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神奈川県山北町の山北駅を訪れたのは、桜の咲き具合を確かめるという目的でしたが、 もう一つ、何年も前から気になっていて忘れてまた思い出すを繰り返していた "あるモノ" を撮影する、 という野望(?)もありました。 国府津方向からJR御殿場線に乗り電車が山北駅構内に進入すると、左手に "それ" が見えてきます。 車内から撮影しようと思っても乗客の目が恥ずかしくてできなかったのですが、 『やまきた桜まつり』 期間中は土日でも開放されている山北町役場の駐車場から実にあっさりと、 "それ" は間近に見えたのでした。 少なくとも1934年の丹那トンネル開通(御殿場線が東海道本線だった時代)までは使われていたであろう、 山北駅4番5番線(番号は推定)ホームの遺構、国府津方先端部分です。 駅構内を眺めているといかにも地方ローカル幹線の主要駅然としていて、駅本屋の改札内側がそのまま 1番線、跨線橋を渡って次のホームが2番3番線(現1番2番線)という造りだったでしょうから、 さらに駅本屋から遠い位置にあったこのホームには、おそらく4番5番線の番号が割り振られていたはずです。 実は駐車場と駅構内の間はかなり高い金網で仕切られていて、画像のような角度で撮影するのは不可能か、 と半ばあきらめかかったのですが、世の中便利なもので携帯電話なら金網の間に入るのです♪ ただ向こう側に取り落とすとシャレにならないので、慎重に撮影いたしました。 続いて遺構中ほどから国府津方、沼津方を見た画像です。 この遺構の真下に幅2mほどの川が流れており、遺構を全て撤去すると再び川の上に覆いをつけなくては ならないのでそのままにしてある、というのがこの部分だけ残っている理由でしょうか? ほとんど通行はなさそうだし、この幅なら川に鉄板渡しておけばそれでいい気もしますが。 それとも鉄道記念物待遇で残してあるのかな?(笑) 手前使われていない線路下の緑の鉄橋には、何度も塗りなおされてつぶれてしまった銘板が残っています。 一番上の 『鐡道省』 と上から3段目の 『株式会社駿河・・・工場製作』 まではなんとか読めるのですが。 (間違っていたらごめんなさい) 最後に駅裏手の道路に隠れるように残る、4番5番線ホームの一部だったであろう遺構です。 沼津方は町営温泉施設の建設のために撤去されてしまったようですね。 また構内中ほどから沼津方に延びている引込み線はホーム遺構からやや離れて敷かれているので、 一度線路をはがしてから新たに敷きなおしたのでしょう。 架線柱がホームを削った後や線路が敷かれていたであろう場所に容赦なく建っているのは、 御殿場線電化時(1968年)にはこのホームは既に使われていなかった、ということを物語るのでしょうか。 |
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2009年03月29日
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