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サイボーグ009

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1980年のアニメ映画サイボーグ009の「超銀河伝説」をイタリア語で見ました。
 
もともとイタリアは声優の質がとても高いことで有名です。
そのエピソードもあります。
それはいずれまたご案内致します。
 
まず、伊だけが声優の質が高いのかというとそうでもない。
英語版のサイボーグ009もイワンの大人声を除けば、楽しく聞こえる。
イワンの大人声も慣れればいいが、もっと子供声も聞きたいと気持ちが上がるほど上手なのである。
 
英語版のジョーの声がとてもいい( ´∀`)また、他の声優さん達も感情が伝わり、この作品に対する愛情と
プロの精神が感じられます。
ジョーの声が井上さんや桜井さんや歴代の名声優さん達とひけをとらないぐらい、甘くて素敵です。
加速装置っていう声がもう素敵♪
009のファンさんでしたら、一度は英語版の009を見ることをお勧め致します。
 
さてイタリア語版。
 
悩むあまり優柔不断ではないかとレッテルを貼られる程のリーダー(性能重視)の009であるが、
ここでは声優さんの声が太くて、30代以上の年齢を感じさせる。
それが功をなして、優柔不断だが、ラテン系のマザコン男&ヒモ系の茶髪日本人青年のイメージが
払拭されて、「イタリア系009」が誕生しております。
 
すごいよ。
イタリア語でジョーのラテン系行為が(003に愛を語った後で、一緒に子孫を残そうと求愛をするタマラ姫を抱き返す)当然のように思えてきます。
新ゼロ・平ゼロでは茶髪日本人青年だった009もこげ茶色になっており、ますます南イタリア系の要素を
含んでしまい、009の行為ひとつひとつに違和感を覚えることなく、たとえ009のBGMが演歌でも
浪花節でも、「許容範囲内の音楽」に変わってくるから不思議です。
 
ちなみにサイボーグ009は英語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語があるそうです。
 
さてここからサイボーグ達の声を聞いてみますと、
イタリア語
001・・・(ゼロゼロウノ)・・さすがというしかない。鳴き声も叫び声も聞きなれたあの音域。
002・・・(ゼロゼロドゥエ)・・もともとイタリア系アメリカ人だからイタリア語の方がしっくりします。
003・・・(ゼロゼロトゥレ)・・気が強いイタリア女系の話し方。もちろんジョーのラテン系行為に
                 動揺したりするのですが、戦闘では直ぐに切り替わって、ジョーの太い
                 厳しい声にも対応しております。ただ泣くだけの女の声ではありません。
                 (新ゼロ杉本さんとは対極の声かな?)
004・・・(ゼロゼロクワットロ)ハインリヒ様渋いです。イタリア語になってさらに渋くなりました。
                 もはや北イタリア系ドイツ人かと思うえるぐらいです。素敵(^O^)
005・・・(ゼロゼロシンコ)新ゼロがわざとたどたどしく話していたから、まともに話していて(*≧∀≦*)。
                さすが同じに聞こえるのはイタリア声優軍の質の高さかしら。
006・・・(ゼロゼロセイ)・・チャンチャンコイメージそのまんまでした。さすが!
007・・・(ゼロゼロセッテ)・・変わらず。面白い。ただ006のやり取りも違和感なし。
008・・(ゼロゼロオッチョ)・・カッコイイ。とにかく008はサイボーグの中でも一番のインテリジェンス。
                  品の良さが感じられていいです。
009・・・(ゼロゼロノェーベ)・・・もう、日本人茶髪青年の憂いは全くありません。別人です(*゚▽゚*)
                 ハーフのジョーだからお父さんはイタリア人であったか?と思えるぐらい
                 太いイタリア語が似合っております。
 
まだ終わらないのかと思って観てしまった「超銀河伝説」でしたが、イタリア語となったとたんに楽しくなりました。
未だ、10単語以外は何を言っているのかわかりませんが、聞いているうちにイタリア人ドライバーの
独り言を聞かされていた頃を思い出しました。
 
イタリア語の勉強にもお勧め致しますo(^▽^)o                  
 
 
 
