研修講師『期待される管理者となるために』

「部下をパートナーとして職場目標を達成しよう!」

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 おはようございます。

 人は十人十色様々です。話し手の意図が聞き手に正しく伝わるとは限りません。そのため世間には、「叱りゃいじける、ほめりゃつけあがる」といった相手がいるものです。これは話し手の言い方に問題があるのかもしれません。
 勉強会で<部下のほめ方・叱り方>をロールプレイング(役割演技)していただくと、「どうも適切なコトバが浮かばない」と、ほめ方を不得手とする方もおいでです。

 ところで、お客さまに自分が自信を持って売り込んだものを買っていただいたとき、「お買い上げいただきありがとうございました」と言うだけなら誰にでもいえます。
「これをお選びいただいたお客さまの目には恐れ入ります」などといった、プラスアルファーの「ほめ言葉」を惜しまない売り手は、お客さまに可愛がられることでしょう。誰だってほめられて不愉快にはならないものです。

 シェークスピアのジュリアスシーザーの中に次の言葉がある。
「人間を虜(とりこ)にするには、おだてることが一番だ。ところで、あなたはおだてが嫌いだといってやると、あの男はそのとおりだと答える。これこそ一番おだてにのっているわけだ」

 前にも申し上げた通り真実を込めたお世辞は、お追従とは別物と考えます。その点、歯の浮くようなお世辞ほど嫌なものはありません。見え透いたお世辞を聞くと寒気がするという人もいます。軽薄な人は商品を売らないで、カラ世辞を売り歩いて他人に嫌われる。

 世間の人が、お追従・おべっかを嫌う理由は、事実ありもしないことやチョットした事実を大袈裟に拡大して持ち上げる言葉だからです。心ある人なら、その言葉は相手の本心からでたものか、翻弄されているのではないか、何か魂胆があるのではないか、と疑う。
 そんな言葉に乗るほど馬鹿ではないと、言葉に出さずとも不愉快になる。

 菊池寛の『忠直卿行状記』という小説の中に登場する越前宰相忠直という若殿は、武勇の誉れが高かった。「殿は偉大で超人で、天下無敵である」という家臣どもに取り囲まれ、剣術の試合をしても自分に勝てる臣下は一人もいないといい気になっていた。
 ある日物陰で自分の噂話をしている家臣の声を立ち聞きした時、忠直の怒りは爆発したのだ。
「殿の試合のお相手にわざと手心を加えていることを殿はご存じないのだから、お目出度いよ」
 
 自分の能力を正しく認められないとき、プライドは傷つけられる。忠直も同じであった。自分をとりまく一切を信用できなくなり、やがて自分自身の実力にも疑いをもちはじめ
る。臣下を切り酒色におぼれて乱行、挙句の果てにお家は断絶、晩年は別として自己崩
壊の道を辿ることになる。

 本当のほめ言葉は、お追従・おべっかとは違います。あくまで事実の正しい評価を基礎にしていなければならないし、その言葉には実感がこもっていなければなりません。
 お追従やおべっかは、口先ではほめても腹の中ではぺロリと赤い舌を出す“さもしい”人のやり方です。落語にもありましたでしょう。

「この赤ちゃん、おいくつですか」
「何を言ってるんだよ。産まれたばかりじゃないか」
「オヤッそうでしたか。1歳にしてはお若く見えますな」
 仮にこれに近いことをぬけぬけと言えるのは、自分がその言葉を受け取る立場だったらどうだろうということを考えない、無神経な人ともいえましょう。(以下サブタイトルを変え続く)

 では、明日からもラッシュアワーに負けず、心身共に逞しくお過ごし下さい。お立ち寄り頂きありがとうございました。



■ 話し方研修講師 『人材教育研究所』 (ブログ寺子屋『ラッキー』)

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