コペンのイングリッド

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 写真 コペンハーゲンのバスに乗って


 僕は残念な気持ちでやり切れませんでした。

 でも、きのう彼女がアメリエンボー広場にてね、と言って去ったとき、彼女

がどれだけその約束について思って僕に言ったのか、そのとき限りのバイバイ

の軽い気持ちで言ったのか、そのことについて疑心暗鬼になりました。

 でも、ただのバイバイなら、具体的にアメリエンボー広場とは言わないだ

ろうと自分を慰めたり、いやいやなにか急な用事ができたんだろうと、いろい

ろと善意に思いを巡らせました。

 考えてみれば、僕は行きずりの東洋人。彼女は、その東洋人の珍しさに

声を掛けただけ。彼女には何の他意もないのに、僕の勝手な思いこみ

でこうなったのだと、自分を言い聞かせるようになっていました。

 たまたま、待ち合わせ場所に彼女が来なかったことで、僕が一途に彼女

への思慕が募っただけで、もともとなんにもありはしなかったのだ、と自分

を落ち着けようとしていました。来なかったと言うことが、勝手に期待を

膨らませたのだと自分を納得させて、アメリエンボー広場をあとにしました。

 時折、冷たい雨が襲ってきます。北欧のこの季節では仕方がありません。

 僕は、コペンハーゲン中央駅行きのバスに乗りました。バスに飛び乗ると、

その中の暖かさが一気に僕を開放的にしました。なんてことはないのだ。いつ

もの僕で居ればいいんだ。なにか勘違いがあったようだ。僕にしては、ちょっ

した出会いなのに随分空想を逞しくしてしまったようだ。男はいつもそうなん

だよなぁ。空想なんだと思い、そしてこれが現実なんだ、空想なんだ、と深呼

吸すると開放的な気分になったのです。

 僕はすっかり諦めて、ストロイエの入り口、ルイ・ヴィトンの店のあるとこ

ろでバスを飛び降りました。ストロイエとは、コペンハーゲンの中心部を貫く

歩行者天国の繁華街です。ヨーロッパでも大規模なものとして知られていま

す。

 忘れようとしたのですが、バスの中でも、ストロイエのエスターギャーゼ通

りでも、やはり僕はいつのまにか彼女を探していました。そんなところに居る

はずもないのに、僕はついつい探しているのでした。そんな自分に気がつくた

びに、頭をふりふり、でも期待しつつ、そんな自分のばかげた繰り返しに僕は

何かがおかしいと改めて決意したのでした。

 いつもの自分じゃない。考えてみれば、どうってことのない出会い、よ

くある勘違い、なにを考えているんだオマエは、というわけですっかり忘れよ

うと思いました。何度もそう決心しないといけない始末でした。

 ストロイエにある聖霊教会を通り過ぎたとき、ガッチリとした白いチェアー

が気に入ってそのカフェに座りました。というより、彼女と同じ亜麻色の髪を

した女性がビールを前にして雑誌を読んでいたからという方が正しい動機で

す。ビールを一杯飲むのに20分。溜息を何度かしたあと席を立ちました。

 歩き疲れて仕方なく、夕食まで少し時間があるのでいったんホテルに帰って

シャワーを浴びることにしました。

 僕のホテルの名は、「マーメイド」。名前が気に入って日本からインターネ

ットで予約しておいたのです。でも、マーメイドというコペンらしい名前のイ

メージと違って、メルヘンチックなところは全くなし。全体的にかなり安普請

です。

 廊下を歩けば、床がゆるんでいるような感じで、みしみしと音がします

し、部屋と廊下との壁は戸板張りのような感じでちょっと不安。当たり前と言

えば当たり前。宿泊費がとても安いのでした。一つだけいいことは、朝食のパ

ンがメチャクチャ美味いのです。日本にいるときには、あまり進まない朝食

も、ここではもう少し食べようかなと手が伸びます。

部屋に戻って、ベッドの上で本を広げて夕食のレストラン探しをしていると

きに電話が鳴りました。

 瞬間に、なぜか、彼女かな?と思いました。




 

 







 













 

