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2005年2月26日、なにはともあれ、まずは朝食から始めましょう! 部屋の画像を撮影していませんが、『可もなく不可もないそれなりの部屋(和室)』だったので、 ナシでいいでしょう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 観光バスがホテルの玄関まで来てくれるのですが、間近で流氷を見てみたく、 フロントでタクシーを呼んでもらう(凍った坂道を下る気にならず)と、 トイレ(小)に行っているうちに、もう到着していました。 なんのことはない、ホテルを出てやや左の道の向かい側に、タクシー会社の車庫があるのです。 運転手さんに目的を告げると、海岸線の船着場(であろう)に車を着けてくれました。 浜では最近はやりの、ウェットスーツを着て『流氷の上を歩いてみよう』体験ツアーをやっていて、 そこの係員が「関係者以外立ち入り禁止ですよ!」と迫って?きます。 前に来たときはこんなの無くて、浜にはだあれも居なかったのになあ・・・と思いながら、 「浜で記念撮影するだけだから」と半ば無視して、撮影しました。 (現在はうるさく規制していますが、前に来たときは私、→) (→流氷の上を飛び石伝いのように歩いてしまいました。今思うとかなり命がけです!) 手を伸ばして流氷に触り、道東『冬の三白』の二白目をクリアします♪ 2〜3分でタクシーに戻り、運転手さんに事の次第を話すと、 「ここは○○さんの漁場なのに、あいつら誰の許可で商売してやがんだ!」 と怒りだしてしまい、まあまあとなだめて、ウトロバスターミナルに行ってもらいました。 (その後運転手さんがどうしたかは、分かりません・・・) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 先ほど『観光バス』と書きましたが、この先の移動はほとんど全て、 『ひがし北海道エクスプレスバス』のお世話になりました。 これは何かというと、今はやりのツアーバス個人バラ売りで、運行ルートと時刻が決まっており、 乗車したい客は予め月日乗降場所を予約し一定の金額を払って乗車する、定期路線バス的な観光バスです。 旅程の参考にと駅でジャルステージ北海道のパンフをもらった際に、裏表紙に載っていたのを発見しました。 このバスがなかったら今回の旅行は実現できなかった、と言っても過言ではありません。 詳しい内容は、easthokkaido>ひがし北海道周遊バス をご覧ください。 ちなみに定期路線バスと何が違うのかというと、ツアーバス運行は国土交通省に届出の必要がなく、 運行時刻や個人バラ売りの際の運賃も、いちいち認可を受ける必要がないそうです。 規制がバカらしくなって、そのうち誰も路線バス運行をしなくなったりして・・・(苦笑)。 というわけでウトロバスターミナルからおーろらターミナル(網走港砕氷船乗り場)まで、 『女満別空港/網走/ウトロ号』に乗ります。 まだ少し時間があるので、出札口で乗車券を買っておき、 同じバスを待っているらしい地元のおばちゃんに話しかけてみると、 網走の病院に月1回通うのに愛用しているとのこと、なんたって路線バス→JRより楽ですからねえ〜。 『オーロラファンタジー』が始まってから夜も騒々しくなったとか、ケバケバしくてどうも好きになれないとか、 観光に対するご意見を伺ううち、ホテルを回ってほぼ満席状態の観光バスがやってきました。 やむなく補助席に座り荷物を席下に押し込むと、車内は人いきれで猛烈に暑くなります。 景色もほとんど見えないのですが、ガイドさんがうまくその場の雰囲気を和ませる観光案内をしてくれて、 補助席の不満をあまり感じないうちに、知床斜里駅に到着、JRの『流氷ノロッコ号』目当てか、 かなりの乗客が降り、普通席に移ることができました。 バスは雪原の中を淡々と走り、国道244号に合流してしばらくするとJR釧網本線の線路と並行します。 30分ほどで北浜白鳥公園に到着、用はないのですが観光スポットらしいので、降りてみましょう。 名称で予想した通り、『餌付けされた白鳥』がゴマンといました。 人工的な光景ではありますが、道東『冬の三白』の三白目をクリアということですな(笑)。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 北浜白鳥公園を出ると、ほどなくおーろらターミナルに到着。 ウトロから一緒に乗ったおばちゃんと、小僧が手を振ってさよならです。 流氷観光砕氷船おーろら号に乗って、船上から流氷見物といきましょう。 冬の道東観光には有名な観光スポットだけれど、どんなものか前から乗ってみたかったんだよね〜。 しかし、前もって電話予約しておいたからいいようなものの、次の便はなんと満席! 前に来たときはこんなに観光客いなかったのに・・・まあかつては観光オフシーズンだった時期に、 金落としてってくれる観光客が増えるのは、地元にとってはありがたいことか。 