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先日、天守のあるお城を見たくなって関宿城に行ってきました。(関東だと天守少ないですから…) お城に行く前に市内に残る移築遺構も見てきましたので紹介しますね。 関宿城から県道結城野田線を南下して行くと左に実相寺があります。 ここの客殿は宝暦6年(1871)に建造された関宿城本丸の御殿遺構で、明治4年(1871) に実相寺に移された物です。 だいぶ改築されている感じがしますが、千葉県内唯一の御殿遺構として貴重です。 アップで。 ここ実相寺には関宿城主久世家の歴代藩主の位牌が安置されていて、この客殿のガラスにも 久世家の定紋がしっかりありますね。 再び実相寺から県道結城野田線を南下して行き、バス亭東高野のすぐ先左手に埋門が移築されている 小林家があります。 明治8年の関宿城破却と同時のここに移築したもので、関宿城内にあった大きな門 (佐竹門、辰の門)の間にあった埋門といわれる形式の門で特に名称はなく通称四つ足門と 呼ばれていました。 現在は約8間半(15メートル30センチ)ほど移築当時のままの状態で残されています。 戦が始まり籠城の場合は入り口(戸)や塀の内側を約3分の2程度、土で埋めてしまい敵の攻撃 を一時的に防ぐという性格のものであるため埋門と呼ばれています。もちろん通常の時は 通用門として使用されていました。 関宿城 埋門。ん〜この地味な感じが関東の城郭遺構らしくて良いですなあ。 かつての所在地関宿町が野田市に吸収合併されたため野田市の新しい案内板が建ってます。 埋門を裏から。 今は普通に小林家の通用門として使用されていますが、もしお城マニアの自分の家にお城の門が あったら鼻高々でこんなに嬉しい事ないでしょうね♡。(どうせなら櫓門がよいなぁ) 関宿城の遺構はこの他に隣町の茨城県境町の逆井城に薬医門、栃木県下都賀郡石橋町に長屋門が 移築されて残っていますが、今回は野田市の遺構だけ見てきました。 次回は関宿城の記事をUP予定ですので宜しくです。
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るなさん、小林さんのお宅の埋門なかなかいいですね。ホント、お城ファンならたまらないでしょうね。
2006/12/25(月) 午前 10:59
維持管理がやはり大変で・・・雨戸がサッシに変わったり・・・ちょっぴり寂しい感じですが・・・時代の流れで仕方が無いのでしょうかネ!
2006/12/25(月) 午前 11:18
shaneさん>門もいいけど、やっぱり究極の夢は天守を建てる事ですよね(V^−°)イエイ!。
2006/12/25(月) 午後 11:29
らくえんさん>そうですよね、ましてや史跡指定などになったら莫大な維持費が掛かるから所有者も大変でしょうね。
2006/12/25(月) 午後 11:33
おぉっ、これですね!
確か本堂の右手にあった建物。
お寺の方の生活空間だと思ってのぞいてみませんでした…。
おくればせながら、TBさせて頂きます。
2008/11/21(金) 午後 10:40
中居屋さん>TBありがとうございました。
この客殿は御殿=華麗のイメージとは掛け離れていますから…
(;^ω^A
2008/11/22(土) 午後 8:52