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A.N.JELLは活動の場を広げて、音楽番組の司会やドラマへの出演など、本来の音楽活動以外にも忙しく過ごしていた。 その中でも演技が評価されて人気の出たシヌはドラマからラブコールが多かった。 事務所ではバンド活動との調整をしつつ、内容を検討して一番シヌやA.N.JELLのイメージを壊さない作品に出演させることにした。 「シヌ、すごいなぁ…今回は表紙になってる」 昼休みにコンビニに寄ったミニョは、テレビ雑誌を手にしていた。 新しいドラマの宣伝でテレビ、新聞、雑誌、ラジオなどに単独出演が増えたシヌを見て、ミニョはうれしくもあり、その忙しさが少し恨めしかった。 「撮影も大変だし、宣伝にも時間を取られるからますます会えないな…」 しかもラブストーリーだし…。 音楽活動をより広く知ってもらうために、メンバーが演技や司会までこなしているのはわかっていた。 優しい笑顔で人の心を掴むのがうまいシヌは、一番ドラマへの出演依頼が多かった。 それは喜ぶべきことだよね…とミニョは思いながらも、買ってきた雑誌のシヌのページをじっと見ていた。 グラビアじゃなくて、本物が見たいのに。声も聴きたいし、一緒にご飯も食べたい…。 何気なくドラマに関するインタビューを見ていたら、目を引く見出しに気づいた。 ”キスシーン撮影は40回!?” 「どういうこと?」 思わず目を皿にして読んでみると、いろんな角度から撮影するので、結果的に40回ほどキスしてる、とあった。 「よ…よんじゅっかい…」 頭の中が真っ白になった。演技とはいえ、40回って。シヌが一晩泊まった時だって、そんなにしてないはず。 何回くらいだったかな。40回なんて…何泊分? いや、そんなこと考えるのはよそう。仕事でやってるんだし、あれはマネごとなんだから。 数日してシヌから少しだけ夜に寄れそうだと電話が入った。 ミニョは喜んで準備をしてその時間を待ちながらも、心のどこかであの記事がひっかかっていた。 シヌを久しぶりに間近で見て、ミニョはそわそわして落ち着かなかった。 シヌは少し疲れた様子で、やせたようにも見える。 「ドラマ大変だったの?」 「まあね。点滴打ってがんばったけどね」 「そう…。お疲れ様」そう言って久々のシヌを確かめるように、ミニョはシヌをそっと抱きしめた。 「会いたかったよ、ずっと」 シヌのその一言で、寂しさがすうっと消えていくような気がした。「私も。テレビごしにはシヌのこと見てたけど」 「リアルシヌはどう?」 「かっこよくて、素敵」珍しくすっと出てきた褒め言葉にシヌは「当然だな」と余裕の笑顔で答えた。 「本当に売れっ子で、引っ張りだこなんだね」 シヌはなんとなくミニョの寂しさを感じて、愛おしくなった。 「でもそんな売れっ子の大スターを独り占めしてるのは誰だ?」 「それは…」 たしかにそうだけど、と思ったとき、ふとミニョの心にあの記事がよぎった。 独り占めしてるはずなのに、あれは演技だってわかってるのに、なんか切ない。 他の人に優しくしてるシヌや、40回もしたというキスシーンを見るのは…。 「ミニョ?」 何度も仕事だからと割り切ったつもりが、シヌを目の前にして気が緩んだのか、 ミニョはついあの記事のことを口にしてしまった。 「キスシーンあったんだね」 それを気にしていたのか。 いつものように無邪気に飛びついてこないミニョに何かを感じていたシヌは、納得した。 部屋の片隅に先日インタビューを受けて、キスシーンについて語った雑誌がある。 なるほど、あれを読んでショックでも受けたか。 作り事であってもキスシーンにショックを受けるのは、自分のことを本気で思ってるからだろうと 悪い気はしなかった。素直にうれしかった。 ただ、なかなか会えない上に、こんな記事でショックを受けたミニョが愛おしくもあり可哀想にも思えた。 自分がそばにいてやれたら、こんなに不安にさせたりしないのに。 そう思うと少し歯がゆかった。ドラマなんて受けなければよかったか…? シヌは笑顔のまま、ミニョの髪を撫でた。わざとふざけた口調で話しかけてみた。 「ミニョはほんとにオレが好きで仕方ないんだな。オレも罪な男だ」 シヌは人差し指でミニョの額をこんこん、とたたいた。 「でもあれはただの”お仕事”だぞ」 「ベつに…ただ記事を読んでそうなんだなって思っただけなんだから」 ちょっとむくれてミニョが言い返した。 自分の方が私に夢中なくせに。好きだ好きだって言ってきたのはシヌの方だし。 「そんなに恥ずかしがることないだろ、今さら」 「本当に何とも思ってないもん」 唇を尖らせたミニョを見て、シヌはやれやれと苦笑した。 ちょっとご機嫌とりの方向を間違ったかな。せっかく工面した時間なのに、困ったもんだ。 すっと立ち上がったシヌは玄関を出て行ったきり、しばらく戻らなかった。 「シヌ…?怒ったの?まさか、なんで出ていっちゃったんだろう…せっかく会えたのに」 素直にキスシーンのことで切なかったと言えば良かった、と後悔した。 