ここから本文です
HP「誠斎伊東甲子太郎と御陵衛士」「なるほど!幕末」管理人ヒロの備忘録。背景は伊東甲子太郎「九州行道中記」和歌書付。

書庫全体表示

先日、毎春恒例の夜桜の会にお招きいただいて、戒光寺さんに行ってきました。とても見事な桜でした。花祭りが同じ日でしたので、真言宗のお坊さんたちの詠唱もきくことができました(ありがたや・・・)。
 
3月中旬以降に御陵衛士墓所まで行かれた方はご存知だと思いますが、現在、御陵衛士の墓所の周りには、往時のように垣根が設置されています。墓所が整備された当時にあった垣根は、いつのまにか朽ちてなくなっていました。お寺には、垣がめぐらしてある古写真もあるそうで、いつか往時の姿に戻したい、とはかねがねおっしゃっていました。2007年6月以降、墓所へは一般の立ち入り禁止・撮影禁止としているのに無断侵入・無断撮影等の不心得者が絶えないこともあって、垣根設置を実行に移されたそうです。
 
墓所の周りに新たに設置された木製の垣根は、自分が予想したより立派なもので、背丈より高い御陵風で、厳かで威風があって、びっくりしました。墓所の古写真を職人さんに見せて作っていただいたそうです。垣根があると、墓域が意外と広いのが実感できました。ただ、往時と違うのは、無断侵入を防ぐために垣根に鍵がかかっています。
 
垣根を作られた職人さんも夜桜の会に来られていたので、少しお話をきかせていただきました。油小路事件で亡くなった衛士4名のお墓の背後の垣は上部が中央が高い山型にデザインされているのですが、職人さんの発案だそうです。職人さんの目からみると、4基のお墓が少し傾いているのだそうです。背後の垣根を水平にまっすぐにすると、それが目立つので、山型にと配慮されたそうです。とても温厚で誠実そうな、腰の低い職人さんで、「なるべく長くもつように、心をこめて作らせていただきました」とおっしゃっていました。
 
最初、お寺から垣根をつくることをうかがったときにはびっくりしましたが、不心得者に墓所を荒らされるよりはいいのかな・・・と思っていました。実際に、垣根の前に立ち、お寺のお考えや垣根を作られた職人さんのお話をうかがうと、改めて、これは、彼らの安らかな眠りを護るためのものなんだな・・・と実感できました。当時もあったものですし・・・。
 
不心得者がいなければ、鍵を設置する必要はなかったのでしょうけれど。
 
また、お寺では、垣根設置にあわせて、近々(4月中には)、一般墓参を再開されるそうです(あくまでも、御陵衛士やその同志の冥福を祈る方のための墓参再開)。但し、HP上での事前申し込み制になるそうです。今、その準備を進めておられる途中で、準備が整えば、HP上で再開及び申し込み手続などを発表されるとのことです。関心のある方は要チェックです。(お寺には、このことをブログに書く許可はいただいていますが、くれぐれも、直接お電話をしたり、催促したりはしないでくださいね。静かに待ちましょう。お寺からHP掲載のお知らせがありましたら、このブログでもその旨をお知らせいたします)

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

開くトラックバック(0)

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事