親子漫才

更新、返コメ、皆様のところへの訪問、滞っておりますm(__)m hiro5年生、特別支援学級で頑張ってます。

回想(hiroと自閉症)

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 父さんの転勤で、年中の秋から 新しい幼稚園へ途中入園しました。
 この幼稚園は「障がい児クラス」があります。

 常時7、8人の子ども達を 先生2人で見て下さっています。
 教室は定型発達児クラスの半分くらいの広さです。

 環境の変化で オネショや頻尿が見られるようになったり、
 元々行事が苦手で、それに合わせるように体調を崩したりするhiroでしたが、
 年長になると、それも少しずつ減ってきました。

 ここの幼稚園は、年長になると お出かけや色んな体験など、
 たくさんの行事がありましたが、あくまで彼なりに、ですがクリアしていました。

 大きかったのはクラスの「お友達」の存在。
 
 程度も種類も様々な障がいを持った それぞれの子達が
 お互いの苦手な部分をフォローするように、支え合って、協力し合って、
 ちょっと驚くほどに結束力があるのです。

 場合によっては 年長のhiroが年中のお友達に助けられることも多々ありましたが、
 それがお互いの成長にうまく結びついているようでした。

 先生方の工夫や数え切れない試行錯誤も もちろんありますが、 ←本当に感謝です。
 少しずつ時間をかけて、プラスの方向に進んでいるように見えました。

 定型発達の子ども達との交流もたくさんあります。
 hiroの理解や能力を考慮して、
 行事ごとに年長、年中、どちらのクラスで活動するのが彼のためにいいのか、
 園での配慮もありました。

 そのうちに私としては、大きな行事の度に ちょっとの不安はありますが、
 それ以上に楽しみ方が大きくなりました。
 
 始まる前から悩んでも仕方ない、何とかなるでしょ(*゜▽ ゜*)的な、
 何かちょいと神経図太くなってませんか?という感じですよ。
 
 定型発達の子達と同じようなことはできなくても、
 彼が楽しそうにしている姿は、私自身の励みにもなるし、
 
 本人は意識してないけど、もんのすごく頑張っていることを思うと、
 「人」として見習うべきだとも感じました。
 

 彼が成長した部分、具体的には、
 お友達が頑張ってるから 自分も、という意識、挑戦する気持ちが生まれる。 ←これは大きい
 伴奏に合わせて歌ったり、みんなに合わせて簡単な演奏ができるようになる。
 たくさんの子ども達の前で発表ができる。
 分からないことがあると、そこに担任の先生がいなくても、他の先生に尋ねることができる。
 ひらがなに興味を持つ。 ←読めても、うまく書けなかったのですが。
 
 親として、これといって特別に何かした、ということはありません。
 幼稚園での生活を先生との連絡帳で確認し合い、
 目標や よりよいhiroへのベクトルを 同じにしておくくらいかなぁ。

 
 hiroが自分を取り巻く「人」に 気持ちをはせることができるようになったので、
 私の小学校への不安がかなり軽減されました。

 私なりに就学活動は進めてきましたが、
 hiroの小学校生活を不安なものにさせないためには、私自身がそうならないようにしなければ、
 と思って、ちょくちょく見学に行かせていただきました。

 同じ幼稚園の1つ先輩の子が hiroが入級する支援学級にいるので、
 1年を通じての彼の成長を見ていたら、hiroもきっと大丈夫!と希望がわいてきましたよ。
 
 ・・・
 何だか hiroの回想はずが、自分の回想になっちった(*゜▽ ゜*)
 
 
 高々親になってもうすぐ7年の私が言うのも 非常に恐縮ですが、
 子どもを育てるのに、必要なことは「バランスとタイミング」ではないか、と常に思っています。

 自分本位でも子ども本位でもなく、どっかで認め合ったり妥協したりすること、
 しかるべき時にしかるべきアプローチをすること、
 そのためには、子どものあらゆる言動には 必ず意味や理由があるという前提で、
 ある程度客観的に子どもを見たり、観察すること、
 とはいえ、いつもいつもそんなこたぁ出来ん、親も人間だし、時には自分も子どもも許すこと。

