ベルギー

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写真 上から   暮れゆくグランプラスの空

         グランプラスの絵の夜店

         ホテルへの帰り道のウインドウ

         ホテルへ帰る石畳を行く筆者


 パック旅行じゃないというと、言葉が話せるからいいですね、とよく言われます。

一人じゃ行きたいけれど、言葉が話せないから行けないんだなぁといわれます。

確かに、言葉を流ちょうに話せたらどんなにか楽しいだろうかと思います。

でも、片言の英語とその国の数個の単語でも十分です。むしろそのほうが

とっても冒険的です。

 言葉とは、概念です。ですから一つの単語をとっても人それぞれに思い浮かべる

イメージは違います。本来あやふやなものです。

 言葉は、身振り手振りも立派な言葉です。声を発しないし単語がないので、非言語の言

語とでも言えると思います。大げさに言えば魂の会話です。

 日頃、企業の中で使われている言葉は、合理性に富んだものでなければなりません。

そこでは言葉はまったくの記号でしかなく、企業内人間はその企業のアイデンティティを

一つにするために統一された解釈が求められます。あやふやはいけません。

みんなが同じでなければなりません。間違っていると思っても、企業側のニーズに

合わせて解釈するという苦痛に耐えなければなりません。自分の解釈はありません。

この企業領域に限定された言葉に封じ込められた「生」は、本来の生を退化させるだけの

生であり、むしろ死んでいるといえます。あゆふやな非言語を密封して生きることは、息

苦しいときに魚が水面に出て呼吸するようなことが認められていないと言うことです。

 旅の楽しみは、この非言語にあります。あやふやで不安ですが、次から次へと

道が開かれていきます。かっと目を見開いてその行方を見つめていなくてはなりません。 
じつに楽しいです。日頃そんな風に言葉の行方を見つめることなんてありませんから。

 片言の英語と身振り手振りで普遍性を言い当てたり、あるいはとんでもない結果になっ

たり。それは生きているということに通じるような気がします。

決まり切ったお手本のような解釈の味気ない言葉を生きている日常にはない楽しみです。

 ブリュッセルのグランプラスの広場は夜になっても人が絶えません。

 ムール貝とワインでほろっとなって、夜の石畳の道をふらりふらりとホテルへ向かい

ました。途中何人かが声をかけてきます。何を言っているのかベルギーの言葉は

全くわかりません。でも、危険な人物かどうかは、言葉がわからなくても

危険じゃないということがわかります。言葉が通じなくとも通じるものです。

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 アントワープを流れるスヘルデ川の畔が夕陽で赤くなりかけたとき、一組のアベックがようやくその抱擁を解きました。どこの国でも、若い男女は希望に溢れているものです。
 自分にもそんな時があったのだと、忘れていた遠い記憶をたぐりました。
 
 小さな子供を連れた父親が、川岸に突き出た城壁への階段の前にいました。子供は、その上り階段を見て尻込みしていますが、父親は抱えて階段を駈けていきました。子供は足をバタバタさせていましたが、二人のじゃれ合う様子も遠い過去の中にありました。

 夕暮れが深くなりました。川岸の広場の人影はまばらになりました。
 
 一杯のビールを求めて細い路地の角をいくつか曲がりました。
 屋上からビヤ樽をぶら下げているレストランらしき入り口を見つけました。
 路地の向こうにノートルダム大聖堂の尖塔が見えます。

 入り口からは、階段が地下に続いていました。
 まだ店は開いていないのだろうか?真っ暗です。
 諦めて戻ろうかと、目をこらしていると、少し目が慣れてきました。奥に続く通路に小さな蝋燭が
 灯っています。
 ちょつと腰が引ける感じで進みました。
 とつぜん笑顔の小柄な黒人女性が小さな声でむかえてくれました。

 テーブルに着いてとりあえずビールメニューの中からトラピックスビールを頼みました。
 次第に暗闇の中で目が慣れると、何人かの客がテーブルについていて、それぞれ思い通りの
 ビールを飲んでいる様子がわかってきました。
 アベックもいましたし、腕を組んで考えにふけっている男もいました。
 ここは昔、ワインの地下貯蔵庫跡だということもわかってきました。
 
 何杯目かのビールのお代わりの時、黒人女性のウエイトレスに尋ねました
 「キミのいちばんおすすめのビールは?」
 彼女は、メニューの中の一つを指さしました。
 僕はすぐさまそれを注文しました。
 しかし残念なことに、そのビールの銘柄は忘れてしまいました。
 ちょっとビターで、なんだか日本酒のような感じでした。
 
 この黒人のウエイトレスは、とても小柄で静かな美人でした。
 容姿はソフィー・マルソーのようでした。
 言葉少なく、はにかむように、足音をたてず、しかしきびきびとしいました。
 
 忘れたビールの銘柄と彼女の笑顔が心残りです。今宵は少し飲み過ぎました。
 店の名前は、ペルグロム :Pelgrom
 いい店に出会いました。

 写真  上   ペルグロム :Pelgromの前
     中上  入り口
     中   店の中
   中下  グラスビール
     下   路地からノートルダム大聖堂がのぞく

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 地図を眺めていると、ふとオステンドという地名が目に入りました。
ブリュッセルから西へ、北海に面した小さな町。ドーバー海峡を挟んでむこうはすぐにイギリス。フランスの国境とも車で半時間ほど。ここへ行きたい、という衝動がありました。
 
ブリュッセルから列車に乗って終着駅オステンドに着いたのは午後でした。どうも、終着駅というのはなにか特別の駅のようで、人はみな「終着駅」ということばの響きに弱いのじゃないかと思います。
 降り立った町は、小さな港町だということがすぐにわかりました。駅を出るとすぐ入り江があって、そこには様々な大きさや型をしているヨットがずらりと係留されていました。
 
オステン市街地図に載っている聖ピーター&ポール教会とおぼしき尖塔が鉛色の空に突き刺さっていました。めざすドーバーの海まで1Kmほど。ぶらりぶらりと歩き始めました。ここは夏の避暑地のようで、シーズンオフの町はひっそりとしていて、盆踊りが終わったあとの公園のような空虚さが漂っていました。アルベルト一世通りに出て、そこの防潮堤を登ると、ぱぁーっと海が開けていました。北海だ!ドーバーだ。正確には、ドーバーは西南の海の方向。
 折しもその方向へ、ロンドン行きのフェリーが出港していくところでした

 季節はずれの浜辺には、それでも少しこぼれる太陽を求めてチラホラと散歩をする人たちがいました。子供連れの若い夫婦が乳母車をかつぎ、足下が危うい老人夫婦が腕を取り合いながら、そして水辺を素足で走る若いカップルが二組、ボンジュールと挨拶を交わしました。
 
もはやわたしにとってセンチメンタルなんて死語となったけれど、その時少女のような感傷が襲って来たことは告白します。
 ああ、ひとはなんのために生きているんだろうか、生き甲斐とはなんなのか?

上、オステンド駅舎。下、オステンド海岸ドーバー海峡方面
 

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ブリュッセルのグラン・プラスから横道を入った路地にレストラン「シェ・レオン」はあります。路地に所狭しと並べられたテラス席に陣取って食べたムール貝は忘れられない美味でした。白ワイン煮やトマトスープ味などあまりにも美味しいので三日もそのレストランに通いました。

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