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治承4年(1180)10月20日、富士川の戦いで勝利した
源頼朝は、黄瀬川宿へと引きます。翌日、奥州から若者が
やって来ました。その若者こそ、頼朝の弟、九郎義経。
兄弟の初対面。お互い涙を流し、これまでの苦労を語り
共に平家打倒を誓う!これが有名な兄弟対面の話しね。
今回はその対面場所である八幡神社の対面石をご紹介。
八幡神社(静岡県駿東郡清水町八幡39)八幡神社
太鼓橋で弁慶の真似…自分で言うのも何だけど弱っちそう
本殿の左裏を目指します。
じゃ〜ん!これが『頼朝・義経対面石』
義経が座った石と云われてます。頼朝の石の後ろの木は
これもゆかりの『ねじり柿』
説明板〜『治承4年(1180)10月、平家の軍勢が富士川の辺りまで押し寄せてきた時、鎌倉にあった源頼朝はこの地に出陣した。たまたま、奥州からかけつけた弟の義経と対面し、源氏再興の苦心を語り合い、懐旧の涙にくれたという。 この対面の時、兄弟が腰かけた二つの石を対面石という。 またこの時、頼朝が柿の実を食べようとしたところ、渋柿であったのでねじってかたわらに捨てた。すると、後に芽を出し二本の立派な柿の木に成長し、この二本は幹をからませねじりあっていたので、いつしかねじり柿と土地の人は呼ぶようになった。』
ねじり柿は兄弟対面記念に頼朝が植えたとの説もあります。
説明書が欲しかったけど本殿は閉まってるし、社務所に
行っても留守だし…残念
石と石の間は狭くて膝突き合わせる状態
に座ったのは伝承ですが信じた方が楽しいからね。でも気に
なる〜元は江戸時代の陣屋の庭にあったらしい
対面石を見たら、大河での兄弟対面場面が見たくなる
『大河・平清盛』での対面場面。本当は『大河・義経』が見たかったけど近所のTUTAYA置いてなかったのよぉ〜
神木君両作品で義経だったからね。それにしてもさわやか
な表情だねぇ。
さぁお兄ちゃんの登場だよ。
若々しくて超イケメンお兄ちゃん。個人的には中井さんの頼朝
イメージが強い。「共に鎌倉に参ろうぞぉ〜」ってさ。
大河・平清盛での対面は陣所だし涙の抱擁もないし…
う〜む、違うTUTAYAで大河・義経を探すか。義経では感激の対面シーンだった気が…
どうなんだろう〜用心深い頼朝、いきなり奥州から来た弟で
す〜って言われてすぐに信じたのかなぁ。大河・平清盛では
えっ弟?って感じの演出でしたけどね。身分証明書もない時
代だし顏も知らないからね。富士川合戦大勝利で気持ちが寛
大になっていたのかもね。
とにもかくにも源平スーパーヒーロー源義経、歴史
の表舞台に登場!なのです。
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兄弟げんかといえばこの二人、やはり頼朝は義経を信じきれなかったんでしょうね。
義経が戦上手だけならうまいように行ったかもしれないのに、と思います。
三嶋大社に頼朝が座った石があったような?
2016/5/28(土) 午後 8:24
後年に、哀しい関係になってしまう頼朝と義経、初めて出会った時は、打倒平家という同じ目標に向かっていたのですよね
その対面の場所は清水町なのですか
柿田川の近くなのでしょうか
ナイス、いきますね!
2016/5/28(土) 午後 9:52
頼朝は、義経が、あまりにも戦に強かったので、いつか自分がやられてしまうと、警戒したのかな?
世渡りが、下手だった義経ですが、ヒロは義経好きです。
ヒロ
2016/5/29(日) 午前 5:08 [ kqj*b30* ]
るなさん、お早う御座います。
兄頼朝は名古屋熱田の出身。
義経は京都鞍馬の出身?2人が静岡で対面した時、どんな会話がなされたのでしょう?
頼朝:「おみゃ〜さんが、弟の九郎義経きゃぁ?」
義経:「そうどす、一見さんはお断りどすぇ〜❤」
…と、言ったかどうかは2人だけにしか解りません。
ご清聴有難う御座いました(爆)
2016/5/29(日) 午前 9:41
安田靫彦の絵が有名ですね。しかしこれがねぇ、運命の坂の上だったとは、このときの二人は知る由もなかったわけで・・。予感はあったのかな?
2016/5/31(火) 午前 6:56
弱っちそう?
いえいえ、強そうに見えますが。
(ジャン)
2016/5/31(火) 午前 7:57 [ fun***** ]
そう、安田靫彦さんの絵が有名ですが、絵の方は頼朝は目を合わせていませんね。対面石は距離が近いですが、絵の方は将来を暗示するように距離感のある空気が漂っていますね。やはり安田さんは上手いですね。
6月に石垣山一夜城に行きますよ。
2016/6/1(水) 午前 9:24
> マリオンさん
身内での争いが絶えなかった源氏の血が
そうさせたのか…(*_*)まんまと後白河法皇の策に
はまった義経?伊豆には頼朝伝説多いですよね。
2016/6/5(日) 午前 6:27
> Shaneさん
富士川で平家を打ち破った頼朝の元に兄弟が登場。
どんどん運が向いてきたと思ったでしょうね。
仰るようにこの後の運命など思いもしないで…(*_*)
地図で確認すると八幡神社は柿田川にも近いですが
黄瀬川の方が近いですね。
2016/6/5(日) 午前 6:34
> kqj*b30*さん
想像以上の戦上手、勝つために手段を選ばない
何でもアリの義経。後白河法皇と接触をしなかった
としてもいずれ頼朝に滅ぼされてしまう運命
だったのかもですね。範頼のように…(T_T)
2016/6/5(日) 午前 6:38
> お茶犬さん
そうなんですよね。鎌倉に幕府開いたぐらいだから
坂東出身かと思いますよね。尾張弁と京都弁〜
でも長い間平泉にいたから尾張弁と東北弁の
会話だったかも(*^_^*)
2016/6/5(日) 午前 6:41
> こぐーさん
作者の名前(安田靫彦)は知りませんでしたが
絵は有名ですよね(^^ゞ時代考証に元づいて描かれて
いるという。
義経は立派な兄の姿を見て「一生ついて行こう!」
と思い、頼朝は「本当に弟??まあぁいいや、兵は
一人でも多いほどいいわ〜」って感じだったのかなぁ
〜と勝手に想像。予感は…頼朝にはあったかも(+_+)
2016/6/5(日) 午前 6:52
> fun*****さん
ありがとうございます(*^_^*)ぎゃはは〜きっと
刀、槍100本ゲット出来ますね。
2016/6/5(日) 午前 6:55
> kacujoaiさん
安田靫彦の絵(作者名と絵が=で結ばれました(^^ゞ)
確認しました。ご指摘通りですね。細かい深層心理
も描かれていてさすが〜と唸りました。
石垣山に行かれるのですね。崩れたままの石垣も
含めて秀吉の夢の跡を感じさせるお城です。
楽しんで来て下さいね☆
2016/6/5(日) 午前 6:59