カンボジア

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 密林の中を走っていると、薄暗く長いトンネルの中を走っているような錯覚に陥りました。
 そんな気持ちと珍しい景色への好奇心で一時間ばかり走り続けたら、あたりがなにもかも赤くなってきました。走っている道路も転がっている石ころも、木の幹さえ赤く見えました。車が巻き上げる道路の砂煙も赤いのです。実際に何もかも赤なのです。
 いよいよ目的地は近いようです。
 
 三頭の象が材木を運んでいたところで車を止めました。。 
 降りるとそこが目的地の入り口でした。
 道路から少し入ったところに赤茶色の神殿がいきなりあらわれて驚嘆しました。
 赤い神殿、パンティアイ・スレイです。
 このあたりの赤い砂岩質の地質が神殿の神秘性を増しています。赤いのはこの赤い砂岩質の土地の性です。神殿の入り口の石積みの門も道路もいたるところ赤一色。
 密林の奥の赤い空間。こんなところにこんなに立派な建造物があるなんて驚き以外の何ものでもありません。
 ここが栄華のころ、人々が行き来していた頃はどんなであったのだろうか、往時のことを想像しましたが想像がつきません。
 こんなに美しくすばらしいものが、今は廃墟になってしまっているのです。なにものも永遠では無いのだということをとても残念に思いました。諸行無常です。
 考えてみれば、人類は建設と破壊の繰り返しです。密林の奥、このロケーションでは栄枯盛衰の無常を感じないわけには参りませんでした。
 廃墟は人間の歴史そのものです。

 人生は、浮いたり沈んだり、泣いたり笑ったり、と唄の文句にありますが、まさに言い得て妙です。浮いてばかり居られるものではなく、沈んでばかりいるものでもありません。いいときもあれば悪いときもある。歴史はまさに浮沈の繰り返しでしか有りません。

 この世の中で起こっていることは、平和と戦争の繰り返しであり、生まれる人と死んでいく人との繰り返しです。右にぶれたり左にぶれたり、そしてその都度おこる反作用の歴史です。
 闘争、諍論、悲しみ、出会い、別れ、憂い、傲慢、悪口などの中で、人はいつでも右往左往しています。楽しくとも悲しくとも、人はいつでも心からそんな苦しみから永遠に訣別できない運命なのでしょうか。その証拠に、悲しすぎても、あるいは幸せすぎても、人はもうこれで死んでもいい、と思うものです。そういうことに動じないではいられないのが人間なのでしょう。

 絶頂期である時は、いつまでもそうあり続けたい、諍論に勝ち続けたい、そういう気持ちが時に詭弁を使った解釈競争に人を走らせます。
 自己顕示欲という欲望や、自分は彼より優っているという誤解が人を人を差別し抹殺してしまいます。 そうしなくては収まらない欲望、自我の突出を理解はしていているのですがどうにもとまらない。
 それで得た快感は、しょせん、束の間の自己満足でしかありません。むしろそれは根底では「苦」として沈殿堆積していきます。束の間の自己満足をもっと長く続けたい、安定的に固定化したいという欲望がますます苦しみを生みます。

 古来中国の独裁皇帝が、自分の栄華を続けたいと思い、そしてそのために今度は寿命との戦いでした。 究極の欲望です。秦の始皇帝は、不老長寿の薬を求めて日本に徐福を遣わした話は有名ですが、始皇帝の苦痛は大変なものだったでしょう。

 ありのままに体得し、事物の絶対的な存在の空しいことを知るならば、これらの苦しみから抜け出せるのだと「龍樹」は言いました。

 「怒りを捨てよ。慢心を除き去れ、すべての束縛を超えよ、名称と形態有るものに執着せず、無一物の人には、もろもろの苦しみ襲うことなし」(ダンマパダ(法句経))

 カンボジア・ パンティアイ・スレイ北祠堂の「東洋のモナリザ」。(写真)
 アンドレ・マルローがこのジャングルの中に彫られた女神像に感嘆してそのように名付けました。

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