船はその目的から、流氷を見つけると進んでぶつかりに行きます(笑)。 もっともウトロに比べるとその量は格段に少ないのですが、網走港が流氷でびっちり覆われてしまうと、 観光砕氷船は出航できず運休になってしまうそうなので(笑)、そこそこがいいですかね。 流氷突撃が始まって激しい振動が伝わってくると、怖がりな小僧は船室に逃げ込み、 側甲板は流氷見物かカモメの餌付けだか分からない一団で、賑わっていました。 なるべく青く見える流氷を撮影したつもりですが、そう見えますかねえ?↓ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 下船して今度はおーろらターミナルから川湯温泉バスターミナルまで、『おーろら/川湯/阿寒号』に乗ります。 同じ時刻に発車する層雲峡行きに間違って乗りそうになり、 乗りなおしたバスはなんと他に客が2人しかいない準貸切状態! 観光客が増えたといっても、あくまで札幌〜網走〜ウトロのラインだけなんでしょうか? 先ほどとはうって変わったのは乗客数だけでなく、バスガイドさんも若い不慣れなお嬢さんに。 客が少ないから聞いててあげないと悪いしなあ・・・と思ううち、1時間と少しで到着です。 宿のクルマに迎えにきてもらい、今日のお宿は『オーベルジュレークウッド屈斜路湖』。 まわりに何もなく、屈斜路湖に面している(といっても真っ白だけど)静かなホテルです。 (ホテルHPは現在工事中になっていて、ご紹介することができません) 小僧をごまかす施設も整ってなく、昨日の『知床プリンスホテル風なみ季』とは対極の宿ですが、 一度この宿の前を通りかかってから、何となく気になっていたホテルなのです。 もちろん宿泊料金もオフシーズンということもあり、確か1泊2食大人@8,000、子供@3,000程度でした。 小僧をごまかす施設がないので、着いていきなりホテルの庭で雪遊びです! ホテルのスタッフも、バカな客だと思ったでしょうねえ〜(笑)。 これはオカンの後ろ頭なんですが、画像を縮小しているので分かりづらいかもしれませんが、 雪が、ほんとに雪の結晶の形で、くっついてますでしょ?↓ 雪上野球遊び?をしてしまったので折れて短くなっていますが、 黒いコートの不審な男が握り締めているのは・・・ツララなんです、はい↓。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− いいかげん寒くなって、部屋に戻り一休みすると、もう夕食の時間です。 『オーベルジュ』ですからバイキングというわけがなく、小僧のお行儀が気になりましたが、 騒いだり遊んだりすることなく、なんとか切り抜けました。 ただこの料理、子供向けという割には量が多く、結局私が始末?する羽目となりました(苦)↓。 部屋に戻ると、盛りだくさんで疲れたか、小僧はあっという間に眠ってしまいました。 まわりは静かだし、何にもすることないし、温泉に入って大人も早く寝ましょう。 ※雪国にお住まいの皆さん、珍しくも楽しくもないものを美化して書いてホントにすみませんm(_ _)m
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国内旅行
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今日(2/22)は14時ころまでいい天気だったので、 曽我梅林の梅を紹介がてら撮影してこようと思っていたのに、ガタガタしてるうちに行きそこない、 おまけにせっかくブログ用に画像を用意したのに、居眠りしてしまい・・・。 今さらですが、記事を書きます。 今回は2005年2月に行った、道東『冬の三白』探訪旅行記です。 おいおい、北海道のはずなのになんで名古屋鉄道なんだい?とお思いでしょうが、まずは旅の動機から。 1988年の3月、友人に誘われて道東冬の三白めぐりをしたことがあります(写真捜索中)。 知床半島のウトロから先、雪中行軍までして見た流氷は、筆舌に尽くしがたいものがありました。 オカンと知り合ってからは、いつか流氷を見せてあげたいと思っていましたが、 温暖化のせいか流氷は年によって着岸具合が異なり、4月になってから着岸した年もあるほど。 流氷最盛期は(かつての)私の仕事もオカンの仕事も最盛期だったりで、 1988年以降しばらくの間、流氷探訪が夫婦の間で話題になることはありませんでした。 私が失業していた2005年1月(この後少しの期間仕事してたんですよ、念のため)、 テレビのニュースが、例年並みの時期に流氷が接岸したことを伝えていました。 「今年こそ、行ってみたいねえ」とつぶやいていたら、 その後小僧の通う幼稚園が都合により2月末の金曜日休みになることが判明。 そして更なる後押しが、2005年2月17日の『中部国際空港開港』です。 開港前後のニュース報道で、一種のテーマパークのような状態を見たオカンが「行ってみたい!」 (新しモノ好きというか何というか・・・)。 急遽航空便の空席を調べてみると、開港当日とかでなければ結構空いていたのです。 2月25日、8時過ぎ(当時)の新幹線ひかり号で小田原を出発、名古屋へ向かいます。 羽田発着のほうが便利だし安いのですが、確かに中部国際空港見物も、旅の目的の一つです。 それに実は、小田原〜名古屋はひかり号でわずか1時間12分、 名鉄名古屋〜中部国際空港が28分ですから、所要時間だけなら羽田空港と大差ありません。 海外へ行ったこともないし行く予定もないけど、成田空港よりこっちのほうが楽かも・・・ などと新幹線の中で真剣に考えていました(笑)。 名鉄名古屋駅まで来て驚いたのが、向こう2時間ほど中部国際空港行きの快速特急が満席であること! 名鉄の特別車両なんて乗ってから車掌に@350払えばいいや、 という常識(?)が音を立てて崩れていきました(笑笑)。 やむなく中部国際空港まで、直近の一般車付き特急に立ちんぼです。 新鋭2200系電車(小僧いわく『赤いミュースカイ』)だったのが、せめてもの救いでしたかね。 利用航空便は日本航空の、確か3131便釧路行き(確か12時30分ころ発)。 このときも割引航空券『おともdeマイル割引』利用だったので、 日本航空利用が必須で(本当に利用したい女満別空港には全日空しか飛んでいない)、 しかも往復利用が前提なので、名古屋→釧路・女満別→東京という利用もできません。 これが旅程を組むのにかなりの障害となりましたが、中部国際空港見物のためなら致し方なし・・・ (いったい何が目的だったんだろう・・・?)。 とにかくうわさ通りのバリアフリー空港構造を堪能し、トヨタのショールーム?を見てから、 搭乗口に向かうと・・・途中に小僧を誘惑するもの↓登場(笑)。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 3131便は、申し訳ないほどガラガラに空いていました。 機材は、かなり使い込まれて座席がペッタンコのDC9でしたが、予想外にありがたかったのは、 座席3列に1ヶ所くらいの割合で、頭上から小さな折りたたみモニターテレビが出てくること。 (もちろんパーソナルテレビではありませんが)小僧の目先をごまかすにはいい道具ですからね〜。 釧路空港に到着し、空港バスで釧路駅に到着すると15時くらいになりました。 もっと早く着きたかったのですが、中部〜釧路の航空便は1日1便なので、仕方ないです。 これからこの旅行唯一の鉄道利用、JR釧網本線釧路→知床斜里に乗車です。 釧路空港からこの日の宿泊地であるウトロまで、 もっと早く快適に行ける交通手段があればそちらを選ぶのですが、 観光客がレンタカーを借りて慣れない雪道を運転するなんてオソロシイ方法以外は、 釧網線のディーゼルカーに頼るほかありません。 早めにホームに上がるとちょうど『SL冬の湿原号』が到着し、観光客がゾロゾロ降りています。 機関士さんが小僧を見つけて汽笛のサービスをすると、小僧はビビって逃げてしまいました。 悪いけど、父親も機関士さんと一緒に大笑いです! 釧路駅は東西の方向に位置するので、ホームは北側だけが白く凍りついています↓。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 釧網線の網走行きディーゼルカーはまだ入線してきませんが、ホームには三々五々と人が増えてきました。 ふと思ったのですが、久しぶりに乗る釧網線のディーゼルカー確かほとんど1両編成じゃなかったっけ・・・? ホームの人数を数えると、2人(3人)揃って釧路湿原側(進行左側)の席を確保できるか微妙なところです。 オカンと小僧には後から乗るように言って、停止位置を確認しそれとなくドア位置付近に立ちます。 発車5分ほど前にようやくキハ54が1両現われた時には、既に私の後ろに10人ほどの行列ができていました。 真っ先に乗り込み、かつて新幹線で使っていた2人掛けシート釧路湿原側を確保、やれやれ〜。 15時50分ころ釧路を発車、 列車が東釧路を過ぎるとあっという間に車窓から人家が消え、大自然の風景が広がります。 おっ、エゾジカか?↓ 実際シカの直前横断によって、列車は2〜3度非常ブレーキをかけていました。 茅沼駅ではすぐそこにタンチョウヅルがいました↓。 早くも道東『冬の三白』の一白目をクリア! もっとも後で調べたら、観光客向けに餌付けしているらしいのですが・・・。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 車窓から釧路湿原が消え、おまけに夕闇が迫ってくると、さすがに退屈になります。 車内はお見合い型の固定席ですから、座席を回して向かい合わせにするわけにいかず、 それ以前に案外観光客が乗っていて、それなりに混んでいるのです。 同じく退屈な小僧をお菓子などでごまかし、18時過ぎにようやく知床斜里に到着します。 