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 鈴木大拙が言ってますことを以下引用します。
 
『普通吾等の生活で気のつかぬことがあります、それは吾等の世界は一つでなくて、
二つの世界だということです。そうしてこの二つがそのままに一つだということで
す。二つの世界の一つは感性と知性の世界、今一つは霊牲の世界です。これら二つの
世界の存在に気のついた人でも、実在の世界は感性と知性の世界で、今一つの霊性的
世界は非実在で、観念的で、空想の世界で、詩人や理想家やまたいわゆる霊性偏重主
義者の頭の中にだけあるものだときめているのです。しかし宗教的立場から見ます
と、この霊性的世界ほど実在性をもったものはないのです。
それは感性的世界のに比すべくもないのです。一般には後者をもって具体的だと考えていますが、事実はそうでなくて、それは吾等の頭で再構成したものです。霊性的直覚の対象となるものではありません。感性の世界だけにいる人間がそれに満足しないで、何となく物足らぬ、不安の気分に襲われがちであるのは、そのためです。
何だか物でもなくしたような気がして、それの見つかるまではさまぎまの形で悩みぬくのです。
即ち霊性的世界の真実性に対するあこがれが無意識に人間の心を動かすのです。
 これは大なる哲学の問題にもなりますが、それはとにかくとして、人生の日日は矛盾で充ちているものです。吾等は大抵それに気づかずに過ごすのでありますが、一旦気づき出すと、その解決に悩むものです。
悩みながら、あちらこちらと彷徨いつつ、何とかしてそれから離脱しょうとします。
このはてしない努力が進められるにつれて、今まで送って来た生活なるもののいかに不真実で無意味であったかということが次第にわかって来ます。この段階にまで進んで来ると、吾等は、何かしら次元を異にしたところに・・・・・。』
(とつづくのですが引用はここまでとします)
 
「次元を異にしたところに・・・・・」、その境位については「芸術作品の根源」において顕著に垣間見られるような気がしています。わたくしはエゴン・シーレ↓などにもとりわけ感性とか理性とかを超越したものを感じるのです。
イメージ 1
 門にエゴン・シーレと書いてあるのがオシャレ  (トゥルンTullnにあるエゴン・シーレ博物館)
 
 

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