吉井藩は、京都鷹司家の出である、信平を祖とする。石高は壱万石にすぎないが、徳川親藩として松平姓を名乗り、江戸城中では重きをなしていた。藩主は江戸定府で陣屋を置いて藩治に当たらせた。陣屋は始め木部村(高崎市)、次いで、矢田にあったが、宝暦2年にこの地に移った。11代信発は水戸家蟄居(勤皇党の過激運動に対して)の大任を無事に果たした名君である。なお、12代信謹は他藩にさきがけ明治2年に版籍奉還をして、吉井藩知事に就任した。 陣屋の位置は現「旧陣」一帯の地で、周囲に堀と土手をつき、その上に松と欅を植え、東南に表門を設けた。(現地案内板より)まずは移築された表門を。 ドンドン〜「開門〜ん!」の図
明治に東深沢の民家に移築されたのですが昭和45年に当時の吉井町に寄贈され、この
場所に移されました。その際に屋根のソリが直線にされました。
裏はこんな感じ。ベンチがあるので田舎のバス停のようでもあります。
吉井陣屋絵図ですが、絵図の右が北になります。
嬉しい今昔地図で陣屋内の位置を確認。
陣屋内は市街地化…
ガッカリするのは早い…遺構はあります。これは現存長屋です。
土塁もあります。ここは陣屋の西南隅にあたります。
土塁上は春日社跡で標柱と案内板を発見!
フェンスに囲まれているのはケヤキの切り株。
総評 ★★☆☆☆ (旦さま私見 ★2つ)吉井陣屋の散策はまず、移築された表門から。 思った以上に大きくて堂々とした門ですよ。
ここは吉井郷土博物館の前なので、博物館で資料等を見学してから出陣。
博物館は火打ち金(石に打ち付けて火を起こす道具)の体験コーナが面白かった^^
陣屋の規模は東西約240m、南北約160m。
絵図に畑とあるのですが、どうやら自給自足の生活をおくっていたらしいですよ。
博物館(表門)から北にちょっと歩くと陣屋内になりますが、市街地化です。
その中に残る土塁は貴重な遺構。土塁上の春日社跡は寛政3年(1791)に奈良の春日社から
勧請したもの。その後八幡宮に合祀されました。ここには大きな石碑が二つあるのですが、これは
「吉井藩治碑」と「天皇陛下御駐在記念碑」。
博物館の方に教えて頂いたのですが、当時の長屋が残っていました。
しかし今も暮らしているので、さりげなく見て退却。人さまのお宅ですから(^-^ゞ
だいぶ改変されている様子ですが、前と同じ場所で住居として今だに機能しているのは凄い!
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中居屋さん>実は裏が結構さびしいのですよ(^-^ゞ
博物館の方に長屋の存在を聞いて、楽しみに向ったのですが、
その外観を見て、驚きでした。まさかこんなに生活感にある
長屋だと思っていなかったので。
2010/10/18(月) 午後 10:59
ひろさん>田舎のバス停ってベンチと屋根が付いているイメージが
強いので。トトロが出現しそう!?
やはり人さまの住む長屋はマジマジと見る事は出来ないです。
2010/10/18(月) 午後 11:03
shaneさん>吉井駅から少し歩くとすぐ陣屋域内ですね。
長屋門の存在は博物館の方に教えていただくまで知りませんでした。
でもこれが長屋門と聞いていなければ、ただの民家と思っていたか
もです(^-^ゞ
2010/10/18(月) 午後 11:12
デキ太さん>この長屋みたいな造りのお家って昔良く見かけま
したね。最近じゃ珍しいかも。
2010/10/18(月) 午後 11:14
おしょうさん>☆ありがとうございます!
