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その日も、朝早くから宗教画を求めて歩き回ろうと意を決していました。 まずはギルランダイオ。 その前に、ホテルの近くのカフェーで目覚ましコーヒー。 しかし、イタリアには圧倒される。宗教画の氾濫です。この数日、頭の中が 宗教画で何が何だか分からない始末です。 それでも、とぼとぼ、うろうろ、フラフラと、薄暗い路地を通り抜け、 このあたりかなぁと探し歩いて、お目当てのものとご対面したときは うれしい気持ちになります。 この方角のはずだと見当をつけて路地に入り込みました。 すれ違う住人が、ジロリと見つめます。 チャオと声を掛けると、その目つきが突然柔らかくなり、チャオと返事が 帰ってくる。 サンタ・トリニタ教会は、すぐに見つかりました。 フィレンツェのゴシック様式だということです。 入り口では、ショートパンツやノースリーブの入場をチェックする人が居て そんな人は入場を断られていました。こういうチェックはどこにでもちょくち ょくあります。厳格で毅然としています。 日本人の若い女性二人が断られていました。新宿や渋谷で見かけるあの格好 の女の子達です。 日本人がそのように断られているのを何度か見たことがあります。 日本人は何かを失っているような気がしています。 時と場所や慣習や礼儀、道徳。 その点、キリスト教的道徳や節操がある西洋人となにもない日本人ははっきり と違います。 ギルランダイオのフレスコ画「聖フランチェスコの生涯」「牧者礼拝」 は美しく輝いていました。 聖フランチェスコは大好きな聖人です。
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コペンのイングリッド
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さいわい列車はすぐにありました。 険しい表情のイングリッドにかける言葉がありませんでした。 旅先での思わぬ展開に僕は、なるようになるさと流れに身を任せました。 人生は行きっぱなし。 旅がおもしろいのは行きっ放しじゃなくてはならない。やがてもとの日常に 戻れるという安心感のある旅行は旅じゃない。そのように言うと、行きっ放し の旅ができるなんて羨ましい。だれでもそうしたい、と言う声が聞こえそうだ がそれがまたそんなもんじゃないのです。 イングリッドがか細い声で、僕を見上げました。 「ごめんなさいね、きょうはヘルシングーアをたっぷり案内しようと思って いたのに、できなくて。夜はわたしの家でシャンパンも用意していたのよ。本 当にごめんなさいね」 「何を言っているんだい。シャンパンはいつでも飲める。それより今はお父さ んのことがいちばん大切なんだ。不思議な気がするよ、きみとこうして列車 の中で向かい合っていることが。旅は非日常だね。まさに」 「父はだめかもしれないわ。電話ではとても深刻な様子だった」 そう言って彼女は涙を浮かべていました。ふたたび僕はかけるべき言葉を見 失いました。窓の外は来たときの景色の反復。でも、太陽が高く昇っていて、 その光は冷たくよそよそしく輝いていました。 (↑ヘルシングーアの裏通り) しばらく沈黙が続きました。彼女から何か言ってくれないとこの沈黙は コペンハーゲンまで仕方がないかな、と覚悟を決めていました。 「人はいつかは死ぬのよね。父だって、わたしだって、テッセンだって。何の ために生まれてきて、何のために生きて居るんだろう」 イングリッドが窓の外の遠くを見つめて呟きました。 「誰だって人の生死に臨んだときには、そんな風に考えるものなんだよ。とく に人の死を目の当たりにしたとき、、生きる意味について考えてしまうものな んだよ。人生は旅さ。それは行きっ放しの旅なのだ。明日の予定がたってい ない旅なんだ。 だから過去には戻れない。旅行なら出発地が終着地であって、はじめから 行き着くところが分かっている。戻ることができるという安心がある。しかし 人生の終着地は出発地ではないんだ。だから人間はそういう不安に生きてい て、その不安が誰かの死に出くわしたときに突然顔を出すんだよ。そのくせ普 段はそんな不安のことなどすっかり忘れているんだね。だから、あまり考えな いで今はお父さんのことを祈るしかないんじゃないかな」 車掌の検札が来ました。ヘルシングーアに向かっているときの同じ女性の車 掌さんでした。その車掌さんが満面の笑みで僕に話しかけました。でもデンマ ーク語なのでわからなくて僕が何かを言おうとすると、イングリッドが英語で すかさず通訳してくれました。 「もう帰るの?」だって。 「ああ、人魚姫を迎えに来ただけなんだ」 とイングリッドに通訳を頼みました。 デンマーク語でなんと通訳してくれたのか分からないけれど、車掌さんの 表情からは僕のジョークが伝わったようには見えませんでした。デンマークの 英雄、アンデルセンでシャレたつもりだったのに。 「あなたの夢の話しだけれど、・・・」 彼女は気を紛らわそうとして話題を提供してくれました。 「ああ、言ってよ、何を言ってくれてもかまわないから」 「居場所のない不安感なの。生きている意味を見失ったとき、心が膨張して 許容量を超える。そして破裂しそうになって、また縮む。その繰り返しの中で 焦燥感がアクのように湧いて出て、そして訳の分からないパニックに陥る。 いろいろなケースがあると思うけれど、パニック症候群かもしれないわ。あな たがそうだとは言わないけれど、その傾向にあることは確かだと思う」 「居場所がない・・・」 僕は、言われてみてまったく居場所がないことに気がついたのです。 自分の得意分野の話しで少しは気が紛れたのか彼女は続けて言いました。
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ハイデガーやヤスパースなど、無神論であるかないかに関係なく、「存在」を |
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信仰しているものがある人は羨ましい |
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「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。新約聖書 ヨハネによる福音書1章1節」 |



