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島根県松江市八雲町にある「日吉切通し」。 |
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島根県松江市八雲町にある「日吉切通し」。 |
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セメントで囲っていない川っていいですね。★真ん中に草のある道ものどかで素敵。
2005/11/22(火) 午前 7:23
この岩が、壮絶な工事の後だと思うと、感慨深い物があります。昔は全て手作業だったのですものね。
2005/11/22(火) 午前 8:46
相当な工事だったのでしょうね。42年もかかったって事は・・・総延長はどれくらいだったのでしょう?
2005/11/22(火) 午前 9:45
村を代表する庄屋や、大店の主人達の中には、奇特な方達がおられたのですね。日本各地で似たような話を聞くたびに、頭の下がる思いがします。
2005/11/22(火) 午前 10:29
lovelyさん、平民と庄屋の関係は上下以外に色々と村を運営する事が必要だったのでしょうね。
2005/11/22(火) 午後 1:51
私財をなげうって・・・簡単にできることではありませんよね。川ひとつとっても色んな歴史があるんですね。
2005/11/22(火) 午後 4:07 [ あんじ ]
龍人さん。周藤彌兵衛3代さんは自らのみを持って岩を切り開いたという所に感動しています。距離は良く分らないのですが、この岩は切り開かれた所です。
2005/11/22(火) 午後 8:59
よかもんさん。今に時代と違って貧富の差も大きかったので、一概に今の時代がどうのこうのとは言えませんが、ただ、いつの時代も人の為に行動する事は、崇高な事だと思います。
2005/11/22(火) 午後 9:01
taboさん。そうですね。お金さえだせば・・という事だけでは無く、彼は自らノミを持って岩を削ったのだそうです。中々できない事です。
2005/11/22(火) 午後 9:04
anziさん。人間ってお金を持つと益々欲張りになるのだそうですよ。人のために使うお金は生きてるお金ですから、そう言う使い方をしたいものですね。
2005/11/22(火) 午後 9:06
本当に頭が下がりますね。「昔は私財を投げ打ってという・・」まったくです。昔の方が人はずっと心がきれいだったのでしょう。環境と心が繋がっているかの様ですね。
2005/11/25(金) 午前 5:16 [ y_o*m0* ]
y_o_m05さん。環境と心・・その通りかも知れませんね。殺伐とした事件が多いのも、それがあるのかも。
2005/11/25(金) 午前 7:52
周藤弥兵衛
没年:宝暦2.12.18(1753.1.21)
生年:慶安4(1651)
江戸中期の切通水路の開削,新田開発の功労者。出雲国(島根県)意宇郡日吉村の下郡役を勤める家に生まれる。のち出家して良刹と名乗る。
祖父弥兵衛(初代)家正が村の度々の水害を救うため岩山を開削し,かつ築堤して新田も開いていたが,承応3(1654)年の堤防決壊,元禄15(1702)年の大洪水で本田新田とも跡形もなく破壊された。
孫の3代目弥兵衛良刹は祖父の偉業を継承,宝永3(1706)年岩山開削,川違工事を松江藩に願い出,私財を投じて着手,延享4(1747)年まで42年間をかけて完成した。また貞享・元禄期(1684〜1704)には,下郡役として意宇郡古志原村(松江市)の開発にも尽力した。
2018/8/5(日) 午後 3:28 [ 環境歴史観光防災カメラマン ]