いつもなら根気よく付き合ってくれるシヌが…あんなに簡単に出て行ってしまうなんて、 私、なにかまずいことをしたのかな? ミニョはだんだん不安になってきた。 花瓶の中の花を取り上げて、占ってみた。シヌは私のこと… 「愛してる、愛してない、愛してる、愛してない、愛してる」 最後の1枚をむしってしまったら”愛してない”だ…。 ただの暇つぶしのような占いなのに、最後に残った花びらがどうしてもちぎれなかった。 シヌに愛想つかされちゃったのかな。私が素直じゃなかったから。 不意に背後からぎゅっと抱きしめられて、ミニョは驚いた。 「えっ…」 いつの間にか音もなくシヌが部屋に戻ってきていた。 「とっても愛してる」 そう言ってシヌは振り返ったミニョに口づけた。 「ものすごく、ね」 ミニョは身動きできずにいた。目を見開いたままで。 「だから、花をこんな風にしちゃ可哀想だろ」 シヌがミニョの手にぎゅっと握られていた1枚だけ花びらの残った茎を取り上げて、脇のテーブルに置いた。 「シヌ…どこかへ行っちゃったかと思った」 ミニョの目には涙がにじんでいた。 「戻ってこないから、嫌われたのかって」 言葉を口にするうちに涙があふれだし、頬を伝っていった。 ミニョの涙を手でぬぐったシヌは「これ、買ってきたんだよ」と微笑んだ。 「なかなか見つからなくてね」 ミニョはぼやけた視界の中で目を凝らした。 シヌが指を動かすとカシャカシャ音がした。「カウンターだよ」 「それって、入場者数とかを数える機械…?」 「今2回押したから、もう一回しないとね」 シヌが再びキスをした。 「数えるの?」 「そんなに気になるなら、今すぐ40回なんて記録は更新できるぞ」 向かい合ってもう一度ミニョを抱きしめたシヌが耳元で言った。 「何なら世界記録を更新するくらいの勢いで行くか?」 「シヌ…」 「ドラマでのキスは、食品サンプルみたいなものだよ。レストランの入り口に飾ってある」 「サンプル?」 「よくできてて綺麗だけど、食べられないだろ。おいしくないぞ」シヌが笑った。 「あれは見た人においしそう、って思わせるためのものだろ。ドラマだって同じだ」 ミニョは目をぱちぱちさせてシヌの言葉を聞いた。 「あんな素敵な恋がしたい、あんな素敵なシチュエーションでキスがしたいって思わせるために撮影してるんだからさ」 「だから?」 ため息をついてシヌがもう一度キスをして、ミニョの背中でカウンターをカシャッっと押した。 「本物にはかなわないってことだよ。あれはみせかけだけなんだから」 そしてミニョにカウンターの「3」を示した。 「あと37回、いや38回がんばればミニョの勝ちだ。それで気が済むなら眠くてもがんばるぞ」 「シヌ」 「でもオレは、正直回数がどうこうより、本当に素敵なキスの方がいいけど」 ミニョはシヌの顔を見ながら、なんだか恥ずかしくなってほっぺたをぬぐった。 「ミニョが泣き顔でも笑顔でも、ゆっくり目を見て話しながら、後から何度も思い出すような、 思い出に残るキスがしたいね」 雑誌の記事に振り回された自分が情けなくなってきたミニョはうつむいた。 「まねごとのキスにショックを受けて拗ねるような可愛い恋人と」 シヌはミニョの背中を撫でた。 「写真や映像だけで見れば素敵だけど、ドラマの中のキスなんて、周りはスタッフだらけだし 実際は失敗しないようにってプレッシャーはあるし、相手に気は使うし…楽しいもんじゃないよ」 「うん…」 「それにこういうことは二人だけの秘密じゃなきゃ意味がないし」 ミニョがくすっと笑った。 「確かに。視聴者やスタッフに見られてたらね」 「そ。だから、今ならチャンスだ」 「え?」 「明日の朝までにカウンターがどこまで進むかな」 シヌがカウンターに目をやった。 「本当に数えるの?」 「ご希望とあらば」 「それは…」 「それとも、数えていられないほど濃密なのがご希望?」 「の…」 ミニョが言葉に詰まると、こらえきれなくなったシヌが笑いながらカウンターをテーブルに置いた。 「ま、ゆっくり話し合って決めようか」 とシヌがミニョを抱き起すようにして立たせると、ソファーに並んで座った。 「夜は長いし」 シヌがにっこりしてそう言ったとき、ミニョはまさか本当に40回以上するつもり…?いや、それなら 濃密な方が…?ところで濃密って…!?と混乱していた。 相手がミニョなら見てるだけでも楽しいな、とシヌが心の中でつぶやいた。 オレは、きれいなだけのサンプルより本物の方がいい。 この笑ったり泣いたり、忙しない本物の方が。 シヌがミニョの頭を引き寄せて額にキスをすると、ミニョはきょとんとして固まった。 「撮影はなくても、ミニョの場合、40回くらい練習が必要かな」 「べ…別に…しなくても」 「無料体験レッスン受付中だぞ」 「え、えーっと」 二人の頭の中からカウンターの存在など、すっかり消えていた。 本当の回数は二人だけの秘密…。 <後日談> 数日してシヌあてに届いた名前のないファンレターの封筒には、押し花になった花びらが数枚はらはらと入っていた。 1枚目の便箋は「大好き」 2枚目は「でもシヌの方がもっと」だった。 シヌがなんだろうと3枚目を見ると「私のことスキでしょ?」と書いてあった。 ↑気に入った方はクリックをお願いします☆ ありがとうございます〜 タイトルは某ドラマからお借りしました(笑) で、最後につながってます
