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A.N.JELLは活動の場を広げて、音楽番組の司会やドラマへの出演など、本来の音楽活動以外にも忙しく過ごしていた。 その中でも演技が評価されて人気の出たシヌはドラマからラブコールが多かった。 事務所ではバンド活動との調整をしつつ、内容を検討して一番シヌやA.N.JELLのイメージを壊さない作品に出演させることにした。 「シヌ、すごいなぁ…今回は表紙になってる」 昼休みにコンビニに寄ったミニョは、テレビ雑誌を手にしていた。 新しいドラマの宣伝でテレビ、新聞、雑誌、ラジオなどに単独出演が増えたシヌを見て、ミニョはうれしくもあり、その忙しさが少し恨めしかった。 「撮影も大変だし、宣伝にも時間を取られるからますます会えないな…」 しかもラブストーリーだし…。 音楽活動をより広く知ってもらうために、メンバーが演技や司会までこなしているのはわかっていた。 優しい笑顔で人の心を掴むのがうまいシヌは、一番ドラマへの出演依頼が多かった。 それは喜ぶべきことだよね…とミニョは思いながらも、買ってきた雑誌のシヌのページをじっと見ていた。 グラビアじゃなくて、本物が見たいのに。声も聴きたいし、一緒にご飯も食べたい…。 何気なくドラマに関するインタビューを見ていたら、目を引く見出しに気づいた。 ”キスシーン撮影は40回!?” 「どういうこと?」 思わず目を皿にして読んでみると、いろんな角度から撮影するので、結果的に40回ほどキスしてる、とあった。 「よ…よんじゅっかい…」 頭の中が真っ白になった。演技とはいえ、40回って。シヌが一晩泊まった時だって、そんなにしてないはず。 何回くらいだったかな。40回なんて…何泊分? いや、そんなこと考えるのはよそう。仕事でやってるんだし、あれはマネごとなんだから。 数日してシヌから少しだけ夜に寄れそうだと電話が入った。 ミニョは喜んで準備をしてその時間を待ちながらも、心のどこかであの記事がひっかかっていた。 シヌを久しぶりに間近で見て、ミニョはそわそわして落ち着かなかった。 シヌは少し疲れた様子で、やせたようにも見える。 「ドラマ大変だったの?」 「まあね。点滴打ってがんばったけどね」 「そう…。お疲れ様」そう言って久々のシヌを確かめるように、ミニョはシヌをそっと抱きしめた。 「会いたかったよ、ずっと」 シヌのその一言で、寂しさがすうっと消えていくような気がした。「私も。テレビごしにはシヌのこと見てたけど」 「リアルシヌはどう?」 「かっこよくて、素敵」珍しくすっと出てきた褒め言葉にシヌは「当然だな」と余裕の笑顔で答えた。 「本当に売れっ子で、引っ張りだこなんだね」 シヌはなんとなくミニョの寂しさを感じて、愛おしくなった。 「でもそんな売れっ子の大スターを独り占めしてるのは誰だ?」 「それは…」 たしかにそうだけど、と思ったとき、ふとミニョの心にあの記事がよぎった。 独り占めしてるはずなのに、あれは演技だってわかってるのに、なんか切ない。 他の人に優しくしてるシヌや、40回もしたというキスシーンを見るのは…。 「ミニョ?」 何度も仕事だからと割り切ったつもりが、シヌを目の前にして気が緩んだのか、 ミニョはついあの記事のことを口にしてしまった。 「キスシーンあったんだね」 それを気にしていたのか。 いつものように無邪気に飛びついてこないミニョに何かを感じていたシヌは、納得した。 部屋の片隅に先日インタビューを受けて、キスシーンについて語った雑誌がある。 なるほど、あれを読んでショックでも受けたか。 作り事であってもキスシーンにショックを受けるのは、自分のことを本気で思ってるからだろうと 悪い気はしなかった。素直にうれしかった。 ただ、なかなか会えない上に、こんな記事でショックを受けたミニョが愛おしくもあり可哀想にも思えた。 自分がそばにいてやれたら、こんなに不安にさせたりしないのに。 そう思うと少し歯がゆかった。ドラマなんて受けなければよかったか…? シヌは笑顔のまま、ミニョの髪を撫でた。わざとふざけた口調で話しかけてみた。 「ミニョはほんとにオレが好きで仕方ないんだな。オレも罪な男だ」 シヌは人差し指でミニョの額をこんこん、とたたいた。 「でもあれはただの”お仕事”だぞ」 「ベつに…ただ記事を読んでそうなんだなって思っただけなんだから」 ちょっとむくれてミニョが言い返した。 自分の方が私に夢中なくせに。好きだ好きだって言ってきたのはシヌの方だし。 「そんなに恥ずかしがることないだろ、今さら」 「本当に何とも思ってないもん」 唇を尖らせたミニョを見て、シヌはやれやれと苦笑した。 ちょっとご機嫌とりの方向を間違ったかな。せっかく工面した時間なのに、困ったもんだ。 すっと立ち上がったシヌは玄関を出て行ったきり、しばらく戻らなかった。 「シヌ…?怒ったの?まさか、なんで出ていっちゃったんだろう…せっかく会えたのに」 素直にキスシーンのことで切なかったと言えば良かった、と後悔した。 いつもなら根気よく付き合ってくれるシヌが…あんなに簡単に出て行ってしまうなんて、 私、なにかまずいことをしたのかな? ミニョはだんだん不安になってきた。 花瓶の中の花を取り上げて、占ってみた。