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写真 コペンハーゲン市庁舎 


 群衆を抜け出したところで状況はなにも変わらないことに気がつきました。

群衆の中にいても外にいても、イングリッドの捜索は不可能です。この儀式が

終わって群衆がそれぞれ帰って行くのを待ってみるしかありません。その結果

イングリッドがそこに残っているかどうか、そうすることにしました。

 それにしても、なぜこんなところでなぜ僕が居るのか。なぜ、こんなにも

焦った気持ちでこの広場に出くわしているのか、苦笑いです。

 そもそも、僕がここにいるのは、群衆が僕のために集まって居るんじゃない

のか、つまり、皇太子のお祝いと称して旗を振っているのはなにもかも今ここ

にいる僕の存在を存在たらしめるために仕組まれたことではないのか、少年時

代の僕ならそう思ったに違いありません。地球も宇宙も友達もすべては僕の生

の時間の間だけに出現している道具や助演者じゃないかって、かなり変な少年

でした。だって僕が死んだらそれらのものが有り続けるという確信はどうして

得ることができるのかと思っていたからです。

 
 僕は小学生の頃、図書委員というのをやったことがあります。クラスの誰か

のお父さんが、世界の偉人達の伝記集を学校に寄付しました。その本をみんな

に貸し出す時の管理者に任命されたのです。100冊以上あったように記

憶しています。その時、役得もあって僕はその本を全部読みました。これは

後々にも、ぼくにとってとても為になることでした。

 野口英世、キュリー夫人、エジソン、ベーブルース、ジェンナー、アインシ

ュタイン、福沢諭吉、ゲーリック、宮沢賢治、二宮尊徳、シュバイツァー、

リンカーン、伊藤博文、徳川家康、モーツァルト、キリスト、ベートーベン、

お釈迦様、聖徳太子、ノーベル、夏目漱石、本居宣長、ダヴィンチ、

ゴッホ、ゲーテ、・・・など、それぞれに今でも印象的なくだりは覚えていま

す。

 それらの英雄譚に涙したり興奮したりの毎日でした。そしていつしか僕も

このような人たちのように立派になるんだ、と夢見ていました。

 でも、死んで名を残す、という立身出世物語のどこかに釈然としない気分が

つきまとっていました。生意気な子供です。名が残るのと、自分の身体が消え

てしまうことを整合的に考えられなかったのです。

 自分が今「居る」のは「名を残すため?」

という問いを当時の誰に聞いても「そうだ!」と答えたと思います。

「野口英世やエジソンのように、いつまでも名前が残るような立派な人間に

なるように一生懸命に勉強をするんだよ」

 それは確かにそうなのですが、僕はもう少し違ったところに疑問を感じて

いたように思います。たくさん読んだからこそ生まれた疑問のように思いま

す。

 つまり、歴史的な偉人は、それはみんな過去の人、死んでしまってもうこの

世の中には居ない人のことばかりです。

 過ぎ去ったことと、今僕が「いる」こと、その「時間」関係についてどうい

うように考えればいいのだろう。僕が今居るのは歴史的にどう把握すればい

いんだろうか?ということです。

 今ならそんな風に「歴史的」なんて言葉で疑問を書くことができますが、当

時子供ですから、単純にいま僕が「いる」のと野口英世はなんの関係もないじ

ゃないか、野口英世の過去が僕の「いる」にどう関係があるんだよ、とそう言

う程度に考えていました。僕は僕で、僕が「いる」から世界が生まれてるん

じゃないか。だから野口英世物語も、僕が生きるための飾り物、小道具にすぎ

ないのだ。僕が生きていくための食べ物のようなモノだ。そんな独我論的な考

え方でした。誰かのことばでいうならばそんな「現存在」だったのです。

 世間の常識に迎合して弁解するならとんでもない少年でした、と反省す

るところです。でも正直なところ、今の僕がじっくり考えてみて、これにはこ

れで一理あるとは思えています。


 時間は流れていないと、一応頭の中での理解に至るのはずっと後のことです

が、要するに時間と自分の存在について直感的に納得していなかったという

ことなのでしょう。いろんなことがごちゃごちゃになっています。

 野口英世もエジソンもとても偉くてとても彼らのようにはなれそうもない。

そうなれたらいいに決まっている。でもそうなった僕が「在る」とはどういう

こと、いま僕が「在る」のとどう違うのか、そんな思いでした。

 「そりゃあ、過去のエライ人の事を学んで自分もそうなろうと頑張るんだ

よ」その答えは全くその通りなのですが、このことの時間的解釈が出来ていま

せんでした。当然です。自分が在ることの時間的解釈です。