いまいちな終わり方になってしまいました^^;すみません |
番外編 ・ 短編
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「その後」「エデン」と離れた短編や番外編、コミカル路線のものなどをおさめています☆ブラックシヌ、幸せなシヌまたは、ハッピーなジェルミはこちらで。
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ミニョが差し入れをしに事務所にやってきていた。 ちょうどテギョンは作曲で自室にこもっていて、ジェルミはラジオ出演から戻って次のしごとの打ち合わせ中だった。 事務所の一室で、シヌは雑誌インタビューの時間まで、A.N.JELLが最近載ったニュースなどをチェックしていた。 「ミニョ、来てくれたのか」 「近くまで仕事で来たからついでに寄ってみたの」 はい、と差し出したのど飴をシヌが受け取って、ありがとう、と頭に手を置いた。 「一応一人一人に違うフレーバーのを探してきたの。それで…」 話し終わる前に、シヌはミニョを引き寄せて一緒にソファに座った。 「誰も来ないうちに」 とぎゅっとミニョを抱きしめた。 「こんなところで…スタッフとかジェルミが来たら」 「大丈夫大丈夫。来るなよ〜って念じたから」 相変わらずの口ぶりに呆れつつ、ミニョも久しぶりに会えたことを実感して、シヌの背中に手を回した。 「本当に忙しいもんね…ありがたいことだけど」 「そうだな」 シヌが久しぶりのミニョを確かめるように髪を撫でていた。「知らない間にまた髪が伸びたし」 「シヌ?どうかしたの」 口数が少なくなったシヌの様子にミニョが少し体を離して、シヌを見つめた。 「疲れてる?」 「そうじゃなくて…」もう一度ミニョをしっかり抱きしめてつぶやいた。 「昔のことを思い出してさ。あの頃は頭を撫でるくらいがせいぜいだったから」 「私がまだミナムだった頃ね」 ミニョが懐かしく思い出して笑った。 「そう、小っちゃくて落ち着きがなくて、そばについてないと心配なミナムだった。 今のミナムとはまるで違うね」 本物のミナムの少し態度が大きく見えるくらいのたくましさを思い出してシヌも笑った。 「そんな…がんばってたのに」 「だから放っておけなかったんだよ。一生懸命だからさ。…最初からばれてるのに」 「シヌ」 隠しおおせたつもりでがんばっていた自分を支えてくれていたシヌ。 そう思うと恥ずかしくもあり、ありがたかった。 その気持ちになかなか応えられなかったのが、今思うと申し訳ないようにも思える。 「あの頃はあれだけアピールしても運もなくてミニョの予想以上のニブさに参ったけど」 半分ふざけながらも、シヌが率直に語る様子にミニョは聞き入った。 「でも今は幸せだ」 「…ほんとに?」 「もちろん。飛行機乗るときも振られて、公園で思い出作りしたのに気付かないし、散々だったけど」 「それは…その」 「だから、責任とって一生そばにいろよ」 「責任…別にそんなつもりじゃないけど…ずっと一緒だよ」 「そうすればいつまでもこうやって、いじめてからかえるし」 「もう…ずっと言い続けるつもり?」 「さあね。その分尽くしてくれたら考える♪」 付き合い始めてからは大事にしてるのに、とミニョは少しむくれた。 「そんな罪滅ぼしみたいなことじゃなくて、シヌが好きだからずっとそばにいるのに」 その顔を見て、満足げなシヌは「それが聞きたかったんだよ」とまた頭を撫でた。 「ほんとは始まりなんてどうだっていい。ずっと一緒にいることが大事だろ?」 「素直じゃないんだから、まったく」 あの頃切なかったのは本当なんだから…。でもその痛みがあるからこそ今が幸せなんだよ。 ただ笑ってシヌはミニョのくるくる変わる表情を見つめていた。 「えっと…」 ドアの外で仕事を終えて戻ってきたジェルミが立ち往生していた。 入りにくい。というか…声がかけられない。聞いてるこっちが恥ずかしいくらい、ラブラブだし…。 もう少ししてから来るかな、と踵を返したところでテギョンと鉢合わせた。 「あ、あの今はちょっと」というジェルミの言葉も聞かずにテギョンがドアを開けた。 慌てて二人は少し離れたが、ミニョは顔を赤くして固まり、思わず目をそらした。 「そういうのはうちでやれよ。ジェルミがダンボになるぞ」 「なっ、オレは何も。ちょうど今戻ってきたところで」 立ち聞きなんか、とジェルミが慌てているとミニョは「ダンボ?」と不思議そうな顔をした。 シヌが「ああ、ディズニーなんか知らないか。耳の大きな子供の象の話だよ」と説明した。 「ジェルミが子象みたい?」 いまいちよくわかっていない様子にジェルミはホッとし、シヌは笑った。 「うん、耳の大きな、空飛ぶ象だ」 「耳が大きい以外とりえのない象だ」とテギョン。 