 障がいの種類や程度によっては、難しい部分があると思う。
 気分を害された方がおられましたら、申し訳ありません、あくまでも私個人の考えです。

 

 以前書いた記事と 若干かぶるのですが、
 http://blogs.yahoo.co.jp/lovepotato090210/773818.html

 父さんの転勤が決まり、年中の1学期が終わってすぐ
 今の地に引っ越してまいりました。

 hiroは行事に非常に弱く、
 不安が積もり過ぎると体調を崩してしまいます。
 今は かなりよくなってきたけどね。

 「引越」と一言で言っても、
 これを当時のhiroに 分かりやすく説明するのは 結構難儀なことです。

 日にちや時間の感覚もしっかりしていなかったので、
 不安になることは目に見えていました。

 療育施設の心理の先生と相談して、
 hiroに対しては、引越しの当日まで 何も告げず、
 
 新居の写真を見せて、「今日はここへ行くよ〜ん」な軽いノリで いた方がいい、とのこと。
 そして 新居への引越し作業を見せる、ということ、この作戦でいくことになりました。

 hiroは場所が変わると、一気に気持ちを切り替えてしまいます。

 例えば、幼稚園でしんどいことが あったとしても、
 帰宅すると、何事もなかったように いつも通り 過ごします。
 時々甘えてきたり、ということはありますが、
 激しく荒れたり、ということは皆無です。

 そのかわり、うまく発散できないまま どんどん溜め込んでしまうと、
 ある時 急に体調を崩したりします。 最近はほとんどなくなりましたが(^^)

 引越しに関しても同じなんです。
 新しい家に変わったら変わったで、
 ドライすぎるくらい 右から左へ受け流しているように見えます。

 前の地で通っていた幼稚園も、
 目の前からなくなってしまうと それをアッサリ受け入れてしまうのです。
 そりゃ ちょっと非情でない?と こっちが思うくらい。

 涼しい顔して、でも、本当は新しい環境に慣れるために、
 その時のhiroの脳は 多分四六時中フルパワー全開で動いています。
 
 脳の情報処理がうまく働かない障害なので、
 「目の前にないもの、現時点で必要ないもの」は 
 とりあえずどんどん削除してるのかもしれません。 ←記憶から消し去るわけではないです。
 
 そうしないと、脳がパンクしてしまって、
 ものすごくしんどい状態になることを本能的に分かってて、
 その防御反応なのかも。

 
 愛媛の家での新生活には わりとすんなり慣れたのですが、
 それまではなかった おしっこのトラブルが始まりました。

 おねしょしちゃったり、
 ものすごく頻尿になって、しばしば間に合わないことも・・・(T_T)
 1日にパンツを3枚4枚替えることが よくありました。

 今でも頻尿は時々あります。 
 15分おきくらいにトイレへ行って、チョロリ〜ンとしか出ない。
 これはもう、止めようがないので、頻尿になっても それこそ受け流しています。
 不思議とこれは 家だけなんだよねぇ(゜o゜)?

 
 その後(昨年の10月)、今の幼稚園へ入園するわけです。
 あ、1年経ったねぇ。 


 

 hiroが年中に進級する少し前に 父さんの転勤が決まりました。
 1学期の終わりまでは その幼稚園に通うことにしました。


 さて、進級。
 年少の時は 約30人で1クラス、
 担任の先生が2人でhiroの加配の先生が1人いました。

 年中に上がると それが2クラスに分かれて、
 担任の先生が1人ずつ、という形になりました。

 教室の場所や担任の先生も変わります。
 加配の先生は年少の時の先生のままです。

 
 とはいえ、hiroにとっては大きな環境の変化。
 
 私は幼稚園まで hiroの送り迎えをしていました。
 年少の時は アッサリ玄関でバイバイできていたのに、
 年中の最初の頃は不安のため 母は教室まで付き添い、
 ・・・そのまましばらく過ごしてしまう、という日が続きました。