斜里バスのウトロ行き最終が4分ほどで接続するので、急ぎ気味にバスターミナルまで行きましたが、 凍った跨線橋や駅前広場で転倒することもなく、余裕のよっちゃんで間に合いました、 というか運転手さんは駅から出てくる人が絶えたのを確認して、発車します。 この便は土休日運休、従って乗っているのは運転手さんと顔見知りの小中学生ばかり。 どんどん空いていく車内とどこまでも真っ暗な車窓に不安になりましたが、 19時ころ、無事ウトロ温泉バスターミナルに到着です(ここも暗かったけど)。 さて今夜の宿泊は、『知床プリンスホテル風なみ季』。 選んだ理由は・・・確か1泊2食大人@7,000、子供@3,500という『安さ』です。 ウトロの温泉ホテルは総じて海岸線から離れた高台にあるので、本当は海岸沿いの民宿でもいいのですが、 ある程度施設が整っていたほうが、何かと小僧をごまかせる・・・という狙いもありました。 ホテルから迎えのクルマが来て、アイスバーンの坂道を登っていきます。 チェックインの最中に、客という客がホテルの送迎用大型バスに乗り込んでいきます。 聞けば、20時から流氷にレーザービームを当てる『オーロラファンタジー』なるイベントがあるそう。 早く到着していて暇を持て余しているならともかく、まず夕食!とレストランに行くと、 当たり前ですが皆さん『オーロラファンタジー』に出かけているので、誰もいません。 客より多いスタッフに囲まれながら、そそくさとバイキングを済ませました。 あとは『オーロラ・・・』客が帰ってくる前に急いで温泉大浴場に入り、 『オーロラ・・・』客が帰ってきて活気付いているロビーの売店あたりをふらふらします。 小僧は、はじめて見る水槽の毛ガニにビビり気味です。 撮影した後、売店のおじさんがよせばいいのにサービスのつもりか「よく見てごら〜ん」などと言って、 水槽から毛ガニをつかんで出すものだから、またしても小僧はビビって逃げてしまいました(笑)。 お約束の?クリオネもいます↓。 気がつくと、あれほどいた観光客の姿は消え、ロビーはすっかり静かになっていました。
さあ、我々も明日のために寝よう! |
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2000年1月2日、ホテルで目覚めると前日ほどではないにしろ、またもや風弱く快晴の天気です。 街は昨日に引き続き静まりかえっていて、まるで砂糖をまぶしたような窓外の風景です。 (雪国にお住まいの皆さん、ヨソモノの勝手な感傷をお許しください。) 画像右下に、路面電車が写っているのがお分かりでしょうか? 藻岩山は札幌市南区という、立派な都会のなかにありますが、 すばらしく自然が豊富なところで、ふかふかの新雪が迎えてくれました。 もいわ山ロープウェイで山頂駅まで上がると、その先はなんとリフト! 別にスキーをしに来たわけじゃないのに・・・ リフト乗車前に持参のスキー板をはく方も見受けられました。 お昼ころには藻岩山を辞し、ホテルに預けておいた荷物を受け取ってから地下鉄で札幌駅へ。 このときの旅行は、そのまま関東へ帰ることをしませんでした。 札幌発14時9分の、寝台特急『トワイライトエクスプレス』に乗り、大阪へ向かいます。 『トワイライト・・・』については前に記事にしたことがありますが、 初乗車はこの2000年1月の機会でした。 拙記事 http://blogs.yahoo.co.jp/ltd_exp_yamabato52/20884324.html もご参照ください。 札幌駅でツイン(B個室)に乗り込むと、ものすごい暑さ! 車掌が個室を一つ一つ回って、出発準備の際温度調整を間違ったことを詫びて回っています。 しかたがないので、発車後も個室のドアをしばらく開けたままにしておいたら、 いつのまにか、通路にワゴンを押した車販嬢がにこやかにたたずんでいます。 もしやこれって販売促進のためにわざと温度調整を間違った?と勘ぐりながら・・・ ワゴンのトワイライトオリジナルグッズを物色する、我々夫婦でした(笑)。 当時、レストランカーではランチタイム営業をしていましたが、行ってみるとコーヒー紅茶のみ。 味気ない気もしましたが、夕食は弁当で済ます予定だし、まだ日が高い中、 登別あたりの競走馬牧場などを眺めながらコーヒーをいただくのもまた良し、でした。 青函トンネルに入ると、車掌がサロンカーで手書きの模造紙まで使って青函トンネルの説明を始め、
結構な人数が集まりましたが、結局最後にはグッズ&オレンジカード発売会になってしまい、 何も買わずに立ち去るのがかなり心苦しかったです(買わなかったけど)。 21時少し前には青森駅に到着し、『トワイライト・・・』は深夜の奥羽線を大阪に向けひた走ります。 (つづく・・・かなあ?) |
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今日、私の両親が京都旅行に出かけました。 |