 
 
3月末のJAL機内エンターテインメントサービスで「009 RE:CYBORG」を6回も観てから、
ほぼ毎日サイボーグ009漬けであります。
 
どのように表現をすればいいのかわかりませんが、アニメ、小説、原作とどれをとっても
見ごたえがあります。また何度読んでも天才と言われる石ノ森章太郎の世界に嵌ります。
また、サイボーグ009を愛してくれているファンサイトの充実ぶりと長年(半世紀)もの絶大な
人気を誇る膨大なサイド情報がこれまた楽しくてたまらない。
 
こんな短期間に旧ゼロと新ゼロと平成版の平ゼロを見続け、さらに「超銀河伝説」も当然見ましたが、
 
「超銀河伝説」。。。1980年度のサイボーグ009のアニメ映画です。 
基本的に暗いサイボーグ達の戦いの物語なのだが、そこには人間の根源につながる哲学が含まれており、
それが時代による媒体が少年雑誌であった事が難解という事で打ち切りの憂き目を頂いているが、
個性的なキャラクターで2度誌上で死んでいるのに、ファンの切望で生き返らせて、とうとう21世紀に
なっても作品の中でも復活しています。
ここまで来るともう不死身。いくら「本家」でサイボーグ達の最後を描いたとしても、きっとまた復活する
と思います。話がそれました。。(´∀`;)
 
「超銀河伝説」・・・これについては難解なのではないと思う。見疲れの疲労感の中でなるほどと思えたのは、
           見終わったあと、よくわからなかったとう気持ちにさせられた事がそれ。
           「RE CYBORG」もそうだし、ハリウッド的なすかっと爽やか的な終わり方ではない。
           さらに、ジョーの巷で言われているラテン系マザコン、ヒモ的要素がこの映画ほど
           露出したものはないのではないかと思えるぐらい。
           
           映画では泣く場面も笑う場面もなかったが、ただ笑い泣きしたのは↓の方のコメント。
           ありがとうと言いたい。
           009のファン層の幅の深さに感服致します。
           ここを知って良かったです。ホント。
 
           http://cat-punch.jugem.jp/?eid=62
 
 
 
 
「サイボーグ009 CONCLUSION GOD'S WAR」Ⅲ
未完の大作の完結編を読みました。
 
読む前の様々な酷評やねぎらいの言葉を読んでおりましたので、本を手にする前から高揚することなく
読んだのですが、読み終えた後は感謝しかありません。
 
そして、やっと長い戦いが終わったサイボーグ達の平和がこの現代ではないとしても、
彼らの魂は穏やかだという事が救われました。
 
この作品は「作家達の死闘」というに相応しいものであり、息が耐えるまでペンを離さなかった、故・石ノ森章太郎とご
子息であられる小野寺丈の大作であり、この評価は半世紀先では今以上の高い評価を受けると信じています。
 
<注意:ネタバレあり>
 
サイボーグ009の地下帝国ヨミ編でのラストで002が死ぬ間際の言葉がずっと残るように、
この作品ではフランソワーズが残す言葉が酷く悲惨とも壮絶とも壮大とも悲劇とも見られがちな内容の中で
光を放ち、フランソワーズがジョーに向けた愛情が読み手にも伝わり、暖かなものを感じました。
 
フランソワーズの言葉が二人の悲劇と悲惨を超えた未来が見えました。
 
「・・・ジョーのお嫁さん」
フランソワーズを再び強く抱きしめるジョー。
 
残酷な仕打ちをされ、悲劇のヒロインであるフランソワーズが戦いの中で強くなり、ジョーを守る女性になっていた。
 
運命の時が来るまで死ねない(自殺できない)というのも辛いものである。
 
また孤児院で育ち不遇な人生を歩いて来たにも拘らず、ジョーは常に人の為に戦い、人の為に涙を流してきた彼の最後は決して孤独ではなかった。
 
どちらもラブな言葉で包容されているし、ジョーって愛されてますね(^O^)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ネタバレ満載です。
まだサイボーグ009を見ていない方は読まない方がいいと思います。
 