 1週間ほど付き合い、その後は大丈夫になりました(;´▽`)ほ
 自分の中で 整理できたのでしょうね。


 その頃家では 図鑑を見ながら、「どれが好き?」「○○が好き」という やりとりが
 hiroとの遊びのブームになっていました。

 そのことを担任の先生に伝えると、先生がその遊びを園でして下さったのです。

   スキーーー(*´∀`*)ーーーー !!! ←hiro(イメージ)

 若いお姉さん先生なのもあるのか?( ̄ー ̄ )  
 hiroのハートは見事に打ち抜かれ、独占欲のかたまり小僧になってしまいました。
 
   せんせいは(*´∀`*)オレだけのものーー !!! ←hiro(イメージ)
 
 もう先生の行動が気になって仕方ありません。
 ・・・先生のトイレについて行き、一緒に個室に入ったこともあるらしい・・・(゜Д゜)
 

 とはいえ、いつもhiroとの遊びに付き合う訳にもいかず、
 クラスの保育をしたり、用事をしなければなりません。
 ところが、それをもhiroは許しません。
 
 担任の先生は本当にhiroを可愛がってくれていたので、
 どうしたものか、という感じ。

 hiroは多分 彼の目に映る幼稚園の風景の中に
 先生がいてしかるべき、「いなければならない」という 
 彼だけのルールを勝手に作ってしまったのだと思います。

 こだわりに なっちゃってたんだよねぇ。

 とはいえ、それを いつまでも許すわけにもいきません。
 先生はみんなの先生だということ、社会ではそんなもん通用せんことを 分かってもらうために
 
 先生の保育や用事の前に 必ずhiroに声をかけること、
 hiroが怒って保育の妨げになるようなら、加配の先生にお願いして別室に移動するか、
 ベストなのは、先生とお友達の保育をhiroに見せてやる、というスタンスで通していただきました。

   オッ、オレの。゚(゚´Д`゚)゚。せんせいがぁ〜〜〜 ←hiro(イメージ)

 
 とはいえ、それを繰り返していただくうちに、
 先生が四六時中そばにいなくても大丈夫になってきたのでした。


 年中ともなると、クラスのお友達の中には 
 hiroとうまく距離をとって、hiroの嫌がることは一切せず
 遊んでくれる子がいて感心したり、
 
 母自身は 親友とも呼べるママ友ができたのもあり、
 1学期でこの園とお別れなのは 非常に寂しい思いでした。

 担任の先生は hiroのことを「癒されるんです」と よく言って下さいました。
 やりとりしていた連絡帳には 本当にそれがあふれていて、
 1学期最後の日は、涙ぐんでおられました。

 
 と同時に、引越しという 
 hiroとってこれまた大きな環境の変化に 果たしてついていけるのか、
 引越しだけではなく、幼稚園や療育先の変化もあるし、
 「家が変わる」こと自体、hiroにとっては多分大事件。

 
 寂しさと不安と引越しやら何やらの準備に追われながら 
 1学期は終わってしまったのでした。

                          〜(いつか)引っ越した後編 へ続く〜 
  

 

 
 
 

 hiroの幼稚園年少時代は、
 行事や活動に参加させる、というより「活動をいかに見せるか」ということ と、
 「交換条件」がテーマになっていたような気がします。

 入園当初は、おそらく「その方が楽」だと感じていたのか
 先生の指示に従い、一見非常によい子だったhiro。
 他のお子さんの方がよっぽど不安定で、
 hiroが障害児であることを先生がちょっと忘れるくらいでした。(^_^;)

 しかし幼稚園での勝手が分かってきて、だんだん自我が出始めました。

 先生の指示に従わず、活動に参加しなかったり、
 教室で保育中、みんなの輪の中にボールを投げ入れたり、
 hiro自身がゴロ〜ンと倒れこんだり、
 
 その「活動」自体を理解できず、
 いかに自分のペースに持って行くか、hiro自身もある意味 模索してました(゜Д゜)!?

