チェコ

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 写真上から  
      カレル橋の上で抱擁する二人

      旧市街広場のカフェでビール

      夕闇せまって路地に佇む筆者

      プラハの春の美しい女性たち


 中国の聖火リレーが全世界で異常なリレーとなっています。

 民族問題は日本には存在しませんが、日本のような国は他にはないのではないでしょう

 か。

 たいていの国は、未だに民族問題を抱えています。

 プラハも民族自立をかけた歴史でもって今日に至っています。

 ソビエト共産党に支配されていた暗黒の時代を闘ってくぐり抜けてきました。

 チベットが中国共産党によって強引に併合された経緯は、チェコをはじめ東欧の

 歴史にダブります。

 テレビを見ていて中国の留学生たちのインタビューを聞いていますと、チベットが

 中国だという歴史認識に大きな間違いがあるように思います。学校で中国がチベットに

 武力侵攻して無理矢理奪い取ったなどとは教えていないのがよくわかります。

 そもそもの認識が間違っています。中国共産党に洗脳されているともいえる中国の

 若い人たちがシュプレヒコールをあげているのを見ていますと、気の毒に思えてしま

 います。

 プラハのカレル橋の上で抱擁する若い二人を見ていますと、本当にプラハの春を

 感じました。チベットにも春が来ればいいのにと願います。

 

