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シーシュポスの神話

アルベール・カミユの『シーシュポスの神話』と言う本があります。
 「シーシュポスとは神様に背信した人間のことです。ある日、シーシュポスは死んであの世へ行きました。ところがシーシュポスはどうしてもやり残したことを想い出して、なんとか元の世に戻してほしいと神々に頼みました。神様にお願いを聞いてもらったシーシュポスは、現世に戻って忘れ物を片付けたのですが、やはりなんといっても現世は居心地が良くて神様との約束の期限が来てもとぼけて現世に居座り続けてしまいました。
 そしたら神様が怒り出してシーシュポスを無理矢理あの世に連れ戻してきつく叱り、神様はシーシュポスに罰を授けたのです。
 その罰というのは、大きな岩を丘の上まで運んで行けというものでありました。シーシュポスは、何日も何ヶ月もの間、大汗をかいてやっとのことで丘の頂上まで大きな岩を運び上げました。と、運び上げた途端に岩は丘の上からごろごろとあっという間に丘の下まで転がり落ちてしまったのです。
 せっかく運び上げたのに、シーシュポスは再び一から運び上げなければならないことになりました。そして再びやっとの思いで丘の頂上まで押し上げたのですが、なんとまたまた転がり落ちてしまいました。 
 彼はこの繰り返しを一生することとなったのです。楽しみは、わずかばかりの食べ物をいただくときだけでした」

シーシュポスの悲劇は、人ごととは思えません。シーシュポスの悲劇のもっとも悲しいところは、岩を押し上げては転がり落ちるという繰り返しが延々と続くことに、「人生の意味」という観点から見るとなんの意味も見いだせないということです。
 自分の人生はなんなのか、なんだったのか、と自分の人生の意味を見いだせないことは素直に悲しいことです。しかしながら、現実にはその「意味」なんて誰にだってわかってなどいません。目先の仕事追われたり、とりとめのないことを片付けていることで時間が流れているというのが実情です。ですから人は旅に出たがるのでしょうか。非日常を求めて・・・・。

国民総幸福量

 テレビで(五木寛之21世紀仏教への旅)というのを見ていましたら、はっと膝を打ちました。
ブータンという仏教国がありますが、その国民へのインタビューでした。
道行く通行人にマイクを向けていました。
 
 今の生活に満足していますか?もっとお金持ちになりたくないですか?

    「いいえ、なりたいとは思いません」

 欲しいものはなんですか?

    「欲望には限りがないので考えないようにしています。わたしは今のままで幸せです。

    わたしはブータンに生まれたのですから幸せです。欲しがればあらゆるものが欲しく

    なります。今のままで充分ですよ」

通りがかりの人がつぎつぎに、普通にごく当たり前のように答えるのです。
日本人やアメリカ人はどのように答えるのでしょうか

ブータンは、仏教国ですから、「欲」ということについて仏教の思想が根付いていて当然なのですが
、それにしてもこのようなインタビューを聞いて不思議な気持ちになりました。日本の昨今の異常な犯罪の数々、こんなところに原点回帰しないと解決しないんじゃないでしょうか。

 国民一人一人の本当の幸せは、経済優先の政策では得られない。ブータン政府は、急激な近代化
や経済政策に慎重な姿勢を取っています。
 そして、新しい物差しとして、 GNH という考え方を打ち出しています。

日本では、なんでもかんでもGNP(国民総生産)でいすが、GNHです。

GNHとは、Gross National Happiness  

 つまり、国民総幸福量 というわけです。

なんだか、いまの日本では夢物語のような話しです。日本の政治家の誰かがこんなことを言い出したら
現実離れした理想主義者として相手にされないでしょうね。
ブータンの貨幣価値は日本の50分の1くらいだそうです。

 チベットもそうだったのですが、いまや中国の拝金主義に犯されていて、だんだん貧しさの質が変わっています。幸福量はどんどん低下しています。経済発展と幸福度は反比例するようです。
  

イオンのある店舗でレジ袋一枚5円の有料化が始められました。
これには大賛成です
昔はみんな買い物カゴでした。それになんでもかんでも過剰包装です。
やるなら、日本全国一斉にやればいいのにと思います。

レジ袋、ゴミ袋が道路脇や公園の池や海岸にふわふわしているのは本当に環境によくありません
しかし、5円を消費者が全員負担してレジ袋を購入したのではなにもなりません。
要は、環境問題であることを私たちは認識しなければなりません。
二酸化炭素排出量が、イオンだけで一割減るそうです。

 年賀状に書いてある短いコメントから、その人の「今」をくみ取ろうとしますよね。
今年、学生時代の親友の一人の中身が気になりました。
 その年賀状、もう二年ほどプー太郎をしていて、その間わたしの年賀状を見るたびに、わたくしに連絡取ろうと何度かしたけれどできなくて・・・・、なんて書いてありました。
 彼とは卒業してからは一度も会っていないのに、こんにちまでずっと年賀状が続いている。学生時代は、双子の兄弟のようにまいにちまいにち一緒に遊び倒したのに、卒業してからはプッツリ。数数え切れない武勇伝もいっぱいあります。そんな大親友。
そして何十年。
意を決して、それほどたいそうなことでもないのですが(笑)、きのう彼に手紙を書きました。
久しく会っていないねぇ、久しぶりに一杯やりませんか、と。
返事がくるかなぁ・・・・?
 

帰ってきた年賀状

年賀状は年に一回の音信、まあいい習慣だとおもいます。
しかし、このごろ宛先不明で帰ってくることがあると少し気にかかります。
お付き合いだけの年賀状が何年もつづいているだけのものは、先方が引っ越したついでに止めたのかなと推測もできますが、来ないはずのないお付き合いのものが来ないと少し気にかかります。

ある会社を二、三年前に辞めた学生時代の親友のが宛先不明で帰ってきました。
辞めてしばらくプー太郎をしていたのですが、その後どうしたんだろう。
この数年、バブルが崩壊して銀行だって潰れるような時期、多くの知り合いがそれぞれの事情で退職しました。むかしなら、定年までめでたく勤め上げていたのにそうもいかない時代となりましたから。

いい歳して辞めてもなかなか次の仕事はないのですよね。
それが、そこそこの地位までいっていた人が辞めたら、よけいにむずかしいんですよね。
取り越し苦労の心配だとは思うのですが・・・・。


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