「ヒョン、そんな…とりえがないなんてひどいよ」 ミニョはまだ意味が分からずに悩んでいた。 「だけど、そのでかい耳で空を飛ぶくらいしか能がないくせに、いまや名前だけでどの世界の人にも すぐわかるし、これだけ人気なんだからな。たいしたもんだ」 「ヒョン、それって褒めてる?それとも…」 「ミニョ、残りはうちでだってさ」とシヌがこっそりミニョに耳打ちした。 「え?残りって…」 つい反射的に繰り返してからミニョは赤面した。「どういう意味…」 「それを言わせる気か?ジェルミがほんとに空飛ぶぞ」 シヌが笑った。 「シヌヒョン、何笑ってるの?俺のこと?」 「いや、なんでもない。そろそろ新曲の打ち合わせに行くか。ミナムも呼ばなくちゃな」 ミニョを振り返ったシヌが言った。 「もっとふてぶてしいくらいに自信家で、可愛げのない方のミナムをね」 「ま、そうも言えるな。ジェルミ、呼んできてくれ」 うん、わかった、と飛び出していくジェルミに続いてテギョンが出ていくと、ドアが一旦閉まったのを見て、 「名残惜しいけど、ここまでだな」とシヌがミニョの額にキスをした。 「ダンボも行ったことだし、もう一回」と今度は頬に口づけた。 「あとは…続きはウェブで、じゃなくて、うちで、だな」 「今日来られるの?」 「時間作って行くよ。だって、待てないだろ?」 にやりと笑った表情が憎らしかったが、ミニョの顔はすでにほころんでしまっていて、今更ごまかしようがなかった。 「待ってるから仕事頑張ってきてね」 もちろん、と言いながら手を振ってシヌも部屋を出て行った。 その晩、お返しに買ってきた「ダンボ」を二人で見ながらシヌはミニョを抱きしめていた。 「今日はどうしたの?」 「なかなか会えない分、幸せを満喫しておこうと思ってさ」 今までの分も、会えない分も抱きしめておくんだよ、と心でつぶやきながら、 不思議そうな顔のミニョを見てシヌは微笑んだ。 「ダンボ、可愛いのに…」まだテギョンの言った意味が分からず悩むミニョにシヌはほっこりした気分になった。 「なんかここに来ると世間とは違う時間が流れてていいな」 天使はテレビなんか見ないからな。 普通の家庭とは違う環境で育ったから、A.N.JELLに出会った後は世間とのずれに戸惑うことも多いだろうけど、 それもひっくるめて好きだし、オレは守ると決めたから。 「シヌ?」 「ずっと一緒にいような」 「…うん」 修道院で院長先生に支えられ、愛されていた時とは別の安心感に包まれて、ミニョはうなづいた。 「病める時も、健やかなる時も…」 結婚するときの誓いの言葉だ、とミニョはどきっとした。 「いぢめるけど、愛しあうことを誓います」 「シヌ〜」 束の間の楽しい時間を過ごしてシヌが帰ってしまってから、ミニョはダンボの夢を見て眠ったのでした(笑) |
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「ところで」 「うん?」 「もう、”襲う”っていうのやめて」 「心臓に悪いから?」シヌがからかい半分で聞いた。 「笑いごとじゃないんだから。最近、過剰反応するようになっちゃって」 どういうことだ?とシヌはミニョに確かめた。 「こないだ職場で、ミニョさんはおそう…」 「襲うの?」 「そうじゃなくて!遅生まれかって聞かれたんだけど、そこでドキドキして怪しまれちゃった」 シヌがくすくすと笑った。 「そんな赤い顔して?それは怪しいな」 「もう。誰のおかげ?」 夕焼けからさらに時間が経って夜が来るころには、食事をはさんで二人はいろいろ話し合った。 二人だけで新婚らしく過ごせる時間があと数時間と実感し始めて、自然に今後の話が出たのだった。 そんな時にテレビを見る気にもなれず、お互いに口に出さないまでも、できる限り寄り添っていたいと思った。 「もう寝ようか」 シヌの一言に、ミニョは飛び上がりそうになった。 もう慣れてもいいはずなのに、昼間シヌが言った「襲う」と言う言葉が頭から離れなかった。 「え、ま、まだ起きててもいいんじゃない?」 「でも疲れてるんだし、夜更かしは美肌の敵だよ」 「そ…そうだね」 そこまで言われるとミニョも反論できなかった。 「さてと」 シヌが両手を広げて立っていた。 「?」ミニョが不思議そうな顔でいると 「新婚と言えばやっぱりお姫様抱っこがつきものだから♪」 「そんなことは…」 ミニョがごにょごにょ言っている間に近づいてきたシヌに抱き上げられ、あっという間にベッドに連れて行かれた。 「今日はもう、おそ…」 「襲わない!?」 「そんなにいやなの?」 「そうじゃないけど…心臓に悪いから。まだ慣れなくて」 「じゃあ……慣らす?」 「きゃ〜〜〜」 きゃーって…とシヌは苦笑した。「旦那さまなんだからいいじゃないか」 「それはそうだけど。結婚して日が浅いから、心の準備が」 準備ね…。シヌは笑った。 「俺は、今日はもう遅いから寝よう、って言うつもりだったんだけど」 「…あ?」 「今日はなにもしないよ。リクエストがあれば別だけど」 いたずらっぽく笑ったシヌに、ミニョの目が「ないない、リクエストしません」と言っていた。 「そ、そうだったんだ。