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天正18年(1590)小田原攻めで前田利家は北国軍として
上野国を経て松山、鉢形城などの武蔵国諸城を攻略。
その時、埼玉県所沢市の北野天神社に立ち寄りました。
北野天神社(埼玉県所沢市小手指元町3−28−29)『景行天皇の御代(71〜130)、日本武尊が東征の折、この地にニギハヤ・ヤチホコの二神を祀り、物部天神・国渭地祇神として尊称した古来武蔵野の延喜式内社入間郡五座の一つに数えられている由緒ある神社です。その後長徳元年(995)菅原修成(道真の五世の孫)が武蔵守となり、この地に京都の北野天満宮を勧請し祀ったことから、北野天神と称されるようになりました。(案内板より)』
小田原攻めの時には幾度の戦災(近くに新田義貞の鎌倉攻め時の小手指ヶ原古戦場がある)により灰燼と化していた北野天神社
菅原道真の子孫・前田利家さん
神社の荒廃ぶりを放っておけなかったのでしょう、社殿を再興
元々北野天神社は武家の信仰が厚く、利家さんの前だと源義家、
頼朝、足利尊氏等の有名武将により社殿の造営が行われています。
ちなみに現在の本殿は安永年間(1770年代)、拝殿幣殿は平成6年の再建で残念ながら利家さんのものは残っていません
大納言梅 武運長久祈願のため利家さんが献裁
案内板には「菅原道真の子孫だと云う前田利家は〜」の一文が…
えっ!利家さんって自称子孫なの?
神社的には自称で子孫を名乗る利家さんに対して複雑な気持ち?
諸説あるようですが領地の加賀国は天神信仰が盛んで統治のため
子孫を名乗ったとか。色々と苦労があるのね
そう言えば前田家の家紋ってちゃんと梅を愛した菅原道真と同種類の梅鉢紋だね
境内には↑の大納言梅の他、宗良親王(後醍醐天皇の息子さん)の
陣跡&歌碑や…
日本武尊の手植えの桜もあります。
攻めた北条氏支城を抜かすと東京近郊(所沢市は東京都に
隣接)に前田利家さんの史跡って珍しいのですよね。
あっ、でも大納言梅は二代目だそうです…
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前田利家、小田原征伐の最中に、由緒ある神社の復興をしていたのですね。
しかし、前田利家が菅原道真の子孫というのも、すごいですね。
人を従わせるのがいかに大変という事なのでしょうね。
2016/9/10(土) 午後 10:18
”当家先祖”がこんなことをしていたとは”子孫”としては知りませんでした(笑)
当家先祖も自称ですが、僕も自称なのは、それも家風なのかも?(爆)
2016/9/10(土) 午後 11:43
るなさん、これは面白い。前田利家公が自称菅原道真公の子孫^^
戦の最中に士気を鼓舞する狙いもあったかも知れないと思うのですが、ゆかりの荒廃した神社を再建し、家紋である梅を植樹するなんて…まだまだ知らない歴史が埋もれてますね〜☆彡
2016/9/11(日) 午前 7:33
前田利家公が、菅原道真公の子孫だったとは知りませんでした。
関東に、前田家ゆかりの神社あるんですね。
後で行ってみようかな?
ヒロ
2016/9/11(日) 午後 5:05 [ kqj*b30* ]
> Shaneさん
凄いのは自領ではなく敵地の天神社だと言うこと。
心底天神信仰になっていたのかと。
2016/9/22(木) 午前 7:25
> 大納言兼加賀守さん
うちらも最近知りました。
あれ…大納言さんも自称だったのですかぁ…(#^.^#)
2016/9/22(木) 午前 7:29
> お茶犬さん
このように子孫である事を正当化しようとして
います♪
むろん道真に対する尊敬の念も含まれているの
でしょうね。
2016/9/22(木) 午前 8:04
> kqj*b30*さん
自称ですけどね(^_-)
統治のために戦国武将も大変ですよね。
2016/9/22(木) 午前 8:09