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 アントワープを流れるスヘルデ川の畔が夕陽で赤くなりかけたとき、一組のアベックがようやくその抱擁を解きました。どこの国でも、若い男女は希望に溢れているものです。
 自分にもそんな時があったのだと、忘れていた遠い記憶をたぐりました。
 
 小さな子供を連れた父親が、川岸に突き出た城壁への階段の前にいました。子供は、その上り階段を見て尻込みしていますが、父親は抱えて階段を駈けていきました。子供は足をバタバタさせていましたが、二人のじゃれ合う様子も遠い過去の中にありました。

 夕暮れが深くなりました。川岸の広場の人影はまばらになりました。
 
 一杯のビールを求めて細い路地の角をいくつか曲がりました。
 屋上からビヤ樽をぶら下げているレストランらしき入り口を見つけました。
 路地の向こうにノートルダム大聖堂の尖塔が見えます。

 入り口からは、階段が地下に続いていました。
 まだ店は開いていないのだろうか?真っ暗です。
 諦めて戻ろうかと、目をこらしていると、少し目が慣れてきました。奥に続く通路に小さな蝋燭が
 灯っています。
 ちょつと腰が引ける感じで進みました。
 とつぜん笑顔の小柄な黒人女性が小さな声でむかえてくれました。

 テーブルに着いてとりあえずビールメニューの中からトラピックスビールを頼みました。
 次第に暗闇の中で目が慣れると、何人かの客がテーブルについていて、それぞれ思い通りの
 ビールを飲んでいる様子がわかってきました。
 アベックもいましたし、腕を組んで考えにふけっている男もいました。
 ここは昔、ワインの地下貯蔵庫跡だということもわかってきました。
 
 何杯目かのビールのお代わりの時、黒人女性のウエイトレスに尋ねました
 「キミのいちばんおすすめのビールは?」
 彼女は、メニューの中の一つを指さしました。
 僕はすぐさまそれを注文しました。
 しかし残念なことに、そのビールの銘柄は忘れてしまいました。
 ちょっとビターで、なんだか日本酒のような感じでした。
 
 この黒人のウエイトレスは、とても小柄で静かな美人でした。
 容姿はソフィー・マルソーのようでした。
 言葉少なく、はにかむように、足音をたてず、しかしきびきびとしいました。
 
 忘れたビールの銘柄と彼女の笑顔が心残りです。今宵は少し飲み過ぎました。
 店の名前は、ペルグロム :Pelgrom
 いい店に出会いました。

 写真  上   ペルグロム :Pelgromの前
     中上  入り口
     中   店の中
   中下  グラスビール
     下   路地からノートルダム大聖堂がのぞく

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