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映画・のぼうの城の主要登場人物の中でただ一人
憎まれ者として描かれてしまった長束正家さん
本物の長束さんはどんな人だったんだろう…??
映画では長束さんの横柄な上から態度によって忍城側は戦
に 決したから大事な物語のキーマンでしたよね
長束さんと言えば…元は丹羽長秀の家臣でしたが高い算術
能力を買われて豊臣秀吉直参に。財政を一手に担い、蔵入
地の管理、太閤検地の実施に当たりました。また兵糧奉行と
して兵糧の輸送に活躍し。小田原征伐では20万石の兵糧を
滞りなく輸送し小田原城を囲む大名の兵糧とした出来る男
そして文禄4年にめでたく豊臣五奉行
そんな長束さんを2013年の忍城時代まつりで演じさせて
もらった旦さまはこの後から長束さんに対する思い入れが
強くなったのですよ。
と、言う事で名古屋遠征で旦さまがどうしても行きたかった
のがここ?…どこ?? はい、長束さんの屋敷跡です
遺構はナシですが、ちゃんと石碑があります
石碑は4つありますが長束正家邸跡のは一つだけ。
長束さんは生まれが近江?尾張?両説アリ。
説明板がないのでここはどの時代の屋敷跡かは
分りません…
分りません…じゃ気が済まないのが旦さま
会に問い合わせ
江戸時代の天保期に描かれた集落図に『長束正家邸跡』
の記載がある。場所は現在石碑のある場所より北。
石碑には建立年月は刻まれてなく、おそらく大正時代に
県内の他の史跡碑と共に建てられたものじゃないかと。
しかし発掘調査とかはされてなくてこの辺りが本当に長束
正家邸跡かは確定されてないのです。よって史跡指定は
されてません。
との事でした。調べて頂いた職員さんに深く感謝致します。
奥さんは本多忠勝の妹・栄子さんで徳川家との関係アリ
でしたが関ヶ原の戦いで石田三成の西軍として参戦。
しかし本線では吉川広家の妨害により戦闘には加われず、
居城の近江水口城に撤退。しかし池田長吉(輝政の弟)軍に
囲まれます。本領の安堵の約束で城から出たところダマされ
捕縛されてしまいました。そして切腹させられました…
出来る男・長束さん
関ヶ原の時、九州へ撤退する島津に道案内として自分の
家臣を付けた逸話もあります。
今回の屋敷跡訪問は長束さんの人生を知る良いきっか
となりました
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確か歴史の教科書では“ながつか”と載っていたような…。
最近は足利尊氏像は高師直らしいし、もう一度歴史の教科書を見てみたいです。
歴史はまだわからないことばかり、ということでしょうか。
2014/10/12(日) 午前 9:27
ええっと・・・
☆はお幾つでしょうか?(笑)
伊東潤さんの「国を蹴った男」に夏束正家さんが主役(準主役?)の小説が載ってますよ。
題しまして、「戦は算術に候」というもの。
笑い泣きのようなオチでした。
2014/10/12(日) 午後 4:41 [ ジャン ]
おはようございます(*^^)v
長束正家、確かにのぼうの城では、かなり嫌な奴でしたね!
ナイス!
2014/10/13(月) 午前 7:53
zetaさん>色々な読み方があるみたいです。
ここの地名は「稲沢市なずか町」ですし。
なずか町のなつか正家邸跡ネ(*^_^*)
確かに新たな発見が多いので今の教科書は
気になります。
2014/10/13(月) 午前 7:54
ジャンさん>☆は…3つ!ですね(^^ゞ
遺構がなくても思い入れがあればOK!
長束さんの小説があったのですか。
これは読まなきゃ。情報ありがとうございました
<m(__)m>
2014/10/13(月) 午前 7:58
tararanさん>ナイス!ありがとうございます(^o^)
和田さんのトークショーでは石田軍、成田軍、
どちらも悪でも正義でもないように描いた〜
と言っていた記憶があるのですが(^^ゞ
でも考えようによっては長束さんは
美味しい役どころだったかなぁ〜とね♪
2014/10/13(月) 午前 8:01
長束正家邸跡というのがあったんですね。長束正家というと石田三成の陰に隠れて、あまり目立たない存在の感じがします。
2014/10/13(月) 午後 0:05 [ - ]
うんうん、名前を見れば五奉行の一人ってわかるんですが、それじゃ何やったかっていうと、どうも他のキラ星の陰に隠れて、なんだったっけ?って感じの人ですね。結構できる人だったと思うんですけどね。残念ですね。
2014/10/13(月) 午後 0:25
るなさん,長束正家はもともと丹羽長秀の家臣だったんですね.
てっきり石田三成のように近江出身と思い込んでいました(^^ゞ
稲沢の伝長束正家跡はのどかな光景ですね〜
左側に見えるエレベーター会社の塔は確か新幹線からも見えたような?
ナイス,いきますね!
2014/10/13(月) 午後 1:31
ご無沙汰してます。
算術というから近江商人系かと思っていましたが、稲沢の説もあるんですね。
軍の兵站を担うのは地味ですがかなり重要な役割ですから 悪役意外でも脚光を浴びるといいですね。
2014/10/13(月) 午後 7:31
遺構がないのは仕方ないとして、よくぞその地を見つけて行ったことが素晴らしいですねぇ。しかも問い合わせまでして調査されてますし。法螺貝といい琵琶といい、実行力がありますね。見習いたい。。。
2014/10/13(月) 午後 10:03 [ にすけ ]
はまっ子さん>そうですよね。五奉行と言えば石田、
浅野…えっとぉ…あと誰だっけ??ですよね(^^ゞ
のぼうの城で名前だけは広まったかな。
2014/10/19(日) 午後 9:42
こぐーさん>残念な事にそうなんですよね(*_*)
地味な存在ですが秀吉が選んだだけあって
「できる男」。でもマイナー感も良いかな。
2014/10/19(日) 午後 9:47
shaneさん>ナイス!ありがとうございます。
土地勘がないので稲沢市って名古屋から結構離れて
いるの感じがしました。この塔ってエレベーター会社
のモノなのですか。勉強になりました(^o^)
秀吉に丹羽家の不正を詰問された時に長束さんが
帳簿を出して潔白証明した逸話もあります。
2014/10/19(日) 午後 9:54
黒鍬さん>やっぱり武断派に比べると地味ですが
何かきっかけがあれば五奉行だって人気が出ると
思うのですよぉ。でも悪役のイメージじゃダメ
でしたが(*_*)
2014/10/19(日) 午後 9:59
にすけさん>旦さまはマイブームがあると燃える人
なのです。時々それが迷惑に思える時も(*^_^*)
法螺貝、琵琶も自前甲冑で使用すると言う目標が
あるからこそ練習しているのですよぉ。
やっぱり目標があると頑張れるみたいです。
2014/10/19(日) 午後 10:03