なんだ。そうだね、早く寝ようか」 とミニョがシヌと反対の方からベッドに入った。 「ただし、何も、の中にはこういうのは入らないから」と近づいてきたシヌが腕枕をした。 ミニョの心臓が高鳴った。旦那さまなんだから、ドキドキしなくてもいいのに。 私の心臓、早く慣れて!と心の中で叫んでいた。 「シヌ。嬉しいけど、またすぐ仕事になるから、差し支えるといけないし…いいよ」 ミニョは腕枕をはずした。「嫌なんじゃなくて、シヌが大変だから、それが気になるの」 「大丈夫だよ、これくらい」とシヌは言ったものの、ミニョが気にしていたので、素直にあきらめた。 「じゃあ、こうして寝よう。これならいいだろ?」 シヌの手が、さっきハンドクリームを塗ってあげたミニョの手を握りしめていた。 「これなら寝てても、どっかに行く心配はないし」 「まるで私が夢遊病者みたい」 「そんなつもりじゃないけどね。でもつないでいたいんだよ」 シヌが耳元でこそっと言った。 「夢の中でだって、誰にも渡したくないからさ」 「シヌ…」 私はどこにも誰のところにも行かないのに。 ミニョはそう思ってシヌを見た。 「ミニョ。愛してるよ。ずっとね」 「私だって」 ミニョはつないだ手にきゅっと力を込めた。 「一緒にいい夢を見よう。これからもずっとだ」 シヌの言葉が布団のように暖かにミニョを包み込んだ。 「うん、ずっと…」 シヌの中のオオカミがその日はおとなしく一緒に眠っていたようだった。 「おはよう。本当に何もなかったね」 「ほんとは’何か’して欲しかったんだ?」 シヌがミニョを引き寄せてからかった。 「そ、そういうことじゃなくて」 「なんなら朝寝坊のオオカミを起こそうか?」 「いえ、ゆ、ゆっくり寝かせてあげといて下さい」 「そう?じゃこのくらいだ」 とシヌがミニョのおでこにキスをした。 「お早う、奥さま」 「…おはよう」 「おはようのキスは?」 結局ねだられて何度もキスをするはめになったミニョだった。 「ところで」 「うん?」 「もう、”襲う”っていうのやめて」 「心臓に悪いから?」シヌがからかい半分で聞いた。 「笑いごとじゃないんだから。最近、過剰反応するようになっちゃって」 どういうことだ?とシヌはミニョに確かめた。 「こないだ職場で、ミニョさんはおそう…」 「襲うの?」 「そうじゃなくて!遅生まれかって聞かれたんだけど、そこでドキドキして怪しまれちゃった」 シヌがくすくすと笑った。 「そんな赤い顔して?それは怪しいな」 「もう。誰のおかげ?」 夕焼けからさらに時間が経って夜が来るころには、食事をはさんで二人はいろいろ話し合った。 二人だけで新婚らしく過ごせる時間があと数時間と実感し始めて、自然に今後の話が出たのだった。 そんな時にテレビを見る気にもなれず、お互いに口に出さないまでも、できる限り寄り添っていたいと思った。 「もう寝ようか」 シヌの一言に、ミニョは飛び上がりそうになった。 もう慣れてもいいはずなのに、昼間シヌが言った「襲う」と言う言葉が頭から離れなかった。 「え、ま、まだ起きててもいいんじゃない?」 「でも疲れてるんだし、夜更かしは美肌の敵だよ」 「そ…そうだね」 そこまで言われるとミニョも反論できなかった。 「さてと」 シヌが両手を広げて立っていた。 「?」ミニョが不思議そうな顔でいると 「新婚と言えばやっぱりお姫様抱っこがつきものだから♪」 「そんなことは…」 ミニョがごにょごにょ言っている間に近づいてきたシヌに抱き上げられ、あっという間にベッドに連れて行かれた。 「今日はもう、おそ…」 「襲わない!?」 「そんなにいやなの?」 「そうじゃないけど…心臓に悪いから。まだ慣れなくて」 「じゃあ……慣らす?」 「きゃ〜〜〜」 きゃーって…とシヌは苦笑した。「旦那さまなんだからいいじゃないか」 「それはそうだけど。結婚して日が浅いから、心の準備が」 準備ね…。シヌは笑った。 「俺は、今日はもう遅いから寝よう、って言うつもりだったんだけど」 「…あ?」 「今日はなにもしないよ。リクエストがあれば別だけど」 いたずらっぽく笑ったシヌに、ミニョの目が「ないない、リクエストしません」と言っていた。 「そ、そうだったんだ。なんだ。そうだね、早く寝ようか」 とミニョがシヌと反対の方からベッドに入った。 「ただし、何も、の中にはこういうのは入らないから」と近づいてきたシヌが腕枕をした。 ミニョの心臓が高鳴った。旦那さまなんだから、ドキドキしなくてもいいのに。 私の心臓、早く慣れて!と心の中で叫んでいた。 「シヌ。嬉しいけど、またすぐ仕事になるから、差し支えるといけないし…いいよ」 ミニョは腕枕をはずした。「嫌なんじゃなくて、シヌが大変だから、それが気になるの」 「大丈夫だよ、これくらい」とシヌは言ったものの、ミニョが気にしていたので、素直にあきらめた。 「じゃあ、こうして寝よう。これならいいだろ?」 シヌの手が、さっきハンドクリームを塗ってあげたミニョの手を握りしめていた。 「これなら寝てても、どっかに行く心配はないし」 「まるで私が夢遊病者みたい」 「そんなつもりじゃないけどね。