今晩は、えび助です。今回もまたまた落語の記事です。今回紹介する落語は予告通りうちのブログで初めて紹介する芝居噺「蔵丁稚」です。
あらすじ
大阪の船場のあるお店に丁稚奉公をしている定吉。
この定吉が中々の芝居好きで朝10時に使いに行ったのにも関わらず店に戻って来たのが夕方の5時。
店に戻ると当然旦那の説教が始まる。
旦那は向かいの佐助が定吉が道頓堀界隈をうろうろしていたのを見たと言っていたのを何よりの証拠として突き出すが、定吉も負けずに心斎橋を歩いて居ると母親にばったりと会った。
聞くと俥引きの父親が去年の秋から足腰が立たずに寝たきりなので御百度を踏みに千日前のお不動さんに行くと言うので一緒に行っていたと、咄嗟に言い訳をするが旦那にあっさり嘘だとばれてしまう。
それでも引き下がる定吉はこの際だからと自分は芝居が嫌いだと言い出す。
中々食い下がらない定吉に対して旦那は一計を案じ、「そんなに嫌いなら、明日奉公人を残らず中座に連れていくが、お前は留守番をしてくれ」と言い渡すと定吉の様子がおかしくなってくる。
さらに旦那は、知り合いに聞いた所、今月の中座の芝居が忠臣蔵の通しで特に五段目の幕が評判。
何でも「山崎街道の場」に出てくる猪の前足を中村鴈治郎、後ろ足を片岡仁左衛門がやっていて大評判らしいと言うと途端に定吉は笑い出して、「無茶言うたら困ります。そんなんよそで言ったら笑われまっせ。 」
「しかし、向かいの佐助にちゃんと聞いて言うてますねんで。」
「何言うてまんねん。私 わたい現に今まで見てた!」
「ほうら、かかりよった。釜かけてやったらうっかり白状しやがったな。」
「しもたー。謀る謀ると思いしに、返って茶瓶に謀られた」
「何を言いくさる。誰が茶瓶や。今日と言う今日は勘弁でけん。仕置きをするからこっちへ来い!」
嫌がってる丁稚さんを捕まえてズルズルズルズルと引きずっていかれ三番蔵に閉じ込められてしまった。
最初は必死に抵抗する定吉だったが、だんだんさっきまで観ていた忠臣蔵四段目の真似事を始め出す。
「幕が開くというと塩谷判官館の場。上手に石堂右馬之丞と薬師寺次郎左衛門の二人の上使。判官は黒紋付きで静かに座っている。
石堂から切腹を申し付けられた判官さん、シュッと着物を脱ぐというと下にはちゃんと死装束の用意が出来ている。
判官は家老の大星由良助が来るまではと待つが、なかなか現れず「力弥、力弥、由良助はまだか」
「未だ参上仕りませぬ」 「存命に対面せで、無念なと伝えよ。方々いざ、ご検分くだされ」と遂に九寸五分の短刀を腹に突き立てたときに由良助が駆けつける。
「御前!」
「由良助か」 「ハハッ」 「待ちかねたわやい」
ずっと芝居の真似事をしていた定吉も流石に空腹には勝てない。
芝居の事を考えていたら空腹も分からなくなるだろうと蔵の倉庫から旦那が浄瑠璃を語る時の肩衣と葬礼刺しを取り出し、目を向いて一人芝居の開演。
さて、この店の女子衆のお清どん。
「蔵の中で定吉はどうしとんかいな」と窓越しに除くと定吉が光る刀を振り回しているのが見えた。
これには流石に驚いたお清どん。
「旦さん!落ち着きなはれ!」「お前が落ち着かんかい。どうしたんや」
「蔵吉っとんが定の中で」「それはあっちゃこっちゃや。何!蔵の中で定吉が腹を切ってる!それは大変や」
びっくりした旦那。お腹が空いているに違いないとお櫃を小脇に抱え込んでバタバタバタバタ。
三番蔵に入ってお櫃を前に突き出すと「御前!」「蔵の内(内蔵助=由良之助)でか。」「ハハァ」「フゥ…。待ち兼ねた」
原話は1771年に出版された「千年草」の一遍である「忠信蔵」で上方で「蔵丁稚」として完成された演目が、明治以後になって東京に移植されました。上方では三代目桂米朝や桂枝雀、東京では八代目春風亭柳枝や二代目三遊亭円歌の音源が残っています。
記事にしてみて分かりましたが、芝居噺を粗筋に起こすのは結構大変でした。
さて、次回は前の記事では今まで書いた事の無いジャンルについて書くと予告しましたが、予定を変更して次は実に約四ヶ月ぶりとなる音楽の記事を書こうと思っていますのでお楽しみに。
それでは皆さん、さようなら。
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