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「シヌさん、これこれ。今日はこういうのどうですか?」 ミニョが何か手にして戻ってきた。でも、なんだかミニョの口にした言葉がうまくシヌの耳を通り抜けて行かなかった。 耳の手前でぽろぽろとこぼれてしまうような気がした。 「これでもダメなら、やっぱりカレーとか?」 「俺は…なんでもいいよ。簡単なのでいいから、ミニョのセンスにまかせる」 「じゃあ、やっぱりチゲかなぁ…」 ミニョを想う時、いつもテギョンの姿がちらつく。 俺がミニョを幸せにするわけにはいかないのか…。 いつもなら思わないことなのに、今はなぜかそればかり頭をよぎる。 「シヌさん、なんだか様子が変ですね。具合でも悪いんですか」 ミニョが不安げな表情で近づいてきた。 「ああ…なんでもないと思っていたけど、自分で思うより疲れているのかもしれないな」 「じゃあ、体に良さそうで体力の付きそうなメニューにしますね。あそこに座っていてください。 私一人で買い物できますから」 とミニョは壁沿いに置かれたソファーを指さした。 「いや、大丈夫だ。そんなに…」 「だめですって。いつもシヌさんが私を助けてくれるんだから、今回は私が役に立ちます」 とソファーの方へシヌを連れて行こうと腕をつかんだミニョは、 シヌから不意に抱きしめられて言葉を失い、息苦しさを感じた。 「シ、シヌさん?」 「…ミニョ。ミニョが来てくれるまでは大丈夫なつもりでいたけど、そうでもなかったみたいだ」 「つ…疲れがたまってるんですね?」 心臓がドキドキする上、強く抱きしめられて苦しむミニョは、シヌさんはレコーディングで無理したんだなと思った。 「じゃあ、は、早くソファーに」 「…ああ。そうするよ。でも一人で行けるから」 そう言って、シヌはゆっくり腕をほどくと、いつものようにポンポン、とミニョの頭を叩いて、 「悪かったな。ミニョも無理するなよ。料理なんて手抜きで構わないから、早くスタジオへ戻ろう」 とソファーに向かった。その背中にミニョが言った。 「そうですね。早く戻った方がいいですから急ぎます。待っててくださいね」 シヌはソファーからボンヤリとミニョの動きを目で追っている。 ずっと思っていた…。記憶を失った場合、過去をそのまま取り戻すことが一番幸せなのか、と。 新しくすべてをやり直してはダメなのか。過去と違う人生を選び取っては幸せになれないのか…。 事故の前にテギョンを愛していたなら、記憶を失くしても、またテギョンを選ぶ人生に戻してあげるべきなのか。 崩れた積み木を元に戻すように、何もかも前のとおりにするべきなのか。 でも元通りにしたつもりでも、少しずつ何かが多分違っているはずだ。そうしたら、もしかして 出来上がるものは少しずつ変わってくるのかもしれない。 事故から時間が経って、ミニョが落ち着いて暮らし始めたとき、以前の記憶が取り戻せないまま放っておいたら、 もしかしたらテギョンではない別の人を愛するかもしれない。 そのとき、違う、あなたが愛するのはテギョンなのだ、と過去の道すじに戻してあげるのが、 正しいことなんだろうか?そう思うのは…自分の勝手な願望ゆえか…? 「シヌさん。具合悪そうですけど、大丈夫ですか?早く帰りましょう」 ミニョが買い物を急いで済ませて戻ってきた。 「急がせて悪かった。そんなたいそうなことじゃないんだけどね」 「運転はできますか?」 「それは大丈夫だから、心配するな」 「はい。でも気を付けてくださいね」 さっきケーキをシヌさんに食べさせたとき、何か懐かしいような気がしたのはなんだろう。 ミニョはぼうっと考えていた。シヌさんはなんで私のこと抱きしめたりなんかしたんだろう? テギョンさんという人がありながら…ドキドキしたりシヌさんに懐かしさを覚えて近寄りたくなるなんて 私はどうしてしまったんだろう。なんでシヌさんにスプーンを向けたとき、懐かしい気がしたのかな…。 複雑な思いをそれぞれ抱えながら、二人はスタジオに戻っていくのだった。 |

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