|
(今昔写真画像はクリックすると大きくなります) 先の日曜日に地元のケーブルテレビ(ウチは別に加入しているわけではないのですが、 私の住んでいるマンションでは各戸にテレビ電波を配信するにあたり集合アンテナを建てることをせず、 地元CATV局から有線で配信する方式をとっているため、サービスで無料視聴できる)を見ていたら、 神奈川県開成町金井島の瀬戸屋敷で 『酒匂川の今昔と酒匂堰のひみつ』 という写真展が 8月4日から9日まで行われている、という情報を知りしかも最終日は16時までの展示というので、 取るものもとりあえずあわてて駆けつけました! 今回の写真展は地元の亡くなられた方の遺品整理中に発見された、1933(昭和8)年前後から 1950年代にかけての酒匂川本流支流を撮影した100枚以上の写真と、 ほぼ同じ位置から撮影した現在の風景を比較対照して展示したもの。 写真は流域の橋や建造物、景勝地などのランドマークと共に撮影されているので、 大きく変わってしまった風景、今も意外に変わっていない風景が分かり、大変貴重なものと言えます。 展示されていた写真を撮影してブログに公開するというのは、マナー違反かとは思いますが、 展示会期が既に終了していて現在は見ることができませんし、この貴重さを少しでもお伝えしたく、 鉄道がらみの今昔写真5点に絞って掲載することにしました。 会場の床には酒匂川に見立てた曲がりくねった青いビニールシートが貼ってあり、 複写された写真がラミネートされて "流域" に置いてあるという展示手法で、 会場に入るとまずは下流域の写真から見ることになります。 まずは酒匂川河口近くに架かる現JR東海道線の鉄橋から。 砂利採取の機械って結構大きかったのですね! 当時酒匂川の河原には、トロッコのレールがあちこちに張り巡らされていたのでしょうね。 続いて松田町までさかのぼり、現JR御殿場線松田駅〜東山北駅間の風景。 丹那トンネル開通前後で、線路がまだ複線で残っています。 架線がなく直線のスカッとした複線線路と、ぼやけて対岸がはっきり見えない酒匂川の取り合わせは、 一昔前の北海道の線路さえ想像させます。 上り線の線路用地は横に沿う国道246号の拡幅(か東名高速建設による移動)用地に転用されたようです。 3枚目は静岡との県境に近い山北町西端の、現JR御殿場線谷峨駅〜駿河小山駅間の第3相沢川橋りょう。 谷峨駅からこの第3相沢川橋りょう付近まで、複線だった時代は上り線が現在の国道246号部分を通っており、 一度相沢川(現在は鮎沢川の呼称)の対岸に渡りもう一度渡る上り線にのみ、 第1および第2相沢川橋りょうが存在していた(現存せず)というのを、お気に入り登録させていただいている BAZUさんのブログで知っていましたが、それを実際に写真で見ることができたのは感動でございました! 現在は写真奥側の下り線のみが鉄道として利用されています。 4枚目はかつて存在した柏木集落の風景。 柏木集落の存在も先ほどのBAZUさんのブログで知りましたが、 東名高速建設のために集団移転消滅という経緯を今回初めて知りました。 古地図と現在図を照らし合わせると柏木集落のあった場所は現在の鮎沢PAあたり、 その位置関係から考えると写真手前に写っている鉄橋は、先ほどの第3相沢川橋りょうから約400m西で 現JR御殿場線が再び相沢川(現鮎沢川)を渡る橋りょう(第4相沢川?)と思われます。 そして写真左手中ほどに写っている吊橋は、現在も支柱だけが残されています(BAZUさんの記事参照)。 1977年くらいまで実在していたというこの吊橋が何のためにあったのか、今まではっきりした理由が 分かりませんでしたが、表道(現国道246号)と柏木集落を結ぶ重要な生活道路の一部だったのでした。 ちなみに246号から北側の吊橋支柱跡に至る、現在は行き止まりの道がJR御殿場線を越える踏切には、 今も柏木踏切という名称が付いています。 消えた集落の忘れ形見でしょうか。 最後には極めつけの大物(?)、山北町世附の浅瀬地区から西丹沢奥地へ延びていた、森林軌道の写真。 西丹沢の奥地に森林軌道があったらしい、という話を聞いたことがありますが、具体的な路線位置を知ったのは 今回が初めてですし、その写真が残っていたとは驚きでした! 他の写真に付いていた説明書きの一部をここに転載します。 森林軌道の路線には浅瀬集落を起点に地蔵平まで7234mの大又沢線、水ノ木までの7898mの水ノ木線がありました。地蔵平には昭和初期の最盛期には200戸ほどが暮らし三保小学校の分校もありましたが、林業の衰退により1960(昭和35)年廃校となり、森林軌道も廃止されました。地蔵平は現在山歩きの通過地名としてのみ残っているそうですが、 山梨県道志村国道413号沿いの最も近い人里まで直線距離で6km弱、 逆に国道246号まで直線距離でも9kmはあろうかという "神奈川県の最奥地" に かつて森林軌道が通い街としての営みがあった事実を、写真は証明しているのですね。 写真展を企画された 『足柄の歴史再発見クラブ』 の方々によると、 今回展示した今昔比較対照写真を今後記録出版するという構想があるそうで、 そのあかつきには手が出る限り(5千円1万円では手が出ませんが)買い求めたいな、と思う、 良質の記録写真でございました。 70年ほど前の酒匂川流域写真を満喫し会場を後にすると、 屋敷の前で久しぶりに元気の良さそうな大量の "栗のイガ" を見かけました。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2009年08月11日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]


