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東大寺勧学院での仏教美術講座を聴きに南大門をくぐります。。ほかの聴講している人たちほどに理解は及ばないものの、それなりに啓発を受ける楽しみがあります。
その日は、栃木県足利市にある光得寺の大日如来座像。
この像を運慶作とする文献はないが、限りなく運慶に近いといいます。
30cmほどの小像ながら、写真で見ると、台座を支える小獅子の四頭にも興味がわきました。周囲に金剛界三十七尊が取り巻く作りは、現存しないが東大寺講堂大日如来像に似ているといいます。
X線撮影では、体内に五輪塔形の木札、心月輪が納められていて、白毫裏には舎利を納めた珠状のものが写っているそうで、これらのことは他の運慶の作品にも共通して見られます。
この小さな大日如来像の実物を是非拝みたいと思いました。しかし、栃木県ではいささか遠すぎますが、ふとしたことでこの仏様が東京国立博物館にいらっしゃるというのを発見しました。
ふらふらと上野の森へこの大日如来座像様にお目にかかりに出かけました。
「鑁阿寺樺崎縁起」には、この像と思われる金剛界大日如来と三十七尊のことが見え、足利義兼の造立といわれます。
小さな像ですので、迫力には欠けるかもしれませんが、わざわざ東京まで出かけた甲斐がありました。
この世の中、何処にいても沈みゆく泥船に思えることがたくさんあります。
失望と落胆、諦めの中でも希望は必要です。中傷誹謗悪口陰口など、それでもまだ他人を船からけ落とす争いもあることでしょう。そんな泥船の中でも立身に躍起となるのが人間かもしれません。
しかし、諸法無我、梵我一如、人間らしく生きる希望を忘れてはなりません、と、そういっておられる柔らかな笑みが印象的でした。
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