|
ブログを休んでいる間にGTVの車検を受けました。この2年間で走った距離は5000キロにもなってませんでした(笑) いつものようにディーラーへ行くと、「この距離じゃ何処も部品交換の必要がありませんねぇ」と言われました。そうはいっても7年経っているので、ゴム製品や劣化している部分があるかもしれないので、徹底的にチェックだけはお願いしました。 しかし結果は異常なし…。嬉しい誤算でした(笑)心配していたベルト類も何ともなし、下回りなんか洗浄の必要が無い程綺麗なので、そのままにしたそうです。 気になる車検費用も国産車より安くあがりました。(点検だけなので当たり前ですが) 今年は車関係のイベントには、なるべく参加しようと思います。
|
GTVな話
[ リスト | 詳細 ]
|
フェラーリマークの象徴である「跳ね馬マーク」(スクーデリアフェラーリ)はアルファロメオのレーシングモデルに付けられていたマークって知ってました?その後アルファロメオのレース部門が独立して今の「フェラーリ」になりました。
アルファロメオにフェラーリのステッカーを貼る事は、ある意味正統派なんですねぇ〜 さて、歴史の勉強です。(資料より抜粋) 1932年末、アルファ ロメオは経営が変わった。何年か先のこととなるFiat Group Automobiles S.p.A.による買収を除いて、経営が変わったのはこれが最後である。イタリア政府組織であるI.R.I.(産業復旧公社)がアルファ ロメオを買収し、レースからの撤退を発表した。四つ葉のクローバーに代わって、「スクデーリア フェラーリ」の跳ね馬のマークを付けたミラノの赤い車が、以前と同じようにアルファ ロメオの代表としてレースに参加した。一方、ウーゴ ゴッバートの指揮により、工場は近代化され、大量生産が導入され、トラックやバスの生産も始まった。30年代後半には、会社は大好況を迎える。しかし、レース活動は継続していたが規模は縮小されたままだった。37年、ジョアッキーノ コロンボがヴィットリオ ヤーノの後を継ぐと、翌38年には再びレース専門部門「スクデーリア アルファ」が創設される。だがレース活動は、政治情勢や制裁措置の影響を受けるようになり、ムッソリーニはイタリア人ドライバーがフランスのレースに出ることを禁止、39年の「ミッレ ミリア」は中止されてしまう。航空機エンジンの生産が強化され、新工場の建設工事がパミリャーノ ダルコで始まった。もしスクーデリアアルファが創設されていたら今のフェラーリは無かったかも知れませんね。 |
今年もM邸で開催されるBBQに参加してきました。ガレージには相変わらずF40やF355、ポルシェ君たちが整然と並んでいました。観ているだけで幸せになれます。(笑) 料理はソーセージとチーズの燻製が絶品でした♪締めの焼きそばも大変美味しゅうございました♪ 余談ですが、F355でBBQの炭を買いに出かけたのには驚きました。(笑) |
オフ会用にアルファのジャケットは持っていますが、シャツは持っていなかったので思い切ってシャツを買いました。真っ赤なアルファロメオのシャツです。 オフ会以外で着るには少々勇気が要りますが、サーキット等へ遊びに行った時には目立ちそうです。 早速、明日のラテン車ツーリングにはこれを着ていこうと思います。(ヲタクに見られるかなぁ?) |
久しぶりのGTVネタです。リアガラスに貼ってある「コーンズ」ステッカーを張り替えました。 以前の「コーンズ」ステッカーは端の所が少々めくれてきてしまったので、思い切って張り替えることにしたのです。 ステッカーも新しくなり気分一新して気持ち良く走れそうです。(笑) |




