イラン

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 奈良興福寺の「阿修羅像」を見たことがないという人は少ないと思います。しかし、天平6年(734)に創建された興福寺西金堂に安置されていたこの像が、遙かペルシャにそのいわれが繋がっていると言っても俄にピンと来ないに違いありません。
 わたしは日曜日の午後などにぶらりと奈良公園に出向きますが、この像を見るたびにペルシャへ想いが馳せるのです。
  阿修羅とは、梵語のアスラ(asura)。
 すでに、インド最古の文献「リグ・ヴェーダ」に出てきています。「リグ・ヴェーダ」は紀元前1500年頃、インドにやってきたアーリア人によって伝承されてきた宗教文献です。このアーリア人は、カスピ海のあたりから西と東に移動を始め、西はヨーロッパ、東に流れたものがイラン人とインド人になったのです。
  そしてイラン(ペルシャ)には、ゾロアスター教(拝火教)というのが興って「アヴェスター」という宗教文献を残しています。この文献の中にも「アスラ」の原型が出ています。
  
 ゾロアスター教は、善と悪を考えます。善、生命、光、真理などは善神アフラ・マズダが司り、悪、死、闇、虚偽などはアーリマンが司ります。
 この世の中に現れている人間の行為は、このアフラ・マズダとアーリマンの抗争の姿に他ならないとします。
 人間は善行、悪行ののち、死後には肉体は滅びるが魂は不滅で、善行の多いものは天国に行けるが悪行のものは地獄に落ちてしまうと言います。
 善悪の抗争は、最終的には救世主サオシュヤントが現れて、悪が滅んで、すべての死者を蘇らせて悪のない善の世界がやってくるとします。キリスト教における最後の審判と同じ構図がここに既に顕れています。
  ゾロアスター教のアフラ・マズダは光の最高神で、アフラは、アスラ(阿修羅)のことです。アスラはインドに入り、光明仏ヴィローチャナ→ヴィロシャナ→ヴィルシャナ、すなわち毘廬遮那仏(びるしゃな)、宇宙仏大日如来に繋がり、大乗仏教や密教にも大きな影響を与えました。
 また、ゾロアスター教は、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教の考え方にも思想的に大きな影響を残しています。
  ペルシャ(イラン)は、7世紀にアラブによってイスラム教に征服されました。それまでは、概ねゾロアスター教の国でした。
 現在では、ヤズドという沙漠の町を中心としてゾロアスター教徒が住んでいます。イラン国内全体でも、わずかに5万人程度です。ヤズドの町はずれにある「沈黙の塔(ダフマ)」だけが沙漠の中で静かに過去を振り返っています。
  普段は誰も訪れる人もいない「沈黙の塔」の上に登り立つと、否が応でも生と死について考えさせられてしまいました。
 時間は流れているのか、そもそも時間は流れいるものではないということがよくわかります。
 因果とか輪廻とか縁起、未来永劫に全く同じことを繰り返しているなら時間は流れているとは言えません。テープレコーダーの繰り返しは流れているようで止まっているとも思えます。
 生と死の繰り返しの分かり切ったこと、しかしわかりきっていてもはじめて死に近づく一人の人間にとっては意識したくないことではあります。
 
 必ず「死」は誰にでも訪れます。今生きているから明日も生きているという憶測で生きています。考えてみれば楽観的といえるのかもしれませんが、明日交通事故で死んでしまうかもしれません。死んだら「無」なのでしょうか。でもいちいちそんなことを考えて生きてはいてられません。
 
 生まれてきた以上必ず死にますし、生きている以上悩みや様々な不幸から逃れることはできません。
 「沈黙の塔」に登って考えました。
 時間は流れていないのだから、俺がワシがと、いつまでも「我」にとらわれないで静かにこの存在を捉えていきたいと思いました。
 
 昔から人間の究極の深刻な問題は、「死」でありました。太古より「死」をみつめて深く考えたところに宗教という思想が発生したのだと思います。だから古い遺跡は、そのほとんどが宗教施設で「死」と直面した人間の足跡です。
  「沈黙の塔」とは、ゾロアスター教における死者を弔う儀式の「鳥葬」を行うところです。魂の抜けた肉体は、タダの器に過ぎなくて、それは禿鷹が持って行ってくれるものなのです。
 魂の抜けた肉体はただの入れ物に過ぎなくてなんの未練もないのです。
 人間は善行、悪行ののち、死後には肉体は滅びるが魂は不滅です。
 山の上まで死者を運び上げて、ハゲタカを通じて自然へ帰します。
  
