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神奈川県は小田原市内の鉄道廃線跡といえば、小田急足柄駅の日本専売公社専用線が有名で、 他にJR鴨宮駅周辺の工場に通じる引込線跡も少なからず存在しますが、 このブログでは3つの酒匂川砂利採取専用線跡の現在をご報告していきたいと思います。 第一弾は、JR御殿場線下曽我駅から分岐していた、譲原砂利専用線です。 きっと誰も知らないだろう、読者の皆さんは驚くだろうなあ・・・と思っていたら、 新潮社 『日本鉄道旅行地図帳』 4号の廃線鉄道地図にあっさり紹介されており、 ウィキペディアの下曽我駅記事にもあっさり、 "砂利採取線が分岐していて譲原砂利株式会社が使用していた" と明記されています。 さらに調べてみると10年以上前にHP上で画像入り紹介記事を書いていらっしゃる方もいたり、 やはり10年以上前に雑誌に取り上げられたりしていて、すっかりテンションが下がりましたが・・・ 自己満足のために(?)書きます! 説明のために、まずは地形図をごらんいただきましょう(小さくて申し訳ないm(_ _)m)。 地図右上で御殿場線から分岐しほぼまっすぐ西に向かい、 左端中ほどで南向きにカーブし終わっている実線がお分かりいただけると思います。 実線に片側ヒゲ付きの表示(見えないと思いますが)は、当時の地図記号には "特種鉄道" とあります。 続いてもう1枚(これも小さくて申し訳ないm(_ _)m)。 アルファベットが列をなしている部分に、 地図1枚目の線路と同じ弧を描く道路があることをお分かりいただけると思います。 ウィキペディアの下曽我駅記事にもある通り、廃線跡の大部分は道路に転用されています。 ではアルファベットの順番に、現在の様子をご紹介しましょう。 ちなみに最初の訪問の際撮影した画像にピンボケ手ブレがあまりに多かったため、 後日再訪問し撮影しなおしました。 そのため空の様子や明るさが異なる画像がありますことを、ご了承ください。 A地点は、当ブログでも取り上げた中河原梅林の南側で、農業用水路が御殿場線をまたいでいます。 左側の廃線跡(旧複線路盤)は地元の方の徒歩道路となっています。 所々浮き出している枕木は、やはり砂利専用線のものだったのでしょう。 B地点はやはり当ブログで取り上げた梅林踏切付近、三方から細い生活道路が集まりますが、 廃線跡だけが歩道付きの立派な片側1車線道路で左にカーブしていきます(税金無駄遣い?)。 上から見るとこんな感じ、下曽我駅から約800mといったところです。 砂利道を確か10年ほど前に改修したのですが、梅林踏切付近から先が細道なためほとんど交通量なし。 これなら廃線跡のまんま放置しておいてくれればよかったのに・・・(C地点)。 酒匂堰を渡るとこの沿線唯一人家が多い場所となり、国道255号旧道と交差します(D地点)。 200mほどで卸売センター入口という交差点となり、今度は現国道255号と交差します。 すぐ手前で用水路を渡りますが、先ほどの酒匂堰ともどもかつては立派なトラス橋が架かっていたそう。 道路改修の際架け替えられてしまい何の面影も残っておらず、水面にカモが佇むのみ・・・(E地点) 卸売センター入口交差点を過ぎると先にその名の通り卸売センターや木工団地があり、 その開設に合わせて1970年代(もっと前かも)に道路改修されています(F地点)。 そのため舗装が古びていて歩道が狭め(ほとんど歩いている人がいないから十分な広さだけど)。 次の卸売団地西交差点あたりから、廃線跡は左に(南に)カーブを始めます(G地点)。 カーブの先は終点(?)、木工団地です。 この先約200mに渡って道路の上下線が離れ、その間幅40mの袋状の土地に木工工場が立ち並ぶ 特殊な立地は、ここに砂利積込用の線路が並んでいたことを想像させてくれます(H地点)。 道路脇に積んである枕木がもしや遺物か・・・と思いましたが、廃止後40年経っている割には新しい(笑)。 他所から持ってきた可能性が高いですかね? 木工団地西側の築堤を上るとすぐ、そこには広大な酒匂川の流れがありました。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
御殿場線が戦時中に単線化された後、使われなくなった片側の路盤を再利用したのでしょうから、 戦後まもなくに線路が敷かれ砂利運搬列車が運行されるようになり、全国的に川砂利採取が禁止された 1964年ころにその役目を終えたのだろうと想像されます。 また起点と終点以外は分岐器のない、単純な線形だったと思われます。 現在でも譲原建設という会社が小田原に存在しますが、おそらく譲原砂利と何らかの関係があるのでしょう。 これが本気の学術研究なら譲原建設さんに当時の資料など残っていないか問い合わせるところですが、 さすがにそこまでするほどでは・・・(笑)。 御殿場線旧路盤以外は全くと言っていいほど何の痕跡も残っておらず、知らなければごく普通の道路として 見過ごしてしまいそうな廃線跡ですが、ここを蒸気(またはディーゼル?)機関車が無蓋貨車を引いて 一面田んぼの風景の中をのんびり通っていたと想像するだけで、よしとしましょう。 |
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2008年11月18日
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