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ミニョが差し入れをしに事務所にやってきていた。 ちょうどテギョンは作曲で自室にこもっていて、ジェルミはラジオ出演から戻って次のしごとの打ち合わせ中だった。 事務所の一室で、シヌは雑誌インタビューの時間まで、A.N.JELLが最近載ったニュースなどをチェックしていた。 「ミニョ、来てくれたのか」 「近くまで仕事で来たからついでに寄ってみたの」 はい、と差し出したのど飴をシヌが受け取って、ありがとう、と頭に手を置いた。 「一応一人一人に違うフレーバーのを探してきたの。それで…」 話し終わる前に、シヌはミニョを引き寄せて一緒にソファに座った。 「誰も来ないうちに」 とぎゅっとミニョを抱きしめた。 「こんなところで…スタッフとかジェルミが来たら」 「大丈夫大丈夫。来るなよ〜って念じたから」 相変わらずの口ぶりに呆れつつ、ミニョも久しぶりに会えたことを実感して、シヌの背中に手を回した。 「本当に忙しいもんね…ありがたいことだけど」 「そうだな」 シヌが久しぶりのミニョを確かめるように髪を撫でていた。「知らない間にまた髪が伸びたし」 「シヌ?どうかしたの」 口数が少なくなったシヌの様子にミニョが少し体を離して、シヌを見つめた。 「疲れてる?」 「そうじゃなくて…」もう一度ミニョをしっかり抱きしめてつぶやいた。 「昔のことを思い出してさ。あの頃は頭を撫でるくらいがせいぜいだったから」 「私がまだミナムだった頃ね」 ミニョが懐かしく思い出して笑った。 「そう、小っちゃくて落ち着きがなくて、そばについてないと心配なミナムだった。 今のミナムとはまるで違うね」 本物のミナムの少し態度が大きく見えるくらいのたくましさを思い出してシヌも笑った。 「そんな…がんばってたのに」 「だから放っておけなかったんだよ。一生懸命だからさ。…最初からばれてるのに」 「シヌ」 隠しおおせたつもりでがんばっていた自分を支えてくれていたシヌ。 そう思うと恥ずかしくもあり、ありがたかった。 その気持ちになかなか応えられなかったのが、今思うと申し訳ないようにも思える。 「あの頃はあれだけアピールしても運もなくてミニョの予想以上のニブさに参ったけど」 半分ふざけながらも、シヌが率直に語る様子にミニョは聞き入った。 「でも今は幸せだ」 「…ほんとに?」 「もちろん。飛行機乗るときも振られて、公園で思い出作りしたのに気付かないし、散々だったけど」 「それは…その」 「だから、責任とって一生そばにいろよ」 「責任…別にそんなつもりじゃないけど…ずっと一緒だよ」 「そうすればいつまでもこうやって、いじめてからかえるし」 「もう…ずっと言い続けるつもり?」 「さあね。その分尽くしてくれたら考える♪」 付き合い始めてからは大事にしてるのに、とミニョは少しむくれた。 「そんな罪滅ぼしみたいなことじゃなくて、シヌが好きだからずっとそばにいるのに」 その顔を見て、満足げなシヌは「それが聞きたかったんだよ」とまた頭を撫でた。 「ほんとは始まりなんてどうだっていい。ずっと一緒にいることが大事だろ?」 「素直じゃないんだから、まったく」 あの頃切なかったのは本当なんだから…。でもその痛みがあるからこそ今が幸せなんだよ。 ただ笑ってシヌはミニョのくるくる変わる表情を見つめていた。 「えっと…」 ドアの外で仕事を終えて戻ってきたジェルミが立ち往生していた。 入りにくい。というか…声がかけられない。聞いてるこっちが恥ずかしいくらい、ラブラブだし…。 もう少ししてから来るかな、と踵を返したところでテギョンと鉢合わせた。 「あ、あの今はちょっと」というジェルミの言葉も聞かずにテギョンがドアを開けた。 慌てて二人は少し離れたが、ミニョは顔を赤くして固まり、思わず目をそらした。 「そういうのはうちでやれよ。ジェルミがダンボになるぞ」 「なっ、オレは何も。ちょうど今戻ってきたところで」 立ち聞きなんか、とジェルミが慌てているとミニョは「ダンボ?」と不思議そうな顔をした。 シヌが「ああ、ディズニーなんか知らないか。耳の大きな子供の象の話だよ」と説明した。 「ジェルミが子象みたい?」 いまいちよくわかっていない様子にジェルミはホッとし、シヌは笑った。 「うん、耳の大きな、空飛ぶ象だ」 「耳が大きい以外とりえのない象だ」とテギョン。 「ヒョン、そんな…とりえがないなんてひどいよ」 ミニョはまだ意味が分からずに悩んでいた。 「だけど、そのでかい耳で空を飛ぶくらいしか能がないくせに、いまや名前だけでどの世界の人にも すぐわかるし、これだけ人気なんだからな。たいしたもんだ」 「ヒョン、それって褒めてる?それとも…」 「ミニョ、残りはうちでだってさ」とシヌがこっそりミニョに耳打ちした。 「え?残りって…」 つい反射的に繰り返してからミニョは赤面した。「どういう意味…」 「それを言わせる気か?ジェルミがほんとに空飛ぶぞ」 シヌが笑った。 「シヌヒョン、何笑ってるの?俺のこと?」 「いや、なんでもない。そろそろ新曲の打ち合わせに行くか。ミナムも呼ばなくちゃな」 ミニョを振り返ったシヌが言った。 「もっとふてぶてしいくらいに自信家で、可愛げのない方のミナムをね」 「ま、そうも言えるな。ジェルミ、呼んできてくれ」 うん、わかった、と飛び出していくジェルミに続いてテギョンが出ていくと、ドアが一旦閉まったのを見て、 「名残惜しいけど、ここまでだな」とシヌがミニョの額にキスをした。 「ダンボも行ったことだし、もう一回」と今度は頬に口づけた。 「あとは…続きはウェブで、じゃなくて、うちで、だな」 「今日来られるの?」 「時間作って行くよ。だって、待てないだろ?」 にやりと笑った表情が憎らしかったが、ミニョの顔はすでにほころんでしまっていて、今更ごまかしようがなかった。 「待ってるから仕事頑張ってきてね」 もちろん、と言いながら手を振ってシヌも部屋を出て行った。 その晩、お返しに買ってきた「ダンボ」を二人で見ながらシヌはミニョを抱きしめていた。 「今日はどうしたの?」 「なかなか会えない分、幸せを満喫しておこうと思ってさ」 今までの分も、会えない分も抱きしめておくんだよ、と心でつぶやきながら、 不思議そうな顔のミニョを見てシヌは微笑んだ。 「ダンボ、可愛いのに…」まだテギョンの言った意味が分からず悩むミニョにシヌはほっこりした気分になった。 「なんかここに来ると世間とは違う時間が流れてていいな」 天使はテレビなんか見ないからな。 普通の家庭とは違う環境で育ったから、A.N.JELLに出会った後は世間とのずれに戸惑うことも多いだろうけど、 それもひっくるめて好きだし、オレは守ると決めたから。 「シヌ?」 「ずっと一緒にいような」 「…うん」 修道院で院長先生に支えられ、愛されていた時とは別の安心感に包まれて、ミニョはうなづいた。 「病める時も、健やかなる時も…」 結婚するときの誓いの言葉だ、とミニョはどきっとした。 「いぢめるけど、愛しあうことを誓います」 「シヌ〜」 束の間の楽しい時間を過ごしてシヌが帰ってしまってから、ミニョはダンボの夢を見て眠ったのでした(笑) |
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