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昔、日本もそうでした。
ほんの半世紀も経たない前のことです。
日本の駅のプラットホームはどこでも、とにかくごちゃついていて、誰の目も血走ってい
ました。
傷痍軍人がアコーデオンをがなりたてる中、行き交う人々は足早でした。
そして誰もが大きな荷物を抱えていました。
古びた大きな皮のトランクを重そうに持っている人。どんごろすの袋をふらふらになりな
がら担いでいる人。風呂敷包みを肩にかけ、両手には子供を抱えている人。
そして列車に乗ろうと、押し合いへし合いして我先に扉に殺到していました。
そう、いまの中国のプラットホームのようでした。
今では考えられませんが、日本でも列を並ぶなんてことはありませんでした。
座席を確保しようと、窓から乗り込む人も珍しくありませんでした。
ホームの端っこでは、レールの上に立ち小便をしていました。
レールのまわりもホームの上も煙草の吸い殻で満ちあふれていました。
ときどき衝突がおきて、大きな声で怒鳴りあっているのもどうってことありませんで
した。子供たちも、そんな雑踏の中でいろんなことを学びました。
でも、そんなことが懐かしいです。というより生き生きとしていたと微笑ましく
も思えます。
黙々と、うつむいて、機械仕掛けのように自動改札口いくロボットのような
今のサラリーマンとは全く違う風景でした。
インドでは、そういう昔の日本の活気がありました。
そういうインドを見て、眉をしかめる人たちのことが理解できません。
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