無題

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私たちは、こうだと思いこんでいることが本当はそうではないということがよくあります。

人は、イメージをつくりあげたりそれによって思いこんだり、しかしは実際は全然違っている。

そんな、あやふやな中で生きています。そのあやふやが、人と人の関係をややこしくしているようです。

単純に、目の前のものを見ただけなのにすでにその見方が間違っていいる。あるいは錯覚を起こしている

場合が少なくありません。ましてや、人の心の中のことなんぞ、わかるわけが無く、自分が相手のイメー

ジを作り上げているだけなのです。

こうしてブログでも、いろんな人の書き込みなどを通じて、その人のイメージを作っています。

会ったこともなく肉声を聞いたこともない相手を、書き込みの活字を通じていろいろイメージしているわ

けです。見たことのないものを脳はイメージできるのです。

わたしの脳もそれぞれの人たちを勝手にイメージしています。わたしもどんなにかイメージされている

わけです。

でも、あやふやなイメージの底に共通する人間ならではの認識力、いや直感力があります。

現象面の認識違いを補う力を人間は持っていると思います。そこに倫理が生まれるんじゃないでしょう

か。そのために、すべての現象は「戯論」として空ずることを龍樹という人はいいました。

図の上は、横線が実は平行です。下の図は黒い縦線の間の、灰色の部分。左の方が右より薄く見えますが実際はこの灰色は同じ濃さです。こういうことを錯視といいます。(大阪歴史博物館・脳の展覧会より)

 3月1日は、韓国では「抗日独立運動記念日」です

この式典で、盧大統領はまたまた過去にこだわり続けたようです。

日本の歴史教科書問題、従軍慰安婦、靖国神社、竹島問題、などこれでもかと日本憎しを訴えたようで

す。韓国歴代大統領の中でも、これほどまで反日を言い続けた大統領はいないのではないでしょうか。

そのくせ、北朝鮮人権や非合法的行為については黙認しています。盧泰愚大統領になってから、それまで

かなりよくなりかけた対日感情が後戻りしているんじゃないでしょうか。いつまでも、いつまでもなぜそ

んなに言い続けるの、どうすればいいんですか、というのがごく普通の日本人の感覚です。

なぜ?なぜこれほどまでいつまでもいいつづけるのでしょうか。

「韓半島」という、かって韓国を踏みにじった日本人は極悪非道だという映画が昨年韓国で大ヒットしま

した。

いやでもナショナリズムが高揚する悪党役日本対韓国という映画です。韓国人の800万人が見たとか。

映画館から出てきた若者達は、涙を流して反日の声を上げています。

もし日本で日本人が韓国に踏みにじられたこん映画を作ったら、たいへんなひんしゅくを買う

でしょう。もし上映したら韓国政府が猛烈な抗議をしてくると思います。だいいち、こんな映画をいまさ

らつくることなんて全く品のない話しです。求心力をもとめる盧泰愚大統領はよろこんでも、それは本来

的なやり方ではありません。

いずれにしても、片方がいつまでも相手をなじっていたのではなかなかうまくいくとは思えません。

隣国ですから、まあ仲良くなりたいものです。

安倍さんの矛盾

郵政民営化に反対して自民党を追われた衛藤氏を復党させるって?
安倍さんは、「わたしと衛藤さんは考え方、信条が同じ」として復党を認めました。
ということは、安倍さんは、郵政民営化には反対だったのでしょうか?

 安倍さんは、郵政民営化を問う総選挙での国民の意思を無視して、郵政反対派を認めると言うことは
どういうことなのでしょうか
 安倍さんは、小泉さんの路線を継いでくれるだろうという期待が国民にはあるのですが、どうもそうじゃなくて昔の自民党的じゃないか、という感じがしてきていて支持率低下に結びついて居るんじゃないでしょうか。
 矛盾だらけなんですね。論理が一貫していません。
 小泉さんには、少々無茶でも筋を通す力強さがありましたが、どうもひ弱いですね。