 今僕が「いる」とはどういう事なんだという性急な子供の問いかけでした。

エライ人のことは学ぶことはいいことだけど、それで僕が居ることの秘密がわ

かるのか、とそういう疑問を感じていたのです。

 なぜ宇宙があって地球があって、そして僕が「在る」のかということです。

 そこで、生きるとはどういうことなのか、・・・今もなにもわかっちゃいま

せんが・・・。


 気がつくと、デンマークの皇族達がテラスの向こうに姿を消しました。皇太

子の儀式が終わりました。三々五々に人たちが散らばり始めました。

 僕は、まばらになり始めた広場の真ん中に立ってイングリッドを探しまし

た。半時間もしないうちに広場はすっかり閑散としてしまいました。まさに宴

の後です。賑やかさの反動からとても静かで寂しい広場に変わっていました。

 広場の真ん中に立っていれば目立つのでイングリッドがいれば気がつくだろ

うと立ち続けていました。濡れた石畳の広場は冷え込んできました。

 すっかり時間が過ぎました。

 そして気がつけば、広場の銅像と僕だけになっていました。

 イングリッドが、僕の生のために仕組まれたことなら、僕はそれを甘受した

い気持ちで一杯になっていました。

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 こうして、群衆の中でもみくちゃになっているときにそれはやってきます。

 大都会の雑踏の中は、時として大砂漠の中を行く気持ちです。群衆の中にな

にかがあります。だから僕は商店街やデパ地下、それに満員の甲子園球場なん

かが大好きです。

 人はそれをすぐ「孤独」なんて安っぽい言葉で表現しようとするけれど僕は

そうじゃなくて、むしろ「興奮」じゃないかと思うのです。

 いま、デンマークの群衆の中でその「興奮」に見舞われました。それは周り

の人たちの歓喜に比例して僕の心の中でどんどん膨張し、やがて僕はその高ま

りの中で自分の存在を確かめる瞬間に出会うのです。

 誰一人知らない異国の地で、髪の色も違うし目の色も様々に違う中で、そし

て言葉さえ理解できないというシチュエーションは本来の己の存在感を浮き彫

りにしてくれます。その「興奮」に出会うために旅をしているとさえいえま

す。

 僕がここにこうしていることの不思議、いまこうしてコペンハーゲンの、ア

メリエンボー宮殿の、そしてたまたまこの国の皇太子様のお目出たに出くわし

ている僕、とても不思議な感じがしてなりません。僕が生きて在るからこそそ

うなんだが、そもそも僕がこの世に生きて存在しているとはどういうことなん

だろう。そしていつしか存在しなくなるのです。いつもの不安がよぎったので

すが、しかし、僕がいまこの群衆のなかで興奮に満足しているのは確かなの

です。

 
 存在?満足?そんな七面倒くさいことなんて誰も考えて生きているわけない

よと、いつか誰かに言われました。そのときは、そうだそうだ、そうだよね、

と軽い相づちをうって博打だか女のことだかに話題が移っていきました。で

も、そうだろうか、そうなんじゃないのではないか。そんなふうにごまかして

いていいんだろうか?

 その証拠に博打だとか女の話ばっかりやっていても、なにか「こんなはずじ

ゃない」という「思い」からは逃げられないはずです。人間って、博打や女の

話のたぐいだけじゃなくて、なにをしていても満足な思いには至りません。そ

の「思い」とはなんなのだろうか?

ふと襲ってくる充たされない思いとは何なのでしょうか。

 賑やかに酒を酌み交わし、たわいのないことではしゃいでいても、その帰り

道、ふと訪れるあの虚無感。先ほどまでのバカ騒ぎはなんだったんだろうと後

悔に似た思い。それは何なのでしょうか。

 カラオケでみんなとマイクの奪い合いをし、声を嗄らして熱中している最中

にでも訪れるあの充たされない思い、早く帰って一人になりたいという思い、

この裏腹なものはいったい何なんでしょうか。自分とは何なんでしょうか。

 しかし、今は違う。ただ今この時、アメリエンボー広場にあって、そんな虚

無感とは無縁なのです。自分の本来的な在り方のようなものと出会っているみ

たいです。その瞬間に出会ってます。そういう満足感なのです。

 きのうイングリッドと話し合った実存ということ、この世に生きてあること

の意味、自分の在ることの意味、その話しのことを思い出しました。

そうすると、むしょうに彼女と「思い」の話がしたくなりました。

 そうだ! イングリッドを探さなくちゃ。

 軍楽隊が出てきて「宴はたけなわ」という感じ。

 身動きがとれない中で、僕は少しずつ動き出しました。

 