 そもそも阿修羅には、太陽の神、光の神、闇と戦う神という根源がありました。魂を天国へ導いてくれます。ゾロアスター教の神様です。
 その後時代とともに悪神のようなイメージにもなっている場合がありますが、興福寺の阿修羅には、まさに光と希望を感じさせる初々しさがあります。
  
  写真・上、イラン・ヤズド 「沈黙の塔」この上で鳥葬が行われる 
     中、「沈黙の塔」の上からヤズドの町遠景
     下、町の建物にて

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小さい頃から世界地図を眺めるのが好きでした。
その頃は、朝から晩まで飽きずに地図を開いて空想に耽っていました。
小学校から中学校になって、新しい中学校の教科書を買ったとき、中学校の「地図帳」のその詳しさに感動したものです。すごいの一言でした。
ほかの教科書はそっちのけ。ときめく思いで立派な地図帳の頁をいつまでもめくっていたものです。

 世界地図を眺めていると目に付くところがいくつもあるものです。変わった岬のかたち、湖の形、離島、伝説の海(サルガッソ海のトライアングル)砂漠の中の町などなどいくらでもあります。
 そんな一つに「カスピ海」がありました。いかにも大きな湖は誰でも目に付くに違いありません。ユーラシア大陸の遙か西方、世界でいちばん大きい湖です。面積は374,000 km2(日本の面積は377,835Km2)。海と湖の両方の特徴をあわせ持っているため、海とするならば世界で最も小さな海になり、湖とするならば世界で最も大きな湖となります。しかし、地図の上では明らかに陸に囲まれた「みずうみ」として、小さい頃から今日まで行ってみたいところの一つでした。

 湖畔には、波が打ち寄せていて、対岸は当然ながら遠く見えず、遙か向こうに大きな汽船が浮かんでいました。結構荒い波が打ち寄せる防波堤では釣り人が二人いました。波にぬれながらも竿を振っていて、戦果を見せてもらおうと近づいて覗きこみました。どうやら坊主のようでした。かれらき笑顔で手を横に振っていました。

 イランの西北部、すぐそこにアゼルバイジャンの国境がある町バンダレ・アンザリーからモーターボートでカスピ海の沖に出てみてると、ロシア軍のものと思われる船が数隻、不気味に浮かんでいました。今は石油採掘などをめぐってこの湖を取り巻く国々の思惑が何かと話題になっています。水の中に手を突っ込んでその味を試してみると、そこでは全然しょっぱくありませんでした。
 
イランなどイスラムの国はアルコールは御法度です。かたく禁じられています。
 私のような飲んべえには、イスラム諸国を行くときはかなり辛い思いをします。せっかくのご馳走にありついても、ビールもワインもなんにもないのですから、なんとも味気ない食事となります。
 
 通訳兼ガイドのジェフに、ビールが飲みたいと、何とかならないのかと、ずっとおねだりしていました。
 すると、この辺りでは、ロシアの密輸品があるかもしれないと・・・・。
 ええっ、密輸品!?
 彼は、携帯電話で誰かと連絡をとって、私にビールを探してくれました。
 
 救命胴衣を着せられて、言われるままにボートに乗って、カスピ海の入り江の潟の合間を走りました。
 すると、屈強な男達のボートに出会いました。
 彼らは、葦の陰で我々を待っていたのです。
 500mlの缶ビール、日本円にして一本あたり1,500円なり。
 彼らから缶ビールを三本仕入れることができました。
 ヤッホー、これで今晩の食事はうまいと思いました。
 しかし、ジェフは、ここで飲んでしまえと言います。
 ええ、ここで?このボートの上で?

