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パミール高原の登りが延々と続いていたとき、突然大きな湖が現れました。
湖の向こうには7546mのムスターグアタ山と7719mのコングール山が鮮やかにそびえています。
ここが夢に見たカラクリ湖。
カラクリ湖に降り立つと少し息は苦しい。
肌寒い薄雲の隙間から白い雪山を仰ぎ見ました。
湖畔では、少数民族のキルギス族が馬にまたがって悠然としています。
中国とパキスタンを結ぶ中パ公路も、ここからあとわずかでクンジュラーヴ峠です。
シルクロードに夢見る人たちが一度は越えてみたい聖地です。
空気が薄く、ちょつとふらっと目眩がします。
万年雪を被った山々に囲まれて冷たい風が神秘的です。
そこには、中国とパキスタンの国境を示す白い石碑が建っているだけです。
ついに来たんだ、という感慨に浸って身震いしました。
5000mに近い峠の向こうはパキスタン、いわゆるカラコルムハイウエイを下ります。
その途中には、地球上に残された唯一の桃源郷と言われるフンザがあり、ギルギット、ガンダーラを経てイスラマバードまでの道が続いています。
中国側からクンジュラヴ峠付近までは、意外なほど穏やかで丸い景色です。
草原が続き山羊や牛が放牧されていて、途中少数民族がにこやかに迎えてくれました。
ところが、峠をひとたび越えると突然道路は嶮しく、断崖絶壁の悪路に緊張が走ります。千仞の谷のあいだ、いつ落ちてくるかわからない岩石に挟まれて砂塵をあげながら走ります。
どう見てもニュートンの力学に反しているとしか思えない巨岩があちこちの斜面にぶら下がっていて、事実道路脇には落石痕が至る所にあります。一月前には、日本人を乗せた車に直撃して気の毒なことになったとの報道があったところです。
深い谷をのぞき込みながらとった昼食の時、言いようのない大きな静けさの中で窒息しそうです。
空がわずかにしか見えないこの山を越えて行った多くの求道者たちの苦難を自分の足の下にしっかりと感じました。この道を歩いて越えるなどとは気が遠くなります。
クンジュラーヴ峠からだいぶ下ったところにパキスタンの国境税関がありました。
中国の国境の人民軍は、いかにも尊大で威圧的な検問でしたが、ここパキスタンはおおらかなものです。中国ではどうしてそんなに権力を振りかざすのか、都市部の警察官などもみなそうですが理解できません。民主主義のない共産党の国ですから官憲が強いのでしょう。
日本にはない高い山々の形には絶句してしまいます。この街道には、山と空とわずかな草木しかありません。あとは何もありません。
さまざまな情報が、騒音のようにとり囲んでいる日常とはほど遠く、それがなんとも爽快です。騒音から解放された快感です。押しつけがましい情報の洪水の中で右往左往している日常が恥ずかしくなってしまいます。
中国側のカシュガルからパキスタンのイスラマバードまでの数千キロメートルに及ぶカラコルムハイウェイは様々なメタファーに泳ぐ街道です。
この旅では、魂が入浴しメタファーの回復がはかれるのを実感しました。
(写真)
上 ・ クンジュラーヴへの道
中上 ・ クンジュラーヴへの道
中 ・ カラクリ湖で水を飲む筆者
中下 ・ 湖畔の少数民族
下 ・ クンジュラーブ峠国境の標識(パキスタン側から)
クンジュラーヴ峠(パキスタン側から)
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