 
不思議な気分です。
 
平成版の「サイボーグ009」の地下帝国ヨミ編まで見終わりました。
ジョーとジェットの壮絶な最後に力が抜けました。
 
彼らは生みの親である石ノ森章太郎氏によって、彼らにふさわしい死期を用意されていたのですね。
でも、あまりにも多くの「助命嘆願」が寄せられてしまったが為に、生き返らせる事となった。
 
結局、その後の作品は「天使編」「神々との戦い編」を執筆する事になるのだが、ジョーとフランソワーズの
肉体関係を描いたことで抗議が殺到したり、話が壮大になりすぎて中断してしまった経緯があるようです。
 
私は今までサイボーグ009のラストを知らずに来ていたので、その最終編ともいえる「地下帝国ヨミ編」を
見た限り、これこそが最終回であり、ジョーとジェットの死に場所なのではないかと思う一人となりました。
 
あと数日で小野寺丈氏による
2012 009 conclusion GOD'S WAR -サイボーグ009完結編」が届きます。
 
御大の生前残した膨大な資料を基に作った作品で、これで正真正銘の「終了」となるようです。
 
しかし、サイボーグ009の重たい世界観の作品の最後にふさわしい二人の最後だったのに、無理やり生かされてしまったが為に歪められて、性格も破綻させられてしまったような作品に対する抗議の感想を読んでいると、さらに気が重たくなるのをどうしたらいいものかと考えております。
 
御大のその手の中で眠らせてあげたかったと思う一人となりました。
 
ちょっと暗いのですが、それだけにサイボーグ009とは半世紀にも渡り生き続けている作品であり、
日本を代表するSF萬画だけの域には留まる事ができない程の普遍のテーマがあるのです。
 
実は今日の午前中に最終話である48話を見終わった時に私は呆然としたものの、しばらくして
明るく、ジェットの最後の言葉を妄想で綴っておりました
 
彼らの最後は壮絶です。
単身で001の超能力によってミサイル攻撃を阻止するために成層圏を越えようとする魔人船にひとりだけテ
レポートされるジョーには地球を世界各国に配備された核弾頭ミサイルの引き金となる、
宇宙からの核ミサイル攻撃を阻止する役目を与えられました。
それは終わりなき戦いを終わらせるために。
「犠牲者は少ないほうがいい」と冷静にイワンは答えます。
泣きじゃくるフランソワーズ。
「あまりにも辛い仕打ちだ」ど絶句する仲間たち。
「私もジョーの傍に送って!」とイワンに訴えるフランソワーズ。
そしてジェットがジョーを救いに行きます。
成層圏を抜けたジョーを追うことはもはや不可能であったのです。
 
けれどジェットは仲間を救うために最後の一秒まで諦めずに、そして最後の一秒が過ぎたら
はじめて神に祈ると誓います。
 
ジョーは死闘を繰り広げ、自らも「人間の細胞」であり、これからも自分以外の誰かが同じ細胞となって
悪と戦ってくれる事を信じて爆破する船もろとも宇宙に放り出されます。
 
そこにジェットの手が宇宙の塵となって放出されるジョーを救うのです。
 
それまではジェットを五月蝿い男だと思っていました。
いつも誰かに突っかかるし、わがままだし、やんちゃだし、リアクションがオーバーだし、なんて
ジェットの良い所よりも、そんなどうでもいいところに目線が行っていました。
 
ジェットも仲間思いだし、やる時は己を殺しても行動をしています。
 
ごめんねジェット、いままであんまり好きにならなくて、と思うほど、ジェットは格好良かったです。
 
ジェットはジョーをしっかりと抱きかかえながら飛びます。
独りで死ぬことを覚悟していたジョーには安堵の表情がありました。
そして地球を見つめながら「みんなは?」とジェットに尋ねるジョー。
その時のジョーは皆なに会えると期待が高まっていたようです。
 