 
 (´-ω-`)う〜む 自分の世界に入ってしまうのは、仕方ないとは思うのだが、
 保育の妨げになりすぎるのも、いかんなぁ。

 当時 私が非常に頼りにしていた臨床心理の先生に、よく電話で相談していました。


 参加できなくても、その活動を見せてあげる、こと。 
 ↑自閉っ子は 目からの情報の方が入りやすいんです。
  そうしているうちに 自分でし始めることに(期待)(^m^)

 特に広い場所での活動は、hiro自身がどこを見ていいのか分からなくなっていたりもするので、
 全体を見渡せるような場所で、見せてあげること。

 できないから、参加しなくてもいい、ではなくて、
 参加しないのなら、お友達のしている事を 見ていようね。と、感じです。

 上述のように、見ているうちに自分でし始める、という目的もあるのですが、
 
 このあたりから hiroの要求をすべて鵜呑みにするのではなく、
 「交換条件」を出して、お互いに妥協するという 関わりを持つようになりました。

 
 ある時、幼稚園からオモチャを持ち帰ったことがありました。
 帰る時になっても遊びが続いてしまって、
 先生が持ち帰ることを許してしまったのです。

 ( ̄ー ̄ ) ←hiro
 
 ヤツの中で「幼稚園からオモチャ(絵本)を持って帰ってもいい」という、
 何とも都合のいいルールを作りあげてしまいました。

 一度ルールが成立すると、これを覆すことは非常に難しく、
 「持って帰れない」となると、怒り狂う始末・・・(-_-;)


 え〜ん、(臨床心理の)先生〜〜(T△T)

 で、ここでもまた「交換条件」
 幼稚園からオモチャを持って帰る時には 
 「貸し出しカード(母が作りました)」を先生に渡して、
 オモチャや絵本を交換する、というものです。

 カードのやり取りがなければ、持って帰れません。
 翌日、幼稚園でお借りしたものとカードを交換する訳です。

 このカードとオモチャの交換は、
 年中組になっても、その地を引越しで去るため 退園するまで続きました。
 
 新しい幼稚園に通い始めて、オモチャなどを持って帰って来ることはなくなりました。
 担任の先生は 持ち帰ることは断固として禁止し、
 hiroも「場所と人」をセットにするところがあるので、
 幼稚園が変われば、別に抵抗もなく それに従ったのです(ふう)。

 
 「交換条件」は 今でもよく使います。
 必ず「お互いが妥協」できるように、
 決して親の都合にならないように、しています、・・・(*゜▽ ゜*)はい。ドキ。ギク。

 
 交換条件は 例えば
 「Aを我慢するなら、Bをしてもいいよ、
  我慢できなかったらBはできないよ、どうする?」 な、感じなのですが。

 最初は健気に条件をのんで、うまく行動してくれたhiroですが、
 最近は「どっちもヤダ!しないもん!」と、二択の両方を否定したりします。

 ・・・(゜Д゜#)ノ可愛くないっ、と一瞬思いつつ、
 「どっちも×」という、もう1つの選択ができるようになったことに 
 ちょっと成長を感じたりするのであります。

 しかもね、「ちょっと親の都合入ってます」な交換条件は
 ほぼ100%否定します。 
 子どもの心はごまかせん。見通す力があるんだなぁ。


 
 
 

 

 
 hiroは幼稚園に年少から入園しました。当初、はっきり言って不安でした。
 入園後最初の数日は 園の方針で 新入園児は親と一緒に過ごす、ということになっていました。

 hiroは私にベッタリで、ぐずることが多かったのですが、
 少〜しずつ減ってきました。
 彼に関しては、期限を決めず、母と離れる時のタイミングを計る 
 と いうことになっていましたが、
 