でもつないでいたいんだよ」 シヌが耳元でこそっと言った。 「夢の中でだって、誰にも渡したくないからさ」 「シヌ…」 私はどこにも誰のところにも行かないのに。 ミニョはそう思ってシヌを見た。 「ミニョ。愛してるよ。ずっとね」 「私だって」 ミニョはつないだ手にきゅっと力を込めた。 「一緒にいい夢を見よう。これからもずっとだ」 シヌの言葉が布団のように暖かにミニョを包み込んだ。 「うん、ずっと…」 シヌの中のオオカミがその日はおとなしく一緒に眠っていたようだった。 「おはよう。本当に何もなかったね」 「ほんとは’何か’して欲しかったんだ?」 シヌがミニョを引き寄せてからかった。 「そ、そういうことじゃなくて」 「なんなら朝寝坊のオオカミを起こそうか?」 「いえ、ゆ、ゆっくり寝かせてあげといて下さい」 「そう?じゃこのくらいだ」 とシヌがミニョのおでこにキスをした。 「お早う、奥さま」 「…おはよう」 「おはようのキスは?」 結局ねだられて何度もキスをするはめになったミニョだった。 |
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まだベッドに入るには早すぎる。 結婚したとはいえ、世間的にはまだ公表されてない以上、すぐ一緒に暮らすわけにもいかない。 まだしばらくはミニョの部屋に通う日々が続く。 いくら旅行で疲れたといっても、せめて二人きりの今くらい、この貴重な時間を満喫したいのに、奥さまときたら…。 シヌはそんな思いで、うたた寝をしたミニョにぼそりと、襲うぞ、とつぶやいてみたのだった。 「ん…おそ……襲う?へっ、なに、何っ?」 思いのほか、言葉が効いたらしく、ミニョがパッチリ目を開けた。 「目が覚めた?どうぞ、って感じで寝てたから、ご希望通り襲ってあげようかと思ったんだけど」 シヌはさわやかに微笑んでミニョの頭に手を載せた。 耳を当てなくても心臓がドキドキ言ってるのが聞こえてきそうなほど、かたまったミニョにシヌは内心笑った。 「き、希望なんてしてないし…目、目はこんなにはっきり開いてますから!」 「ベッドの上にそんな恰好で寝てるから、てっきりそういうお誘いかと思ったよ?」 「それはその…シヌの用意してくれたお風呂が気持ち良くて眠くなっただけで…」 「奥さまになると違うんだなぁって、俺はうれしかったけど」 「え…?そ、そう言われても」 それは誘ってほしいってこと? ふとミニョの頭の中に疑問が浮かんだが、次の瞬間、無理無理無理!!と一瞬にして思い浮かんだことを 吹き飛ばした。 「やっぱりおあずけか」とため息をついて、シヌがベッドから出て行った。 シヌ、がっかりしてる?まずいこと言ったかな。 不意にミニョは不安になった。奥さまになったらもっとサービスがいるのかな…。 …って何のサービスが!? 一人でミニョがあれこれ思いを巡らせて赤くなったり青くなったりしていると、シヌが戻ってきて手招きした。 「せっかく起きたのならソファーに座って」 シヌのご機嫌を損ねたわけじゃないとわかってほっとしたミニョは、なんだろう?と気にしつつもソファに座った。 「手を出して」 言葉に従って手を出すと、シヌが小さな容器を手にして、ハンドクリームを塗ってくれたのだった。 「約束しただろ?寝ちゃってて、さっきは塗りそびれたからね」 そういえば…日本にいたとき、そんなこと言ってたっけ。 ちゃんと覚えて実行してくれるなんて、いい旦那さまだなぁ。 「そっちの手も」 ほのかにバラの香りが漂った。 「バラの花をバス用に頼んだとき、一緒に頼んでみたんだ。気に入った?」 「もちろん。…ありがとう、旦那さま」 ミニョが自分から誘ってくれたかと思って嬉しかった、と言ったシヌのセリフがミニョの頭の隅に引っかかっていた。 私ばかり、こんなに気を使ってもらって、何もお返しできてない気がする…。 私から誘うってことがそんなに嬉しいなら、そうできるといいんだけど、考えただけで心臓が爆発しそう…。 「…あと少しだな」 シヌがぽつりと言った。 「え?」 「このホテルを出たら、またそれぞれの生活に戻って、しばらく会えないだろ」 シヌの言葉でミニョはふと現実に返った。 しばらく二人でいたから結婚したんだなと不思議な気持ちながらも喜んでいたけど、 ここを出たら私はマンションに、シヌは合宿所に戻らなきゃいけない。 一緒にいられるのは、あと何時間? そこでミニョはハッと気づいた。そうか。だからシヌはその数時間を大切にしようとあれこれ準備してくれたんだ。 それなのにうたた寝なんてしちゃって…シヌは寂しかったかな。 せっかく残された時間を二人で楽しく過ごそうと思っていたのに、私ときたら、ベッドに倒れ込んで寝てて。 「シヌ。あの、ごめんね」 シヌはいつものように優しく微笑んだ。 「謝ることなんてないけど、もし何か気にしたのなら、別のことで返してもらいたいな」 シヌがミニョの隣に座って肩を抱き寄せた。残り少ない時間を惜しむように、ミニョの髪をそっと撫でた。 ミニョはもう数時間でまた離れ離れになるんだ、と急に切ない気持ちになった。 