ジェットがその期待がかなわない事を静かに諭します。
 
「燃料が切れてしまったんでね。」
 
そこでジョーはこれから訪れる死を悟ります。
地球はどんどんと大きくなり、成層圏が近づいて来ます。
 
とっさに出た言葉は「君だけならなんとか帰れるかもしれない。」とジェットの腕を離そうとします。
力ずくで離そうとするジョーをジェット。
爽やかな顔で「死ぬ時は一緒だ」
 
ジョーはそれきり言葉を失いました。
ジョーは独りで死ぬことを覚悟していた。
けれど二人で死ぬこともあるのだと悟ったのかも知れませんし、
 
「おっともう成層圏だ」と、いつもの調子で話しかけるジェットにその身をまかせたのかも知れません。
 
不朽の名作のクライマックス。
 
「君はどこに落ちたい?」とジョーをしっかりと抱きしめたままジョーに語ります。
ジョーはジェットに何かを言ったのかもしれませんが、それは私たちには聞こえない声でした。
 
二人は炎となって地球に落ちて行きました。
 
大きな流れ星を二人だと確信するフランソワーズの絶叫。
 
偶然、ジョーとジェットであろう流れ星を見た弟姉が祈ります。
弟はプラモデルの銃が欲しいと言うが、お姉さんは世界が平和でありますようにと祈る。
 
悪と戦いに戦ったサイボーグは誰からの賞賛もなく消えていく。
 
 
最後の最後までメッセージを残してくれた素晴らしい作品でした。
 
 
興味深かったのは私が泣いたのは平成版サイボーグ009で、49話から51話までの3話は
闘病中であった御大の構想ノートから書き上げた作品です。
 
ここではコスチュームが今までの赤色から青色に変わっています。
これは現実社会で生きているサイボーグ達の色だそうです。
 
 
もはやジョーは別人のようでして、それについて自分の嗜好を押し付けるつもりはないのですが、
生き返ったジョーとジェットを見てもパラレルワールドのジョーBとジェットBを見ている気がします。
 
初めて地球の萬画という中で生まれたジェットはあの時に死んでしまったようです。
私が感じるのは言葉の重みが変わっていて、それはそれでいいのかも知れないけどね。
 
 
  「ジョー!君はどこにおちたい?」
  二人抱き合ったまま成層圏に突入し、流れ星となり消えていきます。
 
 
 
 
 

やっぱり好き(*´ω`*)

 
不朽の名作「サイボーグ009」
 
今まさにこの物語の壮大なメッセージが必要となる時ではないのかと思う時がある。
 
サイボーグ達が生まれて50年近くなり、さらにサイボーグである彼らの世界観が映像によってより近く
 
私たちの視覚に彼らの能力を知ることが出来る時代に入り、それを堪能出来た事は嬉しい限りである。
 
なんて、┗(;^ω^)┛硬くなってしまったが、私の周りには同じ趣味を持つ方がおらず、
 
こうしてブログに細々と書き込んだり、ファンクラブのサイトや2ちゃんねる等で自分を代弁している声を
 
探したりしております。
 
残念ながら人の意見は結局は自分のものではないから、記録というものにはならない。
 
何かしら感想を残せたらと思います。
 
 
今、平成版サイボーグ009を第1話から第42話まで一気に見まくりました。
 
約一年分を仕事をしながら5日間で見るのは楽しいけど目に負担がかかります(||´Д`)o
 
でも、これが終わったらいよいよ小野寺丈氏による完結編が待っており、壮大なラストについていけるのか
 
どうか不安です。
 
せめてこの完結編を読む前にはサイボーグ達のサイボーグであるが故の悲劇とそこから未来へ
 
希望を託し、仲間を信頼する事で闘う彼らの勇気を感じ取りたいです。
 
 
余談ですが、劇場版 009 RE CYBORG は何とも言えない最高の癒しの作品になりました。
 
ちょっとピュンマの出番とGBの拉致されっぱなし?的な扱いにとっても残念ですが、ラブラブな003と009の
 
姿がとても嬉しいし、思いっきり恋人の設定だったし、仲間がいようと関係ないフランのエロ攻撃(*≧∀≦*)
 
あ、これはまた後で。。(*゚▽゚*)/
 
そでは最終話まで一気見します。
 
 

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