シヌは私のこと… 「愛してる、愛してない、愛してる、愛してない、愛してる」 最後の1枚をむしってしまったら”愛してない”だ…。 ただの暇つぶしのような占いなのに、最後に残った花びらがどうしてもちぎれなかった。 シヌに愛想つかされちゃったのかな。私が素直じゃなかったから。 不意に背後からぎゅっと抱きしめられて、ミニョは驚いた。 「えっ…」 いつの間にか音もなくシヌが部屋に戻ってきていた。 「とっても愛してる」 そう言ってシヌは振り返ったミニョに口づけた。 「ものすごく、ね」 ミニョは身動きできずにいた。目を見開いたままで。 「だから、花をこんな風にしちゃ可哀想だろ」 シヌがミニョの手にぎゅっと握られていた1枚だけ花びらの残った茎を取り上げて、脇のテーブルに置いた。 「シヌ…どこかへ行っちゃったかと思った」 ミニョの目には涙がにじんでいた。 「戻ってこないから、嫌われたのかって」 言葉を口にするうちに涙があふれだし、頬を伝っていった。 ミニョの涙を手でぬぐったシヌは「これ、買ってきたんだよ」と微笑んだ。 「なかなか見つからなくてね」 ミニョはぼやけた視界の中で目を凝らした。 シヌが指を動かすとカシャカシャ音がした。「カウンターだよ」 「それって、入場者数とかを数える機械…?」 「今2回押したから、もう一回しないとね」 シヌが再びキスをした。 「数えるの?」 「そんなに気になるなら、今すぐ40回なんて記録は更新できるぞ」 向かい合ってもう一度ミニョを抱きしめたシヌが耳元で言った。 「何なら世界記録を更新するくらいの勢いで行くか?」 「シヌ…」 「ドラマでのキスは、食品サンプルみたいなものだよ。レストランの入り口に飾ってある」 「サンプル?」 「よくできてて綺麗だけど、食べられないだろ。おいしくないぞ」シヌが笑った。 「あれは見た人においしそう、って思わせるためのものだろ。ドラマだって同じだ」 ミニョは目をぱちぱちさせてシヌの言葉を聞いた。 「あんな素敵な恋がしたい、あんな素敵なシチュエーションでキスがしたいって思わせるために撮影してるんだからさ」 「だから?」 ため息をついてシヌがもう一度キスをして、ミニョの背中でカウンターをカシャッっと押した。 「本物にはかなわないってことだよ。あれはみせかけだけなんだから」 そしてミニョにカウンターの「3」を示した。 「あと37回、いや38回がんばればミニョの勝ちだ。それで気が済むなら眠くてもがんばるぞ」 「シヌ」 「でもオレは、正直回数がどうこうより、本当に素敵なキスの方がいいけど」 ミニョはシヌの顔を見ながら、なんだか恥ずかしくなってほっぺたをぬぐった。 「ミニョが泣き顔でも笑顔でも、ゆっくり目を見て話しながら、後から何度も思い出すような、 思い出に残るキスがしたいね」 雑誌の記事に振り回された自分が情けなくなってきたミニョはうつむいた。 「まねごとのキスにショックを受けて拗ねるような可愛い恋人と」 シヌはミニョの背中を撫でた。 「写真や映像だけで見れば素敵だけど、ドラマの中のキスなんて、周りはスタッフだらけだし 実際は失敗しないようにってプレッシャーはあるし、相手に気は使うし…楽しいもんじゃないよ」 「うん…」 「それにこういうことは二人だけの秘密じゃなきゃ意味がないし」 ミニョがくすっと笑った。 「確かに。視聴者やスタッフに見られてたらね」 「そ。だから、今ならチャンスだ」 「え?」 「明日の朝までにカウンターがどこまで進むかな」 シヌがカウンターに目をやった。 「本当に数えるの?」 「ご希望とあらば」 「それは…」 「それとも、数えていられないほど濃密なのがご希望?」 「の…」 ミニョが言葉に詰まると、こらえきれなくなったシヌが笑いながらカウンターをテーブルに置いた。 「ま、ゆっくり話し合って決めようか」 とシヌがミニョを抱き起すようにして立たせると、ソファーに並んで座った。 「夜は長いし」 シヌがにっこりしてそう言ったとき、ミニョはまさか本当に40回以上するつもり…?いや、それなら 濃密な方が…?ところで濃密って…!?と混乱していた。 相手がミニョなら見てるだけでも楽しいな、とシヌが心の中でつぶやいた。 オレは、きれいなだけのサンプルより本物の方がいい。 この笑ったり泣いたり、忙しない本物の方が。 シヌがミニョの頭を引き寄せて額にキスをすると、ミニョはきょとんとして固まった。 「撮影はなくても、ミニョの場合、40回くらい練習が必要かな」 「べ…別に…しなくても」 「無料体験レッスン受付中だぞ」 「え、えーっと」 二人の頭の中からカウンターの存在など、すっかり消えていた。 本当の回数は二人だけの秘密…。 <後日談> 数日してシヌあてに届いた名前のないファンレターの封筒には、押し花になった花びらが数枚はらはらと入っていた。 1枚目の便箋は「大好き」 2枚目は「でもシヌの方がもっと」だった。 シヌがなんだろうと3枚目を見ると「私のことスキでしょ?」と書いてあった。 ↑気に入った方はクリックをお願いします☆ ありがとうございます〜 タイトルは某ドラマからお借りしました(笑) で、最後につながってます
いまいちな終わり方になってしまいました^^;すみません |
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