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 写真上から

      トラムに乗ろうとする筆者

      プラハ旧市街を望む

      聖ヴィート大聖堂の尖塔

      聖ヴィート大聖堂の壁の聖者物語

      街路灯の下で夕焼けのプラハの町を望む筆者


 鉛色の空の下、荘厳なゴシック建築の教会の塔が、天に向かって寒々とそびえています。

 チェコの秋はとても短くあっという間に冬です。


 中世を最も色濃く残す町プラハは、何度も訪れたい町です。

 キリスト教の聖者にまつわる数々の伝説や聖像と重厚な中世の建物が凝縮された町です。

 日本にない町並みと風景にはどうしても感傷的になりがちですが、キリスト教徒でないものにとって

 は感傷の域をでることはできません。でも、それにしても確かに美しい町です。


 プラハ城内のプラハを代表する聖ヴィート大聖堂を見上げながら思わざるをえません。その高度な建築

技術に感嘆するとともにキリスト教というものの「力」のすごさを。

 今の日本人は、「愛」という言葉をいろんな意味で使うようになりました。愛という言葉は、明治

 時代以前ではそんなに頻繁に使用されることはなく、ましてや今のような多様な意味を持って

 いませんでした。

 西洋では古来、愛は恋愛を意味するような愛をエロス、そして宗教的な愛をアガペーと

 区別して考えられてきました。

 日本でも、仏教ではエロスに相当する言葉にカーマがあります。これは性愛を意味することがあり

 ますが、愛欲、欲望、欲求など欲一般を意味します。

 そんな欲の利害を超える宗教的な愛を仏教では「慈悲」といわれます。

 愛には、男女の性愛に代表するような愛と、それらを超えたところの宗教的な愛があると言うことで

 す。仏教では、愛と言うときそれは執着の意味合いで使われていました。

 愛と慈悲とは全く違います。

 愛は、愛憎という言葉のように、時として憎しみを伴います。愛は独占性がありますから、その

 反動として憎悪を内蔵しています。男女の場合などまさにそのことが裏腹です。激しい対立と

 憎しみをもたらします。ですから愛という言葉を不用意には使えません。

 しかし、慈悲はそんな対立の愛を超えて、人を懲らしめたり憎むということがありません。

 愛は、無常ということです。とはいうものの愛はそれ自体自然で美しくもありますが、その上に慈悲の

域を目指した愛であることが望ましいのです。愛の上の慈悲の境地に感傷的でない本当の愛があります。

 キリスト教は愛の宗教といわれますが、それは神の愛の宗教ということです。与えられる愛です。

 信ずる者は救われる。つまり信じない者は救われない。神の愛は信じない者には及びません。

 むしろ、異端者として改宗を迫られたり、罰しようとする傾向があります。中世では異端者は

 火あぶりの刑です。愛は愛憎です。

 仏教は、慈悲ですから憎むということがありませんのでそんな追求はありません。

 一神教といわれるキリスト教やイスラム教、ユダヤ教などが主観と客観の区別をはっきりさせて、

 相手を改宗させようとやっつけるという武闘的な傾向は十字軍以来今日もあまりかわっていない

 ようです。そして、キリスト教は、神の愛は人間以外には及びません。仏教は草木国土悉皆成仏

 といいますか、草木や山川や石や動物、何にでも慈悲が及びます。

 ですからキリスト教は本来は自然破壊に無頓着なのです。戦争をすることは厭いません。

 中世のヨーロッパの古い街々を歩いていますと、どんな小さな町にも天に突き刺すような塔を

 もった立派な教会が必ずあります。日本人から見れば、いたるところ教会だらけです。

 キリスト教の持つ「力」と原始キリスト教の精神から、中世以後社会機構そのものと変貌したキリスト

教の本質について日本人は今少し知っていく必要がありそうです。アメリカに付き従うのは敗戦国として

致し方ないのかもしれません。しかし両国の思想は全く違った歴史と文化の上にあります。

 だからといって、日本は仏教的慈悲の精神ですから、「憎む」という伝統がないのですから問題

ありません。むしろアメリカが、キリスト教が内蔵している異端者として懲らしめようとする文化だけを

突出的に持っていることに配慮が必要かもしれません。アメリカはヨーロッパと違って「歴史」がない分

だけよけいに科学の力に頼っているのですから。ただ仏教とて、どちらかといえば現実否定的で「力」と

いうことにおいては全くと言っていいほど期待などできる状態ではありません。特に大方の日本人は無宗

教という浮き草の国ですから「力」においてはなにもないのが現状なのでしょう。

 

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 1968年のチェコスロバキアで興ったプラハの春と呼ばれる民主化運動は誰しも耳にしたことがあると思います。
 第2次世界大戦後の1948年、チェコスロバキアを併合した社会主義は、53年にはじまるノボトニー独裁政治でもって、長らく社会主義的停滞と欺瞞の中にありました。
 ようやくこの無能なノボトニーに変わって改革派の指導者ドゥプチェクが党第一書記にえらばれ、検閲の廃止、言論や集会の自由、市場経済導入の試みなどいまの私たちにとっては当たり前のことが推進されるようになりました。。
 この民主化と自由化の動きは近隣の社会主義国、東ドイツやポーランドの社会主義権力者達を刺激しました。そんな民社化運動をされると、今の北朝鮮のように民衆を踏み台にした秘密国家が維持出来なくなるからです。
 1968年3月、ワルシャワ条約機構首脳会議が招集され、ソ連のブレジネフ書記長を中心とする東側指導者達は、このチェコの改革者ドゥプチェクをはげしく批判しました。しかし、それにもめげずドプチェクは改革を進めました。
 チェコにおけるこの民主化と自由化への動きが「プラハの春」とよばれ、春江一也「プラハの春」集英社文庫、に結構忠実にはこの辺りの事情が書かれています。
 1968年6月になる とソ連の軍事介入の干渉がはじまり、これに抗して市民たちは「二千語宣言」を発表して民主化への支持を表明しました。
 宣言には、女子体操のチャスラフスカ選手の名前も見えます。しかし、8月18日、チェコスロバキアをのぞくワルシャワ条約機構首脳会議は、つまり周辺の東側諸国は軍事介入を決定しました。 1968年8月20日、ソ連軍を主力とするワルシャワ条約機構軍がチェコスロバキアに侵攻し、ドゥプチェクをはじめとする改革派の党幹部を逮捕しました。
 ソ連軍は無茶苦茶です。今のチェチェン侵攻を思わせます。
 抗議する市民に銃撃を加え弾圧し、多くの死傷者がでました。こういうロシアという国の体質には、チェチェン紛争や、2004年におこった北オセチア共和国での小学校占拠と大量殺戮に通じる残酷さがあります。社会主義という権力主義がもつ特性から来るものだと思います。ロシアを一方的には非難出来ない事情があるにしても、国家権力が一市民に対してに武力を行使することには反論の余地が無いと思います。
 8月26日、モスクワに拉致されたドゥプチェクは、改革の中止をとりきめる議定書に署名を強要され、チェコスロバキアではソ連軍の戦車のもとで改革派を排除し、翌69年に政権の座についたフサークはプラハの春を冬に戻したのです。チェコスロバキアにふたたび春がおとずれるのは、89年まで待たねばなりません。つい最近のことなのです。
 
 プラハのカレル橋で通訳のシルビアに聞きました。
 プラハの人々はロシア人のことをどのように思っているの?すると、幾分控えめながら、そりゃあみんなロシア人のことは嫌っていますわ、と答えが返ってきました。
 そのプラハの旧市街広場の市庁舎時計塔の前には、毎正時に人々が集まってきます。仕掛け時計の小窓が開いて骸骨がベルを鳴らし、十二使徒の人形が一人づつ現れるのです。この複雑な仕組みの時計が、15世紀に造られたというのですから、感心してしまいます。
 
 正月の旧市街広場は普段にもまして、このプラハ名物の天文時計が新年を告げる瞬間を見ようという大勢の人たちでごった返します。「プラハの春」に書かれています。
 人々は新年を迎えた瞬間、拍手とともに薄暗闇の中で持参のワインで乾杯し新年を祝います。そして誰彼となくキスをするのが無礼講となっていて、それを愛の告白の契機としようという若者達が多いそうです。また、乾杯して飲み干したグラスを地面にたたきつけて割ってお祝いをするのが習わしとなっています。2005年のプラハの新年ではどんな歓声が上がっているのでしょうか、  
    A HAPPY NEW YEAR !! 
 企業においても国家においても、自分たちの都合の良いように、人が人を密室の権力という武力行使で追いやらないことを願って・・・。
    プラハ・旧市街広場にて  (向かって左手が旧市街庁舎の仕掛け時計)

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