 ホテルに持ち帰って見つかったりすると大変なことになるからだと言う。
 わたしは、慌ててボートの上で、ゴクゴクと飲みました。なんとも浅ましい飲み方ですが、それでも久しぶりのビールの味。グビグビグビ、ウッハァー、ふぅー!
 口を拭いながら、缶ビールをしげしげと見るとそれはデンマーク製。
 
 イランとロシアとの国境、カスピ海の上で漂いながら、デンマークビールをこっそり飲んでいるわけです。おかしくなって笑ってしまいました。ジェフも嬉しそうに喉を鳴らして飲んでます。
 わたしは、親指を立ててジェフを讃えました。彼も親指を立てて片目をつぶりました。
 ふたりで高笑いです。
 飲み干した空き缶は、ジェフが足で踏んづけて小さくぺしゃんこにして、ビニール袋に慎重にしまい込んでいました。一気飲みのように飲み干すと、歸りのボートの揺れが酔いを倍増させてくれました。


 幼い頃からのゆめ、世界地図上で気になる「かたち」の一つ、カスピ海。
 いま訪れたのだとの満足感に満たされました。空はまっ青に澄んでいて、モーターボートがスピードを増していきました。
 (写真・上、カスピ海の畔。中、入り江をモーターボートで。下、潟の葦の中で

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日本人には、とんと縁のないイスラム教ですが、イスラム教徒は世界で13億人います。

ちなみにキリスト教徒は、20億人、仏教徒は3億5千万人、ヒンズー教徒は8億人、そして儒教、道教

などの中国民間信仰は4億人弱となっています。

イスラム教は、インドネシア、中国西域、中央アジア、トルコ、中近東全域、アフリカの北半分とかなり

広い範囲に分布布教されています。

世界で大きな勢力を持つイスラム教は現在も、その信者数を他の宗教とは比較にならない速度で増やし続

けています。

イスラム教は仏教やキリスト教徒同じように、その中ではいろんな派に別れています。しかし、大まかに

はスンニ派とシーア派と分けることができますが、大多数はスンニ派です。というより、シーア派はイラ

ン一国だけといってもいいのです。イラクやサウジにもシーア派はいますが、その数は微々たるもので、

インドネシアからアフリカに至るまでほとんど全部がスンニ派です。イスラム教は全世界で、その80%

以上がスンニ派なのです。

イラクは当然、スンニ派の国でした。シーア派は微々たるものでした。しかしいまイラクではシーア派が

主導権を握っています。スンニ派のフセイン大統領に対する反動から、少数派のシーア派が浮き上がりま

した。

80%以上の多数派のスンニ派は面白くありません。ですからテロが起きているのです。

イランは、世界で唯一のシーア派の国です。

昨日こともあろうか、イラクのタラバニ大統領がシーア派のイランのアフマディネジャド大統領に、イ

ラク国内の内乱をどうにかして欲しいとテヘラン訪問しました。

これを見て、大多数派のイラク国内のスンニ派が黙って収まるはずがないと思います。ますます火に油を

注ぐようなものです。

イランとしては、版図拡大の好機と写って居るんじゃないでしょうか。

そういう構図なんです。ますます泥沼化して殺し合いがエスカレートするでしょう。

しかしいつもそうですが、何も知らない子ども達は犠牲になるしかないのです。

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 イスラム諸国は、日本人にはなじみが薄い国々です。イスラム教と聞いただけでアレルギーとまでいかなくともなにか異端の宗教のように思う人がいるようです。
しかし、宗教はみんな同じで、その心は人の心にかかわる救いの教えです。仏教もキリスト教もマニ教もユダヤ教も同じ宗教です。死とは何か、幸せとは何か、しかし煩悩を断ち切れない、だから生きることの意味とは何か。どうすればいいのかという、人間の存在の疑問にどう考えるか、いかなる意味を見いだすか、そこに宗教の存在理由があるようです。
 人生、あとが短くなっていくにつれてそんなことを考えることが多くなります。「宗教なんて」と聞く耳持たず、ではなにかを忘れたまま死んでいくことになりそうです。宗教は思想ですから、すこしは考える葦として生きることも必要じゃないでしょうか。なにかの宗教団体に入るとか、信心するとかじゃなくて、人間存在の神秘に触れてみるようにしたいと思っています。
 イスラム教は世界最大の信仰者をかかえ、多くの西欧諸国はキリスト教、地球上の大多数の人々がなんらかの形で宗教をもっています。無信心で無宗教のわたくしには、いまだに信じるという境地が理解できていません。
 イスファハーンのザーヤンデ川の畔には緑のベルトが続いていて、そこではピクニックの弁当を開いて唄ったり踊ったり、日本の都会では見なくなった光景です。楽しそうで屈託のない人々の笑顔が印象的でした。
(イスファハーン・スィー・オ・セ橋のたもとにて)

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