モロッコ

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 エルフードは、1917年にフランス人の駐屯地として造られました。

 今ここは、サハラ砂漠の観光の町として有名です。

 ここからサハラ砂漠まで、ランドローバーで走ります。

 早朝、いろんな国から来ている観光客が一斉にサハラに向かいます。

 一時間半くらい走りますと一面サラサラの砂の世界。

 ああ、サハラなんだ、と感激です。

 ここで誰しも思わずにいられないのが、「渇き」です。
 
 それでも人は住んでいます

 水はどうしているのだろうか、という素朴な疑問につきまとわれます

 地球上の至る所、どんな場所にも人は生きています

 まさかこんなところで、と思うようなところでも人に出くわします。

 人というのは凄い生き物です。

 砂漠の山を登っていると、頼みもしないのに近寄ってきて、荷物を持とうとしてくれる

 トアレグ人。

 もちろんチップ目当てです。

 
 片言の英語とフランス語で尋ねました。

  どこに住んでいるの?どこから来たの?

  左手をかざしながら、彼は片言の英語で、右手で砂の地平線を指さし自分の村の名

  前を言いました。

  そこは、ここからどれくらい遠いの?

  セブンティキロメートル。

  ええっ、70Kmもあるの!!

  イエス!

  もちろん歩いてきたんだろうね?!

  イエス!

  チップ目当てといえ、そんなに遠くから毎日往復しているときくと、やはりチップを

 はずまないわけにはいきません。こんな果てしのない砂漠の中をいったいどうやっ

 歩いてくるのだろう。次から次へと疑問がわいてきます。

 真っ黒な手の甲に比べて、真っ白に見える手のひらにコインをのせてやると、

 そのうれしそうな白い歯が純粋なこころの色に見えました。

 砂山に座って彼と少し話しました。

 彼らにとっては、日本人観光客はあまりうれしくないそうです。

 なぜ、と聞くと、日本人はチップをあまりくれないからだという。

 そうだろうと思いました。日本人にはチップの習慣がないから、なにかお金を

 とられるように思うのだと思います。

 その点、西欧の人は苦もなくチップを渡します。

 日本人観光客は、チップを請求されると、なんでやねん、と怪訝な顔を

 します。そしてしぶしぶ、いかにも渋々財布の中の小銭をこそこそと探します。

 相手に財布の中をのぞかれないように背中を向けて身をかがめて小銭を

 ほじくります。

 習慣の違いとはいえ、よく見かけるなんとも言えない失礼な日本人の姿です。

 彼にチョコレートをすすめました。

 サンキューといってそれを口に放り込みました。

 そしてお互い立ち上がって、どちらからともなく手を差し出して、かたい握手を

 したのです。さわやかな若者でした。

 写真・上から

          砂漠を行く観光客用らくだ
    
          果てしなく続く砂の世界

          テント暮らしの砂漠の民

          エルフードからサハラ砂漠までランドローバーをぶっ飛ばす

          エルフードのホテルには不自然に思える寂しいプールがありまりま          した。イスラムでは女性が肌を見せるのは御法度ですから。

 

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アフリカの北西、モロッコはサハラに通じる国です。

マラケシュを出てサハラ砂漠に向かうには、アトラス山脈を越えていきます。

その途中、ティシュカ峠へは険しい山道がくねくねと続きます。

途中冷え込んできて白いものがチラホラ。やがて峠に着くと、なんと辺りは真っ白。

 一面が雪に覆われていました。

 アフリカで雪?

 サハラへ向かうのには、温度も精神的にもあまりにも落差が大きい。

昨夜、マラケシュのジャマ・エル・フナ広場の喧噪に酔ったことが嘘のような広漠とした

風景が目の前に拡がっています。

空気が冷たい。モノトーンの世界に身震いしました。

さあ、ここを超えればサハラ砂漠なんだ。

 峠に座っている老人は身動きすることなく化石のようにじっとしているばかりです。

考えてみれば、僕たちの日常でこの老人のようにじっと何時間も時をやり過ごすことなん

てあるだろうか。じっとしていることは、いやじっとできることはごく自然なことであ

る。瞑想する僧のように時を噛みしめ時が「今」に集まってくる。

どんどん時間が止まっていく。時間のない「今」だけの世界へ向かうのだ。

ティシュカ峠から、遙か彼方のサハラを望めば、悠久への時の大いなる震えを感じるので

した。

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カサブランカから車で一日かけてフェズまで走りました。
 フェズというと、世界一複雑な迷路の街で有名です。
 町の中を歩いてみました。
 確かに、くねくね曲がっていたり、突然三叉路や五叉路が現れたり、急に道が細くなってすれ違うのが精一杯だったり、上がったり下ったり。
 また、暗いトンネルのようなところでは、足下がどうなっているのかわからないで思わず早足になります。
 薄暗い戸口には、ジュラバの住人が一様にこっちを向いています。
 
 所々に、パァーッと開けて明るい広場があります。
 そこでは、ご多分に漏れず子ども達がサッカーに興じています。狭い路地の一角にある猫の額のようなところでも、この国ではサッカーが大人気です。
 この街ができて以来、陽が当たったことがないのではないかという湿気た路地裏には、異臭の水たまりがあります。それらを小股で飛び越えながら歩き続けました。方向感覚などとっくに失せてしまいます。、まさに噂以上の迷路の街です。
 イスラムの国はどこでも、モスクを抜きに語れません。ブー・ジュルード門をくぐってメディナの中に入るとそこはバザールの路地が続きます。そして、所々にモスクがあって、それは日本の村々に必ずある神社のようなもので老人達のおしゃべりの場所にもなっています。
 敬虔な祈りを捧げる老人の後ろ姿を見ていると、イスラム世界も我々の世界も同じ弱い人間同士なんじゃないか、祈る姿は同じじゃないか、と思います。人はなぜ祈るのでしょうか。
 祈ることなく生ききる人なんているんでしょうか。神なんて、仏なんて、基督なんて所詮は・・・・、といくらうそぶいてみても人は大いなるものを感じて祈らずにいられなくなります。
 思わず天を仰いで、わらをも掴む思いで何かに祈る、そんなことって誰にもあります。
 モスクに祈る老人達を見ていると、私たちのように何かが起こったときだけ、あぁ神様ほとけ様!と祈るんじゃあ申しわけないなぁ、と思います。まさに困ったときの神頼み。
 
