ここで一人でこっそり泣いていたであろう彼女の姿を想像し、やるせなさ が心に広がり、ズキズキと胸が痛んだ。 「ごめん、そうだよな。いつも監視された状態で、上殿からの指示もあるし、色々な重圧が 掛かる生活で、どこかでリラックスしないとやっていけないよな・・・」 「まぁ、大半は、シン君に対しての愚痴ばっかりだったんだけどね〜。 『もう!なんて、意地悪なの?!ヒドイ!!』ってね!」 苦笑いしながら、チェギョンは跳ねやすそうな小石を探した。 それっ!とチェギョンは手慣れた手つきで小石をスライドさせるように池に投げ込んだ。 ポン・ポン・ポン・ポン・ポチャンッと水面を飛び跳ねる小石を見て、キャーキャー歓声を 上げて大喜びだ。 「シン君、見た?見た?いきなり小石が5段跳ねたわよ〜!!すごい!!久しぶり!!」 「おまえ、変な特技があったんだな〜!すごいよ。」 「エヘン!それは庶民だったら誰でも一度はやる遊びだからです。シン君できないの?」 「そんなこと、やったことなんてない。」 「そりゃ、皇子様だものね〜。仕方ないか・・・やってみる??」 「うん。なんか簡単そうだし・・・俺にできないことはないだろ?!」 「まぁ〜、相変わらずの王子病ね!じゃあ、5段飛びやってみせてよ!」 「言ったな?よし、受けて立とうじゃないか!!」 シンは、手近な小石を拾って、先程のチェギョンの動きを思い出しながら、シュッと小石を 投げてみた。 ポン・ポン・ポチャンッと3度水面を飛び跳ねた。 「うん。さすが、運動神経抜群なだけあるわよね?初めてで3段飛びなんてやるじゃない!」 「当然さ!今度は、決めるぞ・・・」 要領を1発で得たシンは、なるべく薄っぺらい小石を探し、ブーメランのようにスライドさせて 投げ込んだ。 小石は、ポン・ポン・ポン・ポン・ポチャンッと綺麗な放物線を描いて5度跳ねた。 「キャ〜!すごい!ほんとにやっちゃうなんて〜!! ん〜もう、ちょっと憎らしいわね! でも、きっと、私達、良いことが待ってるよ!」 そう言って、シンにピョンピョン飛び跳ねながら、腕にしがみつくチェギョンに、シンは、 「ま、当然だな。俺は完璧だから!」 と抜け抜けとそう言い放ち、横目でチェギョンを見ながら、こんなささやかな遊びで楽しそう にしている彼女の笑顔を憶えておこう…と心の中で呟いた。 ──本当に、私達の近い未来にラッキーなことが待っていますように・・・ チェギョンは、小石が沈んだ水面に広がる波紋を眺めながら、心の中でそう願った。 サワサワと春の夜の冷たい風が吹き、池の水面を一層キラキラと輝かせた。 その風を受けてブルッと震えるチェギョンは、薄手のカーディガンにストールを羽織っている とはいえ、春の夜は、まだ肌寒い。シンは心配して、抱きしめるように彼女の腕を擦った。 「チェギョン、ここは寒い、風邪を引くと行けないから、そろそろ戻ろう。」 「えぇ〜、大丈夫よ。ちょっと今のは風が冷たかっただけ。お願い、もう少しだけつきあって? 行きたいところがあるの。そこへ行ったら、戻るから・・・ね?」 「ハァ〜・・、じゃあ、そこだけだぞ。」 「うん!」 チェギョンは夜の冷気から身を守るため、シンの体温を求めて、『寒い寒い!』と腕を組んで ピッタリ寄り添いながら、暖をとった。シンもそんな彼女をやさしく微笑んで受け止めたまま、 二人は、また歩き出した。 しばらくして、東宮殿の敷地内にある、二人が勉強していた書筵堂へと辿り着いた。 懐かしげに、書筵堂を見渡しながら、大変だった勉強の日々を思い出すチェギョン。 あれだけ、嫌だった勉強も今では、もっとまじめに取り組んでおけば良かったかな〜?など と反省したり、いろいろなことに思いを巡らせていた。 「おまえ、ここ・・嫌いなはずだろ?毎日嫌々勉強させられてた場所なんだし、 いったい何で、ここに来たかったんだ?」 「確かに難しい勉強は嫌いだったけど・・・ここには毎日のように訪れてたし、いっぱい 想い出が詰まってるからよ。」 「まぁ、そうだけど。変なやつだな〜、おまえ、いつもここで怒られてただろ?」 「ムムッ、確かにそうだけど、シンくんだっって、ここからときどき居なくなってたでしょ?」 「あれはだなぁ〜、ちょっとした息抜きに・・・」 「フフッ、分かってるって!」 そういたずらっぽく微笑みながら、チェギョンはシンの腕を引っ張って、薄暗い納戸のような 扉を開けて、例の秘密の屋根裏部屋に通じる階段をライトを照らしながら、登った。 |






