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[注]これから私が述べる内容は、すべての政治家の方に該当するものではなく、きちんと政治活動をされている方にはまったく該当しない話であります。
毎度毎度失言や失態で空転する国会。
この国の「政治屋」たちは「学習するということ」を知らないのだろうか。
百歩譲って、彼らも人間であるのだから、失言や失態を犯すことについては少し横においておこう。
しかしながら、これまでに多くの人たちが国会を空転させてきた事実がある。過ちに対してどういう対応をとればヤバいのかは先例から大いに学べるはずである。毎回毎回、「審議拒否」「採決拒否」。
損を被るのはわれわれ国民なのだ。吊るし上げるほうも、吊るし上げられるほうも、国会議員の本分をまったく解っていないのではないだろうか。
歳費を受け取っている以上はきちんと仕事をしていただきたい。政策論争や法案審議と本題とは関係ないことでの与野党対決は別のこととして分けて考えていただけないだろうか。審議がストップしたときなどの議員の表情をテレビ等で拝見していると、担任教師の都合等によって、急に降って湧く自習時間の小学生の表情を見ている気がしてしまいます。
空転する国会にも経費がかかっているのだ。税金の無駄遣いはやめてもらいたい。
辞めぬほうも意地なら、辞めるまで審議に応じないというほうも意地っ張りだ。
小学校の学級会よりも低レベルに見えてしまう。小学生たちのほうがまだ、建設的な意見が出るような気がする。
私がマスコミ等より見聞する限りでは、彼らのほとんどは職業として政治家をやっているにすぎず、国民を代表しているということを忘れているようである。完全なる「政治屋」である。自分の利益のために、自身の懐にできるだけ多くのお金を入れるために、日夜行動しているとしか思えない。彼らが口を開けば、「有権者」「国民」とはいうが、それは「私に投票してくれる人」「私に献金してくれる人」の意であり、要するに「懐にお金が入ることに協力してくれる人」すなわち「お客様」と聞こえてしまうのは私だけなのだろうか。
その昔、「井戸塀」という言葉があったと聞きます。政治活動を自腹を切ってやらなければならないため、家屋敷はもとより家財道具まで売り払わなければやっていけず、井戸と塀しか残らなかったそうです。今の時代、このような奇特な政治家はいるのだろうか。いらっしゃるならお会いして薫陶を頂戴したいものだ。
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