 世界はなぜいま、イスラム世界と軋轢があるのか、それは多分に西洋科学文明のせいだと思います。
 日本は、明治維新以後、この西洋科学をいちばんの神様として功利的にやってきましたが、本来日本にある伝統的な自然崇拝の風土の持つ「大いなるもの」を忘れてはいけないと思います。
アメリカ的な合理的解釈だけで人の心が左右されるとは思いません。
  
 (写真)
上・ フェズのまち遠景。屋根の上はパラボラアンテナで満ちていました。僭越ですが、アサヒカメラ4月号で「パラボラアンテナ」と題して次点に入っています。
  中・ ブ・ジュルード門(白い帽子を被っているのが小生です(笑))
  下・ 迷路の街中にて
 

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サハラの民は、風のように砂の上をサクサクサクと歩いていました。まっ青な衣装のトゥアレグ人とジュラバがお洒落なベルベル人が、片言の英語とフランス語で話しかけてきます。「「ジャポネ?」「ウイ」
  トゥアレグのその青年は、70Km先の村からやってきたという。やって来たと言うよりは、自分の町内の範囲だとでもいうふうにさりげなく言いました。
  彼の指さす方に手をかざして仰いでみても、果てしない砂の荒地が地平線まで続いているだけでした。どうしてこんな砂中を歩いてきたのだろう。まあ、1Kmも歩けば方向感覚を失い、砂にうずくまって一巻の終わりとなるでしょう。
 それにしても、人というのは何処にでも住んでいるのだなぁとぼんやりと思いを巡らせました。
 カンボジアのトンレサップ湖の畔には水上で暮らす人たちがいました。
 何でもかんでも水の上にありました。学校も、教会も、市場も水の上に浮かんでいました。それらの間の水路を人々は小舟で行き交っていました。スクールバスならぬスクール小舟に乗った子供達の笑顔に屈託はなく、大人達はすれ違いざまになにやらぺちゃくちゃと早口で言葉を交わしていたときの笑顔が印象的でした。
 パミールの高地では空気が希薄で、ちょっと走るだけで息が苦しくなるのに、人々は平地を駈けるように平気に羊を追っていました。紫外線がきつく人々の顔は一様に真っ黒で、異様に白く輝く歯がいい笑顔をつくっていました。
 カラクリ湖の畔で騎馬戦に興ずる人々の笑顔にもなんの屈託もありませんでした。
 氷に閉ざされた北海の極寒の地や枯れきったタクラマカン砂漠やゴビ砂漠、至る所で人々は喜怒哀楽に対して素直に生きています。それらからしますとわたしには、東京砂漠の喜怒哀楽は少し変質を来しているように思えます。
 過酷な自然の中で神に祈ることだけが彼らの仕事ですが、お金を拝むだけの都会砂漠のありようとの違いが対照的です。心を預けるものがある彼らに羨望を覚えました。
 人は、そこに生まれればみんなそれに順応して生きているのです。自然の過酷さは比較の問題で、他を知らなければ知らないで日常が過ぎていくものです。
 人間は、自分と他者を比較することによって様々な罪を重ねます。残念なことに人は比較する存在です。比較は罪の根源だと思います。
 トゥアレグ族の青年は、わたしのカメラを示して「ニコン?」と尋ねました。このようなところでも日本製品は有名です。しかし、彼がカメラをうらやんだり欲しがったりしているようには見えません。
 うらやむという段階の問題ではないのです。わたしとの比較の段階ではないのです。
 比較を超えた価値観の世界なのです。ですから、彼らとはたいへん純真な気持ちで接し合うことができるのです。
 ところで、トゥアレグ族のことは、小さい頃読んだ、山川惣治の「少年ケニア」という絵本以来ずっと「トゥアレグ」が頭の片隅にありました。いま、まさかですが、彼らに出会ったのです。
 彼らにはいまだに都会人のもつ高邁な敵意や悪意は全く感じられません。彼らの興味は10円ほどのチップとひとかけらのチョコレートだけなのです。小さな欲望です。
 人間の欲望についてつい考えました。欲は東洋の命題です。人間のさまざまな欲望とその歴史について考えました。欲望を滅することはできないのでしょうか。トゥアレグの欲望なんて、昔の日本人ほどに謙虚なものでした。

 砂漠に太陽が昇りはじめて深々とした寒気から解放されだしたとき、わたしは本当の朝を見ました。黒い塊の砂山がまっ赤に照らし出されはじめて、それがオレンジ色に変わり、そして白く輝いていく。
 時間にすればあっという間のことです。実に美しい。しかし彼らにとっては美しさは灼熱の始まりです。
 そしてすっかり明るくなったとき、180度見渡しても、砂以外になにもないことに改めて感心したのです。言葉など何も出ません。
 行けども行けども砂以外に何も見えません。こんな所にも人は住んでいるのだ。
 新しい曙光を浴びて、トゥアレグとベルベルの民がにっこりと笑っていました。
                                  サハラ砂漠の民

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