文禄年間(1592〜1596)頃に徳川家康が関東支配のため、大久保長安によって設置された小陣屋です。宝永7年(1710)に廃止されるまで周辺50箇村あまりを支配したと言われています。県道のバイパス工事などに伴う発掘調査により陣屋表門をはじめとするたくさんの建物跡が発見され、古文書により推定されていたこの場所が玉川陣屋跡であることが証明されました。(「比企の中世再発見」より)陣屋跡の石碑
見取図…御蔵屋敷、御竹藪、御陣屋屋敷。
ときがわ町のHPに載ってました。想定図
陣屋周辺
桜
台地上に構えられていたのが分かりますね。
土塁跡があるらしいって??…これ? 違うなぁ。
総評 ★☆☆☆☆ (旦さま私見 ★1つ)大久保長安さんの陣屋、玉川陣屋。
のどかな旧玉川町の県道沿いに石碑があります。
石碑裏の陣屋図がありますが、これがまた見辛いの
ですよ。もちろんありがたいのですが…
でも、ときがわ町のHPに観易い見取り図が載ってました
土塁で仕切られた3つの郭によって構成されていたのかぁ。
あれれ、ひとつは竹藪。サムライにとって竹は重要アイテム
ですからね。
日本城郭体系
ありますが、どこ??探したけど確認出来ず。古い資料
ですからねぇ。
石碑と想像力で楽しむ玉川陣屋でした
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