 むかしむかし、たぶん紀元二世紀頃、インドに「龍樹」というエライ人がいました。
 一般的にはなじみのない名前かもしれませんが、その道にちょっと興味のある人なら、ブッダと同じ
くらいにあるいはそれ以上に有名な人です。
 この人の遺したものに「中論」という書物があります。いまの仏教界の底辺にある「空」(くう)というヤツについてかかれたもので、「龍樹」はこの中興の祖みたいなものです。
 わたくしは、この「龍樹」の大のファンですが、いまだに「空」はわかりません。解釈としてはいろんな「空」があるようです。いずれにしても、「行」による「超越」という世界のことだと思っています。
 ですから「空」は永遠にわからないと思いますが、ですからファンなのかもしれません。(笑)
 で、この「龍樹」の書いたものに「方便心論」というのがあります。
 最近読んだ本、石飛道子『ブッダ論理学五つの難問』講談社、は主としてこの「方便心論」について書かれています。これを現代論理学で読み解くという試みの本です。
 内容的にはよく理解できない(わたしの未熟さゆえ)ことが多いのですが、こんな難解な「方便心論」に取り組んでおられる人がいるなんて、とまずびっくりしました。
この本の「まえがき」にありました。

「三年ほど前だった。一つの文献をかかえてそれと格闘中だった。とにかく私に起きた異常な経験はすべてこの文献を発端とするのである。・・・・・この文献についてお話ししよう。これは小さな奇妙な漢訳の書で、「巨大迷路を圧縮して本にした」といいたくなるほどわけのわからない本だった。
 五里霧中で悶々としていたが、とうとうある夜明けに一筋光が差し込んだ。さあ、それからだ、私の前にどんどん本の中の世界が開け始めたのは。一文読むたびに、一冊本を読まなければならないほど、膨大な知識を必要とする本だということがわかった。・・・・さまざまな本を読んでは問題の文献の解釈や意味を考え、また、考えてはいろいろな本を読んだ。本当によく考えた。寝ている間も考えた・・・」

 三年間読んで、やっと一筋の光が見えた、とは恐ろしいことです。わたしにはとうていでき得ないことで、いまだこの世界の耳の垢ほども理解できてないことを思うと、途方に暮れました。
 これこそ「悟り」なんでしょう。書物の中身も、目から鱗でしたが、ブッダのいわれる「悟り」を身をもって実践できたところから生まれた書物です。ちょっと皮肉ですが、この書物は論理的手法で読み解きますが、著者の「超越」という迫力が解き明かしてくれているように思います。
 今の時代、「ものがそこにあるから人はそれを認識する」のがあたりまえですが、そこに「ある」けれどそこには「ない」と考えることもできるとする仏教が日本人の身近にはあります。「ある」ということに執着する人は、自己がまずありきの人たちです。これこそ西洋文化です。
 自己主張の絶賛の時代、先に言ったもの勝ち、攻撃的な一方通行の時代ですが、日本人には今一度仏教の心に立ち返る必要があると思います。西洋の考えが行き詰まったいま、やみくもにいつまでも西洋流をまねる必要は無いのではないでしょうか。
 ご一読に値する本だと思います。

テレビ番組捏造

 テレビはあまり見ないのですが、関西テレビの「発掘!あるある大辞典」の納豆、テレビ東京の捏造など、ひどいものですね。まあテレビとはほとんどそうじゃないかとおもっています。
 すべてに台本があって造られたもので、まったく信用していません。今回のことはそれこそ氷山の一角でしょうね。
 報道番組なんかでも、キャスターの個人的感情でそのニュースや事件が不当に悪いイメージとなっていくように思える場面もよく見かけます。
 朝の番組、みの*なんとかという司会者、ときとしてまるで自分が裁判官で、日本を動かしているかのような不遜な言い方をしますが、かなり偏っているなぁと思えて気分が悪くなることがしばしばあります。
 日本のテレビの在り方は、考えてみれば、見る方のレベルに合わせてどんどん低くなっているのかもしれません。
 見る方が、安易な無思想なその場限りのものに流されるだけでいいという風潮にあるんじゃないでしょうか。「お笑い」が社会の一番前に立ってはいけないとおもいます。そのうち政界もお笑いタレントで溢れるんじゃないですか(笑)
お笑いはあくまで、社会の裏方で、「癒し」というか息抜きだとおもいます。
 なにごともお笑い程度ですませてしまおうというレベルが無責任な捏造につながっているんでしょうね。
 むかしインドの「龍樹」というエライ人がいいましたが、彼の言う「戯論」におどり過ぎているように思います。


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