髪に触れていたシヌの手に手を重ねて、シヌをじっと見た。 「うん?」 「シヌ…今日は、ううん、日本への旅行中もずっと、ありがとう。それから」 言葉に詰まったあと、ミニョはシヌの頬にキスをした。 「ミニョが喜んでくれたらそれでいいんだ。当分また離れ離れだし」 二人の想いが重なって、言葉が途絶えると、自然に抱き合ってただお互いの温もりを感じていた。 ミニョの素肌からはまだローズバスの香りがかすかに立ち上っていた。 改めて、ミニョがこんなに近いところまで来てくれたんだなとシヌは心の中で幸せをかみしめた。 そばにこうしていてくれるだけでいい…。この腕の中に確かに感じていられたら、もう何も怖くない。 一方、ミニョもシヌの腕の中で、しばらくは離れてることもあるけど、ここが私の場所なんだ、と考えていた。 今まで自分を支えてくれた兄や院長先生のもとを離れて、シヌと生きていくんだ…。 両親のことでなんとなく不安だった気持ちが、いろんなことを乗り越え、シヌと支え合い寄り添うことで、 何の不安もなく、しっかりとした足取りで歩けるようになった気がする。 たとえ離れて暮らしても、もう一人じゃない。 「シヌ」 ミニョがシヌの耳元に唇を寄せた。「何度言っても足りない気がするけど、ありがとう。それから」 シヌにはわかっていた。ミニョの気持ちは誰よりもわかってるんだから、と自然に口元がほころんだ。 「大好き…ずっとそばにいてね」 「当然だ」 もう、せっかく言ったのに、とミニョは口をとがらせる間もなく、唇をふさがれた。 「ずっと昔から決まってたんだから」 「昔?」 「きっと生まれる前からね。そうでなきゃ、神様に異議申し立てするぞ」 「どうしてそう思うの」 シヌが体を少し離して、ミニョをじっと見た。 「俺をこんな気持ちにさせたのはミニョが初めてだから」 「初めてってことは、その後もあるの?まさか、二番目とか…」 「今のところ予定はないよ。今後そうならないためには、もっとサービスが必要かも?」 いたずらっこのように覗き込むシヌの目からミニョは目をそらした。 「…そうしないと、二番目以降が現れる?」 時折顔をのぞかせるミニョのやきもちが可愛くて、シヌはついからかってみたくなるのだった。 それでも、結局はミニョに甘いことも自覚していた。 ささいな冗談でも、ミニョが傷つくようなことはしたくないと、結局やり通せないのだ。 「って言いたいとこだけど。なにせ奥さまは危なっかしくて目が離せないからね」 「サービスなんてできないけど…」 「けど?」 ミニョはシヌの目を見て、そっと顔を近づけていき、唇を重ねた。 「…私だけ、見ててくれる?」 そして、シヌをぎゅっと抱きしめた。 まったく。言うまでもないことを。そう思いながらも 「じゃあ、こうやってずっとサービスしてくれなきゃね」とシヌはわざとミニョの目を見た。 「もっとスペシャルなサービスでも受け付けるから、遠慮なくどうぞ」と楽しげに言った。 遠慮します〜と逃げそうになるミニョを抱きしめたまま、 「一緒にいられる時間が限られているから、今しばらくこうしていよう」とシヌがささやいた。 「…うん」 夕日が空を赤く染めていく様子を見ながら、静かに二人は抱き合っていた。 |
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「ちょうどいいだろう?シャンパーニュロゼって言って、ストロベリーとシャンパンの香りがする紅茶なんだ」 「あ…確かに」香りを思い出してミニョがうなづいた。 ピンクとシルバーのアラザン(糖衣菓子のようなもの)が入っていて、ほのかな甘みに、優しい味だと思った。 「結婚祝いにぴったりだろう?」 ミニョはなんと言っていいかわからなかった。なんだか胸が熱かった。 本当に結婚したんだよね?(式はまだだけど…) 自分に確かめるように心の中でつぶやきながら、まだなじんでいるとは言い難い指輪をじっと見た。 奥さまなんだなぁ。本当にシヌの「奥さま」になれたなんて、嘘みたいだけど…本当なんだ。 「もっと他の人たちにも改めてお祝いしてもらうけど、二人だけの結婚祝いも悪くないだろ?」 ミニョは微笑んでうなづいた。今日のことはきっと忘れないな…ずっと。何があっても。 シヌがお湯を止めて戻ってきて「ちょうどいい頃だから入って」とミニョを浴室へ促した。 「うん…ありがとう、だんな様」 「どういたしまして。大事な奥さまのためですから」 シヌが少しおどけて言うと、ミニョはあえて何も言わずに立ち上がり 「じゃあ、ゆっくり入ってきます」と手を振って向かった。 「あ、そこに残してあるのはシヌのだから、食べてね」 「気にしなくて良かったのに」 「だって、せっかく二人だけのお祝いなんだし、私だけ食べたってこれからずっと言われ続けたくないから」 シヌが笑った。 「なるほどね。じゃあ、ゆっくり味わってるから満喫しておいで」 「はーい」 シヌはデザートを口に運びながら、静かに耳をひそめてその瞬間を待っていた。 「わあ!」 少し離れた浴室のミニョの声がドア越しでもはっきりと聞こえた。 