万華鏡 鬱から見た未来

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第3章パート5

 さて、先の田んぼに捨てた金のことである。あの金とは、父親が休みにも工場に行き、汗水たらして、つめに火をともすようにして稼いだ金ではなかったか・・・と、気がついた。
 確かに、私はあの金の価値については思い至ったことがなかった。予備校に通わせてもらい、大学も2年間も金だけ払わせた挙句中退。結婚の結納金や式の費用なども出してもらったのに、軽い侘びや礼でことたれりとしていたのではなかったか。
 自分が心や言葉を大切にしてきたのと同じだけの重みで、親は一円の重みについて私に聞かせ理解したがってもらっていたのだった。
 そこで思わず電話に手を伸ばし、自分の家の番号を押し、父親を呼び出すことになる。
 その後目くるめくようなことが、次から次へと起こり、天理に親の心を求めて一週間のたびに出るのdが、それはまた別の話としたい。
 最後に、私はそのたびに出る前、妻に、
 「どうなるかわからんけど大丈夫矢で」
 と告げると、妻は一言
 「心配しとらんよ」
 と笑った。                        
                       完

第3章パート4

 先に書きあがっていた原稿をそれとなく読み返していて、ハタと目に止まった箇所がある。
 そろばん塾の月謝を田んぼに捨てて、勝手にやめた・・・と。待てよ、あの時私は黙ってやめて隠していたことを母にはわびたが、金を捨ててしまったことにどれほどの罪悪感を持っていたのか・・・すっかり忘れていた。
 話はそれるが私には三人の娘がいてそれぞれそろばん塾に入っている。私の経験からいやになったらすぐにやめろと言うのだが、だれもやめようとしない。長女は中学2年だが、大して上達もしないのに、まだ特錬などといって夜遅くまで行っていることもある。
 ある日、夕食中に妻とこの会話で、長女が、
 「1は1×1しかない。2は2×2と1×2があるし、ほかの数字も複数ある・・・1が一番少ない数字だ」
 と言う。そこで私は
 「零が一番やないの?」
 と聞くと、
 「零は何をかけても零になるから一番多いで違う」
 と言う。
 そこで私はこれまで、零を中心にした世界観をなんとなく持っていたが、ガラッと崩れ去り、”1”を中心に無限の零が取り囲んでいる球体のイメージが浮かび上がってきたのだ。”1”はどこにも動かすことの出来ない基本であり、もうひとつ別の球体がやってきたとき、そこには次元の違う基本の”1”を中心としたもっと大きな球体が出来上がるのだ。
 おりしも、イチロー選手が大リーグの記録を塗り替えようとしているときで、私はとっさにギャグを思いついた。
 「イチローは、不断の練習で自分の”1”の位置を確認し、相手のピッチャーの”1”とシンクロさせることでどんな弾にも対応することが出来るようになったのが今度の記録の秘密だよ」
 と、得意顔に妻や子に吹聴した。だれも相手にしなかったのはいつものことだったからである、詰まらん親父ギャグ・・・。
 それから”1”と言う数字は、私の切実な言葉ともなっており、子供の頃から心や言葉のほうが金よりも大事だと言う、親に対する屁理屈と同じ意味を持つようになっていた。 

第3章パート3

翌日は3月20日、春分の日だった。妻や子供と一緒に妻の実家に向かった。昼食後、義母と妻子は買い物に出かけ、義父と私はコタツに横になっていた。私は正直つかれきっていて、悩みをどう切り出せばいいかためらった末、義父に打ち明けた。
 義父も天理教の深い信仰をしている。
 「俺も昔、親と意見が合わず、親を泣かしてしまったことがあったんや。ああ悪いことをしたと思って、これから兄弟の面倒は自分が背負う腹をくくって親代わりに仕事をするようになったら、次の日からぴたっと親は一言も言わんようになったし、俺のほうも苦労は苦労やったが、楽しみも見つけられるようになった楽になった。神様と言うのは、とにかくみんなが可愛い子供なんや。反対するものも全部助けたいと思っているから、なかなか容易なことやない。”時旬”と言うものがある。お前が親にわかってもらいたいと思っている分だけ、親のほうもお前に心を注いどる。子供のほうが先に親の気持ちに気がついたとき、初めて神様が入りこんでうまい子といくようになるで、ゆっくりしたらええんや」 
 とそれだけ言って静かになった。後で聞くと、義父はその日風邪で熱が会ったらしい。
 それから一人で思案をはじめた、うつになってから私にはおなじみの脳のフル回転状態になってしばらく悶々とすごした。

第3章パート2

 さてさて、子供の頃から苦労し、休みもなく働いてきた父にとっては、うつ病など理解しようにも出来ない相談で、それでも一年我慢をした結果の怒りだった。
 対して私も、これまでのように親に安易に妥協して中途半端な解決はしたくなかった。そこで先にまとめた句集をとにかく読んでくれればわかるからと、嫌がる父を強引に捕まえていすに座らせ、押さえつけるという愚行に及んでしまった。
 しかし驚きと衝撃で却って父は心を閉ざしてしまう結果となった。

 彼岸である。母と一緒に墓参りに出かけたついでに久しぶりに母方の叔父を訪ねて、挨拶もそこそこに、思いつきで出版資金の100万円を貸してくれと切り出してみた。父との喧嘩についても話し、自分の気持ちをわかってもらいたかっただけなのだと説明した。
 母方の叔父の家にも、天理教の神が祀ってあるが、まず一言
 「親を泣かすようじゃあ、天理教の話などできんし、親が出せんような金は俺もだせん」
 と言う。それから私の父がどれだけ苦労をしてきたか、またどれだけ親孝行だったかと言う話をしてくれた。私は父に悪いことをしたことは理解できていたので、素直に受け取って、母と叔父一家と談笑してから、家に戻ってきた。

第3章パート1

 平成17年3月は、今後の私にとって大きなターニングポイントになるに違いない。三月といえば春分の日・彼岸などあるが、先祖の導きを深く感ぜずに入られない。
 現在私が信仰している天理教は、母方の祖父が守り伝えてきたもので、その祖父は私が大学をサボって町をうろついていた頃、死のとこでやせこけた手を伸ばし、綿新手をしっかりと握ってくれたことを今でも思い出すことが出来る。その後私につられ、両親も信仰するようになったが、父は途中で信仰熱心ではなくなり、棒を折ってしまったような形になっていた。
 さて、この3月の初旬、父が原付バイクで転倒し、背骨を三箇所骨折するということがあった。おととし軽い脳梗塞で入院したにもかかわらず、よく春になると毎日のように町に繰り出すようになっていたのであった。
 さすがの父も痛みに耐えかねて、病院でレントゲンを映してもらって骨折していたことを知り、安静な生活と通院を繰り返す日々となった。
 私はというと、一年の休養で体調も整い、気力も充実してきたところで、今後の進路について少し自分の力を試してみたい気持ちがわいてきた。父にその旨を告げると、とたんに激しく怒り出し、
 「またおまえはおれをだますのか!」
と怒鳴った。
 「子供のような考えで一家を養っていけるものか!」
 というのである。
 両親は新年度から、しっかり安定した職に就くものと思っていたのであった。
私はといえば、まだその方針を決めかねていたものの、子供の頃からの夢であった言葉を一粒の米に変える方法についてあるひらめきを持つにいたって、この衝突となったわけであった。

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