茂侶神社周辺が花輪城跡。詳細不明だが交通の要所を押さえた戦国時代の城と考えられている。花輪城跡の茂侶神社
では境内に
堀跡
切岸
前方に土塁
下から四段の平場があります。
茂侶神社 通称・茂侶浅間神社。創建年代等は不詳ですが、延喜式神名帳に記載されている「茂侶神社」に比定される社。
城が機能していた頃からあったのかその後移転して来たのか…不明
隣接する宮本中学も郭跡
弘法大師が錫杖で掘ったところ、湧水が出たという伝説の
天の真名井。 学校グランド造営で水が枯れたしまったとか
学校の西側にありますがフェンスに囲まれていて入りずらい
感じ。でも鍵も開いていたし全然ウェルカム
総評 ★★☆☆☆ (旦さま私見 ★2つ)東船橋駅の南西にある茂侶神社周辺が花輪城跡です。
花輪城と言えば流山市にもありますが、ここ船橋の方がマイ
ナーですね
現在神社周辺には家が立ち並び窮屈状態ですが
かつては江戸名所図絵にも書かれた眺望の良い台地でした。
城跡の名残なのか神社南の参道から本殿まで四段の平場に
なっていて参道途中左手に堀跡と云われる窪地と切岸が確認
出来ます。また三段目の平場には土塁らしき土盛り。
このようにホンの僅かですが城跡らしさが感じられます。
ちなみに石碑、案内板の類はありません
神社に隣接する宮本中学も城域だったらしく神社との間の道
が堀跡の可能性があるとか。
中学校の西の天の真名井(湧水)。往時は水の手として利用
されていたでしょうね
近くに京葉道路花輪IC
なのか…もしや逆?? 謎多き花輪城でした。
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謎多きところが魅力でもありますね。今日のこぐはスペイン人が作った古城の前に泊まってますが、やっぱり石垣の作り方、石組が日本と違います。そういえば堀っていうのも、自然の海や湖、川なんかを利用してる他は、あまり見られないのも特徴かな?城壁の高さで代えるっていうのは中国と一緒みたい。
2014/7/5(土) 午前 7:21
船橋市にも花輪城があったんですね。全く知りませんでした。流山市の花輪城には一応説明板等はありましたが、こちらには全くないんですね。
2014/7/5(土) 午後 6:54 [ - ]
謎多き花輪城散策お疲れ様でした☆
かつては展望の良い台地だったんですね...ψ(。。)メモメモ
展望が良い場所は気分がイイのでォィラは大好きです( *´艸`)ムププッ
2014/7/6(日) 午後 8:02
住宅地の中に何気に残っているからよろしいのではないでしょうか。
るな様、お願いがございます。(NGならそう仰ってくださいね)
近々私のBLOGで八高線・高崎〜高麗川編を取り上げるのですが、寄居駅を出た辺りで、本文中に鉢形城・お祭り・るなさんのBLOG&お名前を少しだけ触れさせてくださいませ。
決して悪い内容ではないのでよろしくお願いします。
お返事お待ちしておりま〜す。
2014/7/7(月) 午後 7:21 [ ジャン ]
茂侶神社って延喜式にあるんですか。それはまた古いですねー。フツーに考えれば城よりも断然由緒正しいので、神社を取り込む形で築城したと考えられますけど、神社を動かすことも頻繁にやってた頃ですからねぇ。城の守り神として近くにあったのを城内に移築させたとも考えられますし、どうなんでしょうねぇ。
2014/7/7(月) 午後 10:30 [ にすけ ]
こぐーさん>スペイン人が作った古城の前?もしや
スペインに滞在中でしたか。外国のお城は日本のお城
とは全然違いますよね。個人的に別物として考えたい
ですね。ドラキュラとか住んでいそうだし(^^ゞ
天守に相当するのは塔なのかなぁ??
2014/7/8(火) 午後 10:20
はまっ子さん>千葉県花輪城と検索すると流山市の
花輪城がヒットしますし…(*_*) 船橋市も負けずに
アピールして欲しいのですがイマイチ城館跡に対して
力が入ってない感じの市です。
2014/7/8(火) 午後 10:25
ブラックさん>今も台地の感じはありますが宅地化
が凄くて残念(*_*) せめて城跡表記あれば嬉しい
のにね。
2014/7/8(火) 午後 10:29
ジャンさん>城跡の遺構と言われて意識する感じ
ですけどね(^^ゞ
ジャンさんのブログに取り上げて頂けるのですか。
全然OK。光栄です。記事楽しみにしていますネ(^O^)
2014/7/8(火) 午後 10:32
にすけさん>神社とお城の関係が気になるのです。
神社も引っ越しが多かったのですか。
色々な事が考えられますが…どうなのでしょうかね。
やっぱり謎です(^^ゞ
2014/7/8(火) 午後 10:37
るなさん、僕も研究しているわけではないので自身もって・・・とはいきませんが、城内に神社や仏閣を取り込む事例はあります。だいたい山に神社やお寺があるところは、それ自体ロケーションが築城に関してもいいところなので(水場とか)、そういう意味と、神仏に城を守護してもらう的な意味とがあるように思います。一方で、やはり築城のロケーションとして採用されたがために、どかされたという話もあります。その土地の時の権力者がどう考えたのかってことでしょうかね。
でも小さな神社ならともかく延喜式にのるような由緒が古い神社などは、なかなか遷座せよとは言えないですよね。家臣や住民の反発もあるでしょうし。
2014/7/12(土) 午後 1:43 [ にすけ ]
にすけさん>情報ありがとうございます。色々と
勉強になりました。そうですよ権力者と言っても
好き放題は反発買いますものね。
2014/7/13(日) 午前 5:47