「…成功かな」 シヌが満足げに紅茶を口に運んだ。 ドアがわずかに開いて、隙間からミニョが顔を出した。 「シヌ…あれ…」 「感激した?」 ミニョはうんうん、とうなづくだけだった。初めてのことで、どう表現したらいいかわからなかった。 喜びと驚きと、感謝と…。 シヌはお湯をためるだけでなく、そこに色とりどりのバラを散らし、ローズバス(バラ風呂)を用意していたのだった。 「あ…ありがとう」 「いいから入っておいで」 「うん…シヌ、最高!」ミニョの笑顔が浴室に引っ込んだ。 シヌは予定通りの展開に微笑み、サンドイッチを口にした。 「俺はこのくらいで胸がいっぱいで食べられないのに…よく食べたな」 シヌはミニョがティーセットも楽しんだことを実感し、サプライズが成功したことにホッとした。 「いつもそばにいてやれるわけじゃないから、せめてこれくらいはね」 その頃ミニョは初めてのローズバスの彩りと漂う香りに酔っていた。 「凄い…こんなお風呂初めて」 ここまでされると、やっと実感がわいてきた。 自分は本当にシヌにとって大切な存在なんだな…。こんなにも。 神様、院長先生、それから…お父さんお母さん、それから兄さんも、皆さんに感謝します。 何か一つが違っていても、シヌとは出会えなかった。出会えたことはある意味奇跡かも。 そんな私は、幸せです。 お父さんお母さんが亡くなられたと知った時はショックでしたが…でもシヌにふさわしい心や忍耐力をきっと 私に下さったのだと思います。 それに兄さんがお母さんを探しに行かなければ、シヌと出会うこともありませんでした。 出会うまでの私を両親の代わりに育てて下さった院長先生。 私は院長先生に愛の意味を教えていただきました。 それから…。 「…ミニョ?」 あまりに長い間ミニョが戻らないので、シヌはそっとドアを開け、隙間から覗いてみた。 「あ!」 慌てて浴室のミニョのそばへ駆け寄ったシヌは、幸せそうな寝息を聞いた。 「ミニョ…溺れるぞ」 広々とした浴槽の中、バラが色とりどりに浮かぶ美しい水面下で、大胆にもミニョはくつろいで寝てしまっていた。 「疲れたんだな、ほんとに」そう思いながらも、溺れては困るので、驚かさないようにミニョを起こした。 「ミニョ。眠るならベッドに行かなきゃ」 「んん〜」 シヌが溺れないようにミニョの首を支えながら、そっと声をかけた。 「ここじゃ腕枕はできないぞ」 「……ん?」 「ほら、起きて。浴槽で寝ちゃだめだ」 「…ん、あ?え?あ、あれ??」 次の瞬間キャーと叫ぶところを、シヌがもう片方の手で押さえた。 「とにかく上がって服を着よう」 ミニョがうなづいたので、シヌはそっと口をふさいだ手を離した。 「シ、シヌ…大丈夫だから」 体を隠すように腕を胸の前に持ってきて、体を小さくしているミニョを見て、今更恥ずかしがらなくても、とシヌは思った。 それでもミニョの気持ちを尊重して、シヌはバスタオルを持ってきた。 「向こう向きで少しずつ立ち上がって。それなら見えないからいいだろう」 シヌはバスタオルを広げてミニョと自分の間に壁を作った。 「俺は見ないから、ゆっくり立ち上がって」 言葉通り、慎重にミニョが立ち上がりかけて、ふらついた。 とっさにバスタオルでミニョをくるんで、シヌが抱きしめた。 「気を付けて」 なんだか日本でも同じようなことをしてた気がするなぁ…。苦笑しながらも、ミニョをバスタオルでくるんだ後、 別のタオルで足をくるんで水滴を吸い取った。 「風邪をひくからすぐ着替えないと」 そう言って、シヌは寝室を指さした。 「あっちにワンさんからお祝いでもらった服があるから、着替えておいで」 一瞬、ミニョはぎくっとして、不安になった。まさか、また必要以上に(?)セクシーな下着とか…じゃないよね? そうだったら、今回持ち帰った衣類の中で着られそうなのを着よう。 ミニョは心でそう誓った。 思ったよりワンさんからの贈り物はおとなしめだった。それでもネグリジェだったので、ミニョはちょっとためらった。 まだ時間が早いし、パジャマよりはセクシーで…シヌはどう思うだろう。 そう思った瞬間に恥ずかしくて、脇にガウンもあることに気づいて、すぐ着てみた。 「これを着ておけば、とりあえず大丈夫かな」 どうせやたらに外へは行けないから、ルームサービスになるなら、この格好でも問題ないかな。 そう自分を勇気づけるようにミニョは割り切ることにした。 シヌだけが見るなら…いいよね?いい…かな。だんな様なんだから、いいよね…? 風呂の次にシヌが見たとき、またもやミニョは寝ていた。 ベッドの上で。 「…風呂といい、ベッドといい、あんなに恥ずかしがるくせに…。大胆なんだか、天然なんだか。まったく」 そっとミニョを布団の中に入れ、その後自分も入った。 「こんな時間からベッドに入るとは、俺も思ってなかったけどね」 そっと腕まくらをしながら、シヌはため息をついた。 「いったいいつからこんなにじらし上手になったんだか」 人の気も知らずにぐっすり寝て…。一人でなんて寝かせるもんか、と意地悪く微笑み、耳元でささやいた。 「寝込みを襲うぞ」 「…んん?」 |