 ヤツは見つけました。「落ち着ける場所」を。
 年少のクラスの廊下をはさんだ向かいに、
 普段は使わない、主として預かり保育の時に使う教室があったのですが、
 そこの水槽に大きめの金魚がいるんです。

 毎朝、その水槽を眺めるのが彼の日課になったのですが、
 ある日、担任の先生のひざに座り、しばらく眺めている間に
 先生からも促され、そっと帰ることに成功しました。

 目の前からいなくなると、しばらくは探すものの、
 彼の場合 アッサリあきらめることが多いです。

 とはいえ、母は もー 家でそわそわそわそわ、落ち着かん。
 いつ「来て下さい」の電話が来るんじゃないか、そればっかり考えつつ、
 ・・・降園時間。(゜o゜)おりょ。

 
 hiroは「場所と人」をセットに考えるところがあります。
 「幼稚園では hiroとお友達と先生」と過ごす、という彼のルールに基づき
 幼稚園に着くと(母が送り迎えをしてました)、あまりにもアッサリと教室に駆けていき、
 帰る時は、私が他のママさんや先生と話をしていても、
 「何が何でも帰る!」と、私の手を引っ張って帰ろうとしました。


 さて、hiroの年少の園生活ですよ。
 ここの園は1学年、30人の定員で2人の担任の先生がいます。
 こじんまりとした幼稚園です。
 
 そして「フリー」の先生が2人いて、
 そのうちの1人の先生がhiroを重点的に見てくれていました。
 
 hiroは最初はお友達と関わろうとはせず、1人で黙々と遊んでいました。
 とはいえ、お友達のことはすごく気になっているようでした。好きだったんだよね。
 
 そのうち砂場遊びに没頭するようになったのですが、
 ある時期から、微量ですが、お友達に砂や水をかけたりするようになりました。
 
 意地悪でとか、あるいはその仕返しに、という訳ではなく、
 砂や水をかけて お友達から何らかのリアクションを得ることが、
 hiroにとっての「友達付き合い」だったんです。

 「お友達が好きだから」hiroは砂や水をかけてたんです。間違ってんだよね(T_T)
 
 先生が注意しても意に介さず、
 ある時 お友達に水を頭からかけちゃって(゜Д゜)
 ママさんに謝りました。←「お互い様だからー♪」と、すぐに許して下さいました(;´▽`)ほ

 療育先の心理の先生に聞くと、
 「一生のテーマとも言えるんですよ」とのこと。

 (゜Д゜)おひょー・・・、
 そうだよね、これが自閉症の3つの特徴のひとつ「社会性の障害」というヤツなんだよね。

 現時点でのhiroの発達程度からすると、
 砂場以外の遊びに興味を向けるのが得策である、ということになったのです、がっ

 他の遊具では遊ぼうとしないし(ちょっと怖いらしい)、しばらくは続いたようです。
 先生がhiroについて下さって、アヤシイ時には注意をして下さり、感謝しています。
 
 そのうち、別の遊具や遊びに興味を持ち、
 お友達に水や砂をかけることはなくなり、心理の先生が言った通りの展開になりました。

 入園当時はhiroが自分の言葉で話せるのは
 三語文(例えば「くるま あっち きた」のような)程度でした。

 先生ともお友達ともコミュニケーションがし辛くて、
 本人もしんどかったとは思うのですが、
 先生もそして、お友達も優しく見守ってくれました。 ←感謝

 たくさんの子達の中に入って、一緒に遊ぶということはできないのですが、
 少しずつhiroはお友達との関係を作っていきました。
 不思議と男の子との方が多いんだよね。女の子とはあまり遊んでなかったみたいです。

 お友達の言っていること、言い回しを真似したり、振舞ってみたりすることで、
 彼の中で「その状況と言葉」が少しずつつながっていったようです。
 もう脳みそ働きまくってたと思います。

 年中に進級する頃、日常的な会話はできるようになっていたのでした。


                           (いつか)その2へ続く
 
 

 
  
 
 

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