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松姫さま里がえり・ご開帳に行って来ました
松姫さまは武田信玄の娘で幼女の頃、織田信長の息子・
信忠と婚約しましたがその後破棄。信玄亡き後、移り住ん
でいた高遠城に攻め込んで来たのが皮肉にも元・婚約者
の信忠
督姫(仁科信盛の娘)、貞姫(武田勝頼の娘)、香具姫(小山田信茂の娘)と三人の幼い娘を連れて(松姫さま22歳)甲斐から逃がれて身を寄せたのが今回里がえりされた
心源院(東京都八王子市下恩方町1970)
心源院の卜山禅師の元で修業して出家、武田家や元婚約者・織田信忠、亡くなった人々の菩提を弔うため尼僧となりました〜姫さまから信松尼へ。天正18年八王子城合戦でお寺は焼失。その後武田遺臣の大久保長安の配慮により御所水の地(現在の台町)に庵を建て(後の信松院)移りました。56歳までの生涯多くの村の人々から慕われ続け、得意であった絹織物技術を教え伝えたのが現在の八王子の産業の礎となったと言わています。八王子での知名度は高く、市内での
戦国祭り行列に姫衣装で参加すると必ず「あら、松姫さんね」
って声を掛けてもらいます。
松姫さま里がえりコース〜4月9日信松院を出発→宗関寺で卜山禅師のお墓参り→心源院に15日まで滞在して信松院へ帰ります。
松姫さまも通ったと云われる室町時代の総門。
八王子城の出城の役割も担い土塁が境内をめぐっています。ちなみに卜山禅師は北条氏照の師でもあります。
かつては七堂伽藍を誇ったお寺でしたが太平洋戦争で
焼失。この時に松姫さま関係資料も燃えてしまいました…
本堂は昭和47年の再建。
この歴代住職の法名が書かれた垂布が本堂にいる松姫さま坐像と繋がっているんですよ。憎い演出だねぇ
本堂の中に松姫さまが!
にいるのですが400年回忌と言う事で生前果たす事が
出来なかった思い出深き心源院に里がえり。作られてから
初の外出、しかも初外泊の松姫さま坐像
悲しみに暮れていた松姫さまを導いてくれた大恩人・卜山
禅師のお墓は宗関寺にあるのですが心源院に来る前に寄ってお墓参りを済ませてます。えっ!?誰が?って松姫さま
坐像ですよ
でこのお墓参りも生前果たせなかった事。
凛として麗しきお姿ね
お寺の方が凄くウェルカムで「松姫さまと記念写真お撮り
しましょうか?
ここで皆さまの疑問にお答えしましょう!
どうやってここに来たの??
はい、菩提寺の信松院から車で来て、心源院前から輿に乗り換えての里がえりです。(画像は八王子市HPより)
記念御朱印と参拝記念品。
後日松姫さまの本を購入
したら面白そう
一時期松姫さまにハマってゆかりの地巡りもしていたので
今回会えて感無量。戦国と云う時代に翻弄されましたが
最期は多くの人々に慕われ幸せだったのかな。
元婚約者の信忠を想い続け、生涯独身だった…純愛ね。
ぜひ映画か大河にして欲しいです。映画・清須会議での
松姫さま(剛力彩芽)は酷すぎだよぉ
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