 

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つづき


 翌朝、この国の皇室の住まわれるアメリエンボー宮殿に向かいました。

イングリッドとはそこで11時に待ち合わせています。時雨れた後の石畳が濡

れて光っています。

 宮殿へ向かう途中、なにかしら大勢の市民が繰り出してきていて、時間とと

もにその数が増えていくようです。通りは賑やかで誰の顔も笑顔に満ちていま

す。

今日はなにかのお祭りかな?

 通りの子供連れの女性に聞いてみると、今日は皇太子様とオーストラリアの

女性との婚約発表が正午から宮殿であると言います。へぇー、めでたい日なの

だ。
 
 宮殿広場にに着いてみると、あちらこちらで無料のコーヒーやジュース、ク

ッキーなどが振る舞われ、両国の国旗も配られていました。僕はコーヒーをも

らい、クッキーを一つ口へ放り込みました。空にはヘリコプーターも舞い始

め、テレビカメラの台数もどんどん増えてきます。なんとなくこちらまでウキ

ウキとしてきました。

 そうこうしていると、当地の新聞社か雑誌社かと思われる記者にインタビュ

ーを受けました。どこから来たのか、今日のこのイベントを理解しているか、

ツーリストか、などと聞かれました。おめでとう御座いますと言ったら、喜ん

でくれて僕の写真を撮っていきました。北欧の片隅で、この群衆の中にたまた

ま居合わせた東洋人は記事のネタになるのだろう。
 
 折からまたしても冷たい時雨に見舞われましたが、群衆は全く怯みません。

10月初旬といえ、北欧のこの季節は日本で言えば師走の寒さがありました。

 気がつけば11時。

 すっかり広場は人々で埋め尽くされていました。

 そのまま身動きもならず群衆の中に埋没です。

 イングリッドとの宮殿前広場での約束は予想もしない事態に見舞われまし

た。このまま会えなかったら、二度と会えることはないな、と思いながら背伸

びをしてキョロキョロしました。でも群衆の視線は宮殿のテラスの方に集中し

ています。その視線に反した行動をとることは不審者でしかありません。


 仕方なく、この行事をデンマーク国民とともにお祝いすることにしました。
 
 正午にテラスに現れた皇室一族はさすがに何かが違って見えました。ロイヤ

ルファミリーという先入観が僕の頭に写像をつくりあげています。適当な言葉

が思い当たらないけど、「高貴」で輝いていました。

 とまることなく人々は熱狂的に国旗を振って歓声を上げています。僕も両国

の国旗を振っている。周りの人たちに負けるもんかとばかりに。一人ポツンと

奇妙な東洋人です。

 イングリッドはどこにいるんだろう?

 約束通りにここへきているのだろうか?

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写真 コペンハーゲン・ニューハウンの彼女


 
コペンハーゲンの有名なニューハウン。

 美しくきらきらと輝く港。

底冷えのする昼下がりのオープンカフェで毛布にくるまっていました。

サンドウィッチとコーヒー。

このサンドウィッチがまたなんとも美味い!!なぜかパンの味が日本には無いもののよう

に思えます。

コーヒーを少しずつ啜りながらぼやっとしていると隣のテーブルから声が掛かりました。

わかりやすい英語です。

「日本人ですか?」

「イエス」

そういってニコリとした彼女が続けました。

「少し話していいですか?」

「オフコース!」

それじゃあ、こちらのテーブルにこない?それともそちらのテーブルにいって

もいい?

