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めでたいことがあった日ばかりが記念日ではありません! 過去の出来事をいつまでも忘れずに思い起こすための "記念日" というのもあるはずです。 掲載すべき日付が少し遅れましたが、 北海道(道東、道北)の国鉄特定地方交通線長大4線と呼ばれたうちの3線、 JR北海道の標津線、天北線、名寄本線が廃止になってから今年で20年が過ぎました。 (1989年4月30日に標津線、翌5月1日に名寄本線、天北線が廃止) 長大ローカル4線の残り1線、池北線は第三セクター北海道ちほく高原鉄道として生き残りましたが、 結局2006年4月21日に廃止となったのは、鉄道好きな方々には記憶に新しいところと思います。 私は標津線と天北線には1983年に乗車済みでしたが、無くなるとなると(苦笑)もう一度乗っておきたく なったのと、名寄 『本線』 と名の付く路線に未乗のまま終わるのは失礼な気がして(?)、 1989年4月中旬に3路線をまとめて訪れました。 その際使った道内時刻表はどこかに埋もれてしまいましたが(捨てたわけはない)、旅行時に駅でもらった 廃止特集情報紙がまだ残っていたので、巻末の3線廃止時時刻表を掲載します。 (興味のある方は画像をクリックし別ウインドウで現れたのを再度クリックすると大きくなります) ついでに、3線訪問時に利用した "北海道ペアきっぷ" と名寄本線紋別駅発行指定券、観光入場券です。 (読みにくいですが入場券表面左下には 『流氷の来る街紋別、心に残る白い旅』 と印刷されています) 紋別は長大4線の起終点を除く沿線で唯一市制を敷いていた街で、また唯一みどりの窓口がある駅でしたが、 特定地方交通線指定の波はそのことさえ例外としませんでした。 廃止時時刻表を見ると紋別〜遠軽間なら早朝から深夜まで9往復半の列車が設定されていて、 先日行った米坂線とどっこいの列車本数なんですけどね(苦笑)。 おまけで、きっぷの裏をモノクロでお見せしましょう。 余談ですが立席特急券って "リッセキトッキュウケン" と読むのですね、初めて知りました(汗)。 特定地方交通線指定にあたって、輸送密度の算出が区間単位ではなく路線名称単位で行われたことが
問題となりましたが、杓子定規に数字が適用され再生可能かもしれないローカル線まで消えていきました。 某首相が主張展開した "日本列島改造論" は良きも悪しきも問題提起にはなっていたのですが(笑)、 その後公共交通の衰退は進行し、都市の過密と地方の過疎(地域格差)はさらに顕著になっています。 オーバーかもしれませんが、日本の国(政治)が過疎地帯と呼ばれる地方にどういう施策をしてきたのか… 考えながら特定地方交通線廃線跡を眺めるのも、また有意義な時間とお金の使い方だと思います。 |
鉄道思い出話
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ちょうど今、昔の話を記事にしているので、懐かしいです。
これらが廃止になるとき、すでに何度か乗っていたので静観していたのですけど(だってサヨナラ騒ぎはちょっと)
なんとなく、名寄線だけは残しても良かったような気もするのですが・・・
(合理的理由なんかありません。ただ鉄道地図が寂しいから、笑)
2009/5/3(日) 午前 9:15
LUNさん>はい、前々から4月30日に記事にするぞと意気込んでいたのですが物忘れがひどく、LUNさんが北海道ローカル線特集をされているおかげで思い出すことができましたm(_ _)m。
思い返すとどの路線も今と違ってその趣味の方々をあまり見かけませんでした(4月中旬の北海道ってかなりオフシーズンですしね)。
唯一、厚床から標津線気動車に乗り別海に着いた際ホームが列車見物の地元の方であふれていたのが、シラケず廃止間近を実感できた光景でございました。
1989年5月時刻表の北海道索引地図が真っ白になったのが、当時とてもショックでしたね。
2009/5/3(日) 午後 6:19
廃止となったこれらの路線は今思うと魅力的な場所を通る汽車が多かったのですよね。民営化をしていくうえで、JR北海道がバランスシートを均衡にするには仕方がなかったことなのかもしれませんね。
2009/5/6(水) 午前 10:11 [ vic*or*_l*gi* ]
victory_logicさん>昨今の道路偏重社会では長距離バスに勝てないでしょうが、名寄本線の紋別〜遠軽間だけでも残して札幌〜旭川〜紋別の都市間輸送に役立てることができたのでは、と今でも思います(気動車ですから網走行きの特急オホーツクに遠軽まで2両併結とかも可能ですし)。また標津支線の雄大な車窓を観光資源にしてトロッコ列車を走らすとか。もちろんその程度で赤字が解消するわけないですが、プラス地域の活性化まで考えるのが鉄道の役割だと思いますし、そのために国や自治体は積極的に支援すべきとも私は思います。
2009/5/6(水) 午後 0:48