はい〜吉井陣屋は表門以外にも見所があるのですよ。
長屋は今も住居として使用されているので、もろん標示等はあり
ません。なのでパっと見は長屋遺構とは思わないでしょうね。
2010/10/18(月) 午後 11:19
新之助さん>この辺りは遺構の素晴らしい中世城郭が多いので
吉井陣屋は後回しになってしまいますよね(^-^ゞ
表門以外にも遺構が町中に点在しています。
2010/10/18(月) 午後 11:23
tararanさん>ポチありがとうございます!
はい〜旅が好きなもので。地元グルメにも心惹かれます♪
2010/10/18(月) 午後 11:25
黒鍬さん>今も現役の長屋って貴重ですよね。
歴史とエコががっちり握手です(*^ー゜)b
2010/10/18(月) 午後 11:28
お茶犬さん>ポチありがとうございます!
物足りなさを感じる吉井陣屋散策でしたが、少しでも遺構を
拝む事が出来たのは嬉しいです。陣屋は完全消滅が多いです
からね。
日本自体が世界遺産に登録!これは素晴らしい。無理を承知なの
で余計今まで破壊してきた歴史の産物が惜しい…(ノ_<。)
2010/10/18(月) 午後 11:33
baronさん>仰る通り、陣屋は破壊し易いのか殆んどが遺構を
残していませんね。
なので立派な表門が残るだけでもマシな方かも…
奈良にも陣屋があったのですね。学校ですか、七日市陣屋パターン
ですね。藩主の松平さんは京都鷹司家の出ですから、まさに高家♪
2010/10/18(月) 午後 11:41
はまっ子さん>周辺に素晴らしいお城が多いですからね。
吉井陣屋はスルーされるパターンが多そうです(^-^ゞ
長屋が現役で残っているのは貴重すぎ!一見現存遺構とは
思えないほど生活感が溢れています。
2010/10/18(月) 午後 11:47
ラクエンさん>豪華な屋根付きバス停に見えますよね。
のどかな感じがまた良いのです。
屋根の形体から、仰る通り、わら葺だったようですね。
2010/10/18(月) 午後 11:51
小さいながら、立派な藩だったのですね。
現存長屋って、珍しいのでは。。
屋根がカラフルですな。
でもそのかたちは当時を物語っているようにも見えますね(^^)
2010/10/24(日) 午後 11:55
しゅうちゃんさん>高家出身の松平さんです^^
今も使われている長屋って日本唯一なのかと…
往時も時給自足の生活をしていたようなので、決して恵まれた
藩ではなかったのは事実でしょうね。その面影もある長屋です。
2010/10/25(月) 午後 11:42
るなさん、TB有難うございました!
今回、吉井陣屋に行くにあたって、るなさんの記事を参考にさせて頂いたんですよ!
長屋、しっかりとみてきました〜
このカラフルな長屋の南側にも、さぞ、と思われる大きな古風な建物があったのですが、その建物を覗き込んでいたら近所の人に怪しまれたので、写真に撮る事は出来ませんでした(^^;
TBさせて頂きますね!
2011/12/8(木) 午後 11:23
shaneさん>TBありがとうございます!
お役に立てて光栄です(*^ー゜)b
いまだに長屋として人が住んでいるのですから凄いですよね。
他にも古い建物があったのですか。でも人の家だと撮影は躊躇
してしまいますよね。
2011/12/9(金) 午前 6:48
るなさんの記事を参考に行って来ました。
TBしま〰す!
2012/3/22(木) 午後 11:31
月の輪さん>TBありがとうございます!
陣屋門は何気に大きく立派ですよね。
2012/4/1(日) 午後 7:47
やっと吉井陣屋の記事をアップできました。ここは表門しか遺構が無いと思っていたので、るなさんの記事を読んで長屋等の他の遺構があることがわかり、実際に訪問した時に参考にさせて頂きました。TB、させて頂きました。
2014/3/26(水) 午後 9:42 [ - ]
はまっ子さん>TBありがとうございます。
当ブログがお役に立てて光栄です<m(__)m>
今も人が暮らしている長屋で驚きでした。
現役長屋ですよね!(^^)!
2014/4/6(日) 午前 5:34