僕は、退屈しのぎには最高の情況になったことを喜びました。

彼女の名前はイングリッド・クリスチャンセンといってコペンハーゲン大学の

学生。

僕は、日本のCalligrapherです、なんて気障なことを言いました。

話しているうちに、村上春樹の話題になりました。村上春樹はどこでも人気で

す。

彼女は、村上春樹をとても気に入っているというので、ちょっとこの話題を突

っ込んでみました。

といいますのも、村上春樹をどういうふうに理解しているのか、興味があった

からです。

村上春樹はとにかくなぜかよく売れます。なぜなんだろうと常々僕なりに思っ

ていることがあるのですが、外国の、しかもこのような若い女性が、村上春樹

のどこがいいんだろう、ということです。こうでなくてはならない、というよ

うな解釈なんてどんなものにもあり得ないとは思いますが、ここがニューハウ

ンだけに、そしてなんとなく記憶に残りそうな午後となりそうなだけに身を乗

り出しました。イングリッドの横顔に少しソバカスを発見しました。

 イングリッドが言いました。ドストエフスキーの有名な場面です。
 「われわれはつねに永遠というものを、理解できない観念、何か途方もなく大きなもの、として考えています。それならなぜ大きなものでならないのか?そこでいきなり、そうしたものの代わりに、ちっぽけな一つの部屋を考えてみたらどうでしょう。田舎の風呂場みたいなすすだらけの部屋で、どこを見ても蜘蛛ばかり、これが永遠だとしたら。わたしはね、ときどきそんなようなものがちらつくんです」

スヴィトセリガイロフのセリフです。確かに、ドストエフスキーの思想を顕著

に物語る場面です。

この言葉の意味を理解できずしてドストエフスキーは語れません。この若い女

性がその意味について考えているなんて、まあ大学生なら当たり前なのかもし

れません、有名なフレーズですし、そして、なぁるほど、だから村上春樹なん

だ、と思い至りました。

 村上春樹は、僕は、サルトルの言う「投げ出された」存在としての人間を書

きたがっていると思っています。メリーゴーランドや回転木馬がくるくる同じ

所を回るような人生の、その箱の中での追いかけっこ、デッドヒート、しかし

結局は同じ所を回っている。永遠なんて、憧れるけれど、それによって語り尽

くせないものの在処は諦めて(でも本心からは諦めていない、と思う)、目の

前の箱の中の、「生の哲学」が隠し味として全体を覆っていると思っていま

す。

 だから村上春樹は絶対にサルトルをかなり読んだと思っています。彼の本に

は、あらゆるエッセンスが隠し味として漂っています。言葉が、それぞれに味

付けされています。ベケットやサリンジャー、もちろんドストエフスキーやト

ルストイ、その他いっぱい、はたまたウィトゲンシュタインまで読んでるんじ

ゃないかと思っています。イングリッドからボーボワールの名前も出たのでび

っくりしました。

そりゃあそうでしょう、彼の年齢からすると学生時代には、ボーボワールなん

かにも熱中したのに違いありません。若い頃に読みあさった英知がほどよいコ

クを醸し出しているのでしょう。ただ読んだでは読んだことになりません。か

れは、それらに共通する「実存」の意味についての彼なりの培養をしてきてい

ます。「実存」は隠し味の大きなウェートを占めていることはまちがいありま

せん。

サルトルやドストエフスキーやボーボワールなど、みんな共通するものがあり

ます。それらによってしっかりとした思想性を構築していて、それでいて思想

性なんていう難しさをあらわにしないという、その辺を読者が気づいているの

か気づいていないのか、いずれにしても思いつきの無思想な文章ではありませ

ん。それでいてポピュリズムを心得ている、憎いですね。

今時の意味のない本の多くが、一夜漬けで村上春樹の物まねをしようとしてい

ますが、秘伝のタレのようなコクのあるものはそうそう書けないんではないで

しょうか。そのコクの味の秘訣が分かることが先決です。

 我々はどこへも行けないし、どこから来たのかもわからない(こういって孤

独とかをイメージする人は反省しないといけません。センチな話ではないので

す)。

イングリッドとこの点で意見が一致しました。そして、村上春樹の小説の魅力

は、この点が隠し味となっていて、読む人々に焦燥感をもたらしていて、それ

が結果として一つの開放感につながっているんじゃないかということです。つ

まり、先述のスヴィトセリガイロフのセリフです。

 コペンハーゲンの夕方は早いです。四時前だというのにもう薄暗い。

 彼女の頬は少し紅潮していました。

 別れの握手と、明日の再会を約束して彼女はひらひらと去っていきました。

 こんなところでなんと充実した議論ができたことかと、すっかり満足感に浸

りました。

 











 

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