|
ガンジス河畔では毎晩祈りがささげられている。
死人がそのまま流れ、また河岸で焼かれて白くなった灰が撒かれるその中で人々は沐浴する。何が過去で未来だかわからなくなる。
インドで仏教が生まれたことと無関係ではないのだろう。
わたしたちは、フィトネスクラブのウォーキングマシンの上を走っているようなものだ。どこかに向かって走っているつもりでいてその実どこへもむかっていない。それが「今」なのだ。「現在」とは、過去を消化しながら来るべき未来にむかっていることのようにみえるが、即ちそれはウォーキングマシンの上で汗をかきながら喘いでいることにほかならない。一歩も進んでなどいない。だから、時間は流れていないことになる。なにも変わっていないのだから。
しかし、わからないのは自分はどこから来たのかということだ。いったい、どこから来てこのウォーキングマシンの上で汗をかきながら走り続けているのか。 インドに居ると、否応なしに般若の空におそわれる。
|
インド
[ リスト ]


