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自分を偉そうに見せようと思っていたし、
賢そうに思わせようとしていた。
そんな自分に気づいてはいたが、自分を止めることはできなかった。
人を欺くことになったり、裏切ることもあった。
だから、いまは、罪償いのつもりで生きようとしている。
過去を見つめるために。
明治時代、伊予の国に「三輪田米山」という人が居た。
「米山」に出会いたくて、やっと伊予松山に降り立った。
永年の想いを叶えるために。
気になり続けていた彼の字には「参りました」です。
道に迷いながら山間を縫うようにして新田神社にやっとのことでたどり着いた。
目当ての石碑は突然目の前に現れた。
ちっとも偉そうに思わせようともしていないし、賢く思わせようもしていなかった。
頭が下がりました。
↓三輪田米山